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「キャサリン様、お聞きになった?」
いつも私のそばにいる、所謂取り巻きの一人が私に話しかけます。
「どうなさったの?」
「噂の男爵令嬢ですわ。王太子様だけでなく、騎士団のオスカー様とも親しげにしてらっしゃるとか」
「まあ、王太子殿下にはキャサリン様が、オスカー様にも婚約者様がおありなのに。」
「品性を疑いますわ」
皆口々にヒロインの悪口を話しています。
話の内容はごもっとも、と言えますが。
「親しくされる男性の側にも問題はありますわね。
でも、婚約者と言えども、私たちには成す術はございませんもの。」
「キャサリン様…」
あれから王太子様と会う機会はありません。
学園に入る前の方が、会っていたくらいで。
本当に私には成す術はありません。
ゲームのように、虐めることだけはしない。それだけが私のこの世界での抵抗です。
「ケイト!」
廊下から私を呼ぶ声がします。
「お兄様!」
出来る限りの早さでお兄様に近付きます。
私には一つ上に兄がおります。たしか、兄も攻略対象だったと記憶していたので、今回のことは何も相談していません。
兄はヒロインと接触しているのでしょうか。
そもそも、誰のルートに進んでいるのでしょうか。
「どうなさったの?」
「少し二人で話がしたいんだ。今夜部屋に行っても?」
「もちろん!嬉しいですわ。お兄様お気に入りのお茶を用意しておきますね」
兄は満足そうに微笑むと、私の頭を撫でて去って行きました。
我が兄ながら破壊力のある微笑みです。久々にお菓子も焼いてお待ちしようと決めました。
王太子様が美味しいと言ってくれたビターチョコのマフィン、今はもう完璧に作ることができます。
お兄様お気に入りの香り高いお茶を用意して部屋で待っているとノックがありました。
「お兄様!来てくださってありがとう。
お菓子も焼いたの、是非ゆっくりしてらして?」
久々に兄とゆっくり出来ると、少しはしゃいでしまいます。
兄とは年も近いので、小さな頃からいつも一緒に遊んでいました。兄がすることは私も!とお転婆が過ぎて作法の家庭教師によく叱られました。
「ケイト、単刀直入に聞くが、王太子殿下の噂は知っているか?」
兄は真剣な表情です。
「はい。聞いておりますわ。お兄様は…マリア様とお話されたことは?」
「一度。」
「どのような方ですの?」
「無邪気で…無神経な人、だと感じたね」
「そう…」
「ケイトと王太子殿下との婚約は発表されたが、まだ婚約式は執り行われていない。」
私は無言で頷きます。
「今ならまだ、婚約を破棄しても傷は浅い。二人とも成人していないのだから。
ケイトは侯爵令嬢という地位と潤沢な持参金もある。
殿下の18歳の誕生日までに決断した方がいいと、父上に報告するつもりだ。」
「…はい。」
まさかこんな話が出てくるとは、私にとっては願ってもない結末でしょう。
でも、私は、私の気持ちにも結末をつける必要があると覚悟を決めました。
「少し、少しだけお時間を下さいませんか?」
お兄様は少し目を細め私を見つめました。何もかもばれているような心地で見つめ返すと、「3日」とだけ言って席を立ちました。