カードバトルノベル! 熱血ファイター・スグル
この近未来都市「ザワ」に住む少年スグルにとっても、今流行の対戦型カードゲーム「マジシャンズ・アポカリプス」の勝者は間違いなく憧れの的であった。なぜならこの近未来都市「ザワ」では、「マジシャンズ・アポカリプス」の勝敗によって社会的地位や収入が決定されていたからだ。それはすなわち、「マジシャンズ・アポカリプス」に強いということが全てのステータスの基礎となっているということである。気になるあの女の子も、ちょっと大人なあのおねえさんも、間違いなく「マジシャンズ・アポカリプス」の勝者に言い寄るだろう。その見込みはスグルを大いに鼓舞してくれた。
「いってきまーっす!」
スグルはスポーツキャップをかぶって家を飛び出した。今日はスグルの十一歳の誕生日。そう、「マジシャンズ・アポカリプス」の公認大会に出場できる資格を獲得した日だ。
「俺が徹夜で組んだデッキで、俺の実力を皆に思い知らせてやる!」
そう意気込んでスグルは上り坂を駆けあがった。するとそんなスグルの前に、一人のキツネ目で長身の少年が立ちふさがった。
「随分と意気込んでるじゃないか、スグル」
「お前はタツヤ!」
タツヤと目が合うや否や、スグルの魂に刻まれた長きにわたる好敵手としての競争心に火がついた。
「悪いが、今はお前に構っている暇なんて無いんだ! 俺には行かなきゃならない場所がある」
「それは俺も同じだ」
タツヤはベルトに取り付けられてあるプラスチック製のケースを指さした。スグルは思わず目を見張った。
「それは『マジシャンズ・アポカリプス』のデッキケース! それじゃあタツヤもこれから『マジシャンズ・アポカリプス』の公認大会に行くのか!?」
「当然だ。なにしろ俺は『マジシャンズ・アポカリプス』に選ばれた男なのだからな」
タツヤはフフンと笑い、スグルをスッと指をさして言った。
「お前に優勝はありえない。何故なら俺が優勝を勝ち取るからだ」
「何を!? そんなのやってみなきゃ分からないじゃないか!」
スグルは熱く反駁した。しかしタツヤは冷静だった。
「分かるさ。なにしろ俺は、公認大会への出場権を得てから今に至る二ヶ月の間に、すでに三度ほど優勝を経験しているのだからな」
「何……ッ!?」
スグルはタツヤの自信に満ち溢れた言葉にたじろいだ。
「そういうわけだ、スグル。せいぜい俺の前で無様な姿を晒すんじゃないぞ」
そう言ってタツヤはヒラヒラと手を振りながら、その場を去っていった。
「くそっ、タツヤのやつ! どこまでもいけすかないったらありゃしないぜ! ……と、そんなことを考えてる場合じゃない! 早く行かないと!」
そう呟いて、スグルはタツヤの後を追って駆けていった。
スグルとタツオは、公民館くらいの大きさのカードショップに入っていった。そのカードショップの壁には所狭しと珍しいカードが陳列されてあり、店内の一角には世界に百枚しかないと言われているカードが七桁の値札とともに飾られてあった。
スグルとタツヤはすぐさま公認大会出場の手続きを済ませた。その日の大会参加者は全部で六十四人だ。すなわち公認大会恒例のトーナメント戦に則ると、六回連続で勝利すれば優勝を勝ち取れるわけである。
「タツヤ! 俺は必ずお前を越えてみせる!」
大会受付カウンターのそばで、スグルはタツヤに宣戦布告をした。
「……フン。決勝戦までお前が勝ち残っているといいんだがな」
そう言ってタツヤは人ごみの中へと紛れていった。
司会を執り行うひょうきんな店員が声高らかにバトル開始の宣言を行うことで、大会は始まった。事前に店員が綺麗に配置したであろうテーブル群の片隅に、スグルの姿もあった。
「よろしくおねがいします! 俺のターン、ドロー!」
スグルは震える手でカードをドローし、戦略を練った。「大丈夫、どんな状況になろうとも、俺は俺のデッキを信じて戦い抜くのみだ!」と強く思えば、スグルの手の震えが少し収まった気がした。そしてそんなスグルに応えるかのように山札はスグルに良いカードを与えてくれた。
「俺はこれで、ターンエンドだ!」
