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どれだけこの日が来なければいいと願っても、月日は過ぎ去って、私は学園の入学式を迎えていた。
王太子様の新入生歓迎の挨拶を聞きながら、ヒロインはこの場に居るのだろうか、と考えます。
この一年で私の運命が決まる。大袈裟かも知れませんが、それが私の気持ちです。
ゲームの中のキャサリンと私は違う。だからゲーム通りに物語は進まないかも知れない。
王太子様の心を得ることが出来なかった以上、それに縋るしかありません。
いつの頃からか、近付いていたと感じていた距離はまた少し離れ、王太子様は私によそよそしくなりました。
会話はスムーズですが、何故か線を引かれていると感じるのです。
ここは貴族や王族の通う学園で、多くの者は家庭教師から全ての勉学や教養は学び終えています。
学園は貴族間の社交や交遊関係の強化、そして年頃の男女です。それぞれ身分でターゲットは違いますが、お見合いの場と言えなくもないでしょう。
婚約破棄をされるような女でも、それでもいいからと私を求めてくれる方がいればいいのに。
そう考えようとして失敗しました。私の気持ちは完全に王太子様に向かっているのです。
あの方に愛されたい。
せっかく前世の記憶があるのに、全く生かせていない自分が歯痒くなります。
教室の窓から外を眺めていると、ピンク色の髪をした可憐で、美しい少女が中庭を歩いています。そして中庭の向こうには王太子様が。
ドクリと心臓がなります。
そう、ヒロインとメインヒーローである王太子様の出合いは入学式前、既に出会っていたのです。
事前に知っていても対処は出来ませんが、記憶はこうやって後からぽろぽろと落ちて来ます。
ヒロインは貴族の中でも下位の男爵家出身のマリア。
優しく可憐なマリアを見て、王太子様は初めて沸き上がる気持ちに心を乱される。
中庭の向こうから王太子様が歩いて来られ、マリアに言葉を掛けています。
私の足は自然と中庭に向かっていました。
王太子様が私に気付き、マリアもこちらを振り返ります。
「マリア、じゃあまた、今度は気を付けろよ」
「ありがとうございます。ジェフリー様も!」
マリアが満面の笑みで王太子様を見つめ、私に頭を下げて去って行きます。
「キャサリン嬢、貴方も入学されたのだったな、おめでとう」
王太子様が声を掛けて下さいますが、私はなんと返したのか。
一年間お願いします。と言うようなことを、なんとか浮かべた笑顔で言えたような気がします。
震える足を叱咤して自分の部屋に戻ります。
こんなところでも幼い頃からの教育が染み付いていることに気が付かされます。
どうして?って問いたい。
悲しいって泣きたい。
でも、私にはそれを人前ですることはできません。
侍女に下がらせて一人になった部屋で私は初めて涙を流しました。
私が2年掛かっても呼ぶことを許してもらえない名を読んで、王太子様も親しげに名を呼ばれていた。
ヒロインへの嫉妬、畏怖、
所詮この世界はゲームの世界なのかもしれない。
だったら何故私は、今ここに居るのだろうか。
気持ちを、感情を持ってこの世界に。
まだ始まったばかりの学園生活、答えなどまだ出ていないと思うのに、既に逃げ出したい気持ちでいっぱいになりながら、最初の夜を過ごした。