スグルは、人生初の公認大会第一ターンが無事終わったことを心の中で祝った。テーブルの向こう側に座る学ラン姿の中学生はそんなスグルの心の内を知る由も無く、デッキからカードをドローしてプレイを始める。
スグルがその本領を発揮したのは、バトル開始から五分と経たない頃であった。それは、相手がデッキから特定のカードを探した後に、山札をシャッフルした瞬間のことだった。
「審判! 早く来てください、審判!」
スグルは大声で叫んだ。対戦相手の学ランの中学生のみならず、隣のテーブルに座っていた少年たちまでもが怪訝な顔でスグルを見つめる。駆けつけた大柄な審判に、スグルは告げた。
「さっき相手が山札をシャッフルしたんですけれど、そのときに特徴的な傷がつけられてあるカードが一番上になるように相手はシャッフルをしました!」
「バカな! どこにそんな傷があるっていうんだ!」
対戦相手の学ランの中学生が口をとがらせた。しかし審判は冷静な口調で、
「少し山札を確認してもよろしいでしょうか?」
と言い、学ランの中学生のデッキを手に取った。
「こ……これは!」
審判が驚いたような声を上げた。
「ど、どうしたっていうんですか!?」
「カードの裏面に独特な傷がつけられてある! こっちのカードも、こっちのカードも……ああ、こっちのカードもだ!」
「そ、そんな! 裏面に多少傷が付いていたっていいじゃないですか!」
審判に対して学ランの中学生は反論する。しかし審判はギロリと眼を剥いて、学ランの中学生に言い渡した。
「審判に意見するものは失格と決められてある! まがりなりにもプレイヤーには、カードは厳重にスリーブに入れることであらゆる傷から守るべし、と義務付けられているはずだ! 以上の理由により、47番プレイヤを失格処分とする!」
「そ、そんなぁ~」
学ランの中学生は椅子から滑り落ち、その場にへたり込んだ。
「これで一勝だぜ!」
スグルはガッツポーズを決めた。
その後もスグルは連戦連勝を続けていた。相手が男だろうが女だろうが年上だろうが年下だろうが、容赦なく審判を呼ぶことで相手を失格処分に陥れることに成功し続けた。そう、審判を用いて相手を失格処分にするという戦略は、その即効性と意外性ゆえに非常に強力な戦法として機能するのだ。
「これが俺の最強戦法だ!」
スグルが準決勝の対戦相手であるベンチャー系IT企業社長に勝利したとき、スグルは相手にそう言い渡した。しかしそんなスグルに、観客席からタツヤはこう告げた。
「その程度か、スグル」
「何!? 俺の連勝に水を差すようなことを言いやがって!」
「その程度か、と俺は聞いているんだ」
タツヤはあくまで冷静に尋ねていた。
「審判を用いて相手を失格処分に陥れる戦法、いわゆるジャッジキル戦法にお前は時間をかけ過ぎだ。そんなノロノロしたジャッジキル戦法を使っているようでは、俺の失格が決定する前に俺が勝利してしまうってものだ」
「何を!? そんなこと、あるわけ……!」
ない、と言おうとしたスグルは、タツヤの隣に七個ものカップラーメンの空き容器が転がっていることに気付いた。つまり最速でジャッジキル戦法を取り続けてきたはずのスグルは、すでに七個のカップラーメン分の後れを取ってしまっていたのだ。
「お前が決勝戦まで勝ち残れたことは褒めてやる。だが俺は手加減などしない。全力で俺を潰しにかかるがいい」
タツヤの言葉の前に、スグルはただただ己の決心を固める事しかできなかった。
そして気が付けば、決勝戦という名の素敵な試合がまさに行われようとしていた。檀上のバトルステージでは、スグルがタツヤと向かいあって座っている。じりじりと照りつけるスポットライトが二人の闘志を熱くする。
「それでは、試合開始!」
「よろしくお願いします!」
二人の声が重なる。
最初はスグルのターンからだった。
スグルがカードをドローしようと手を伸ばしたときのこと、スグルの手の甲を銀色の塊がかすめた。そしてその銀色の塊がスグルの後方でカランカランと音を立てて落下するのをスグルが耳にした瞬間、スグルの手の甲の皮膚がぱっくりと割れて鮮血がどくどくと流れ出た。
「う、うわあああああ!」
ハンカチで手の甲を押さえるスグルに対して、タツヤは冷淡な口調で告げた。
「遅い。遅すぎるぞ、スグル。どんな手段を使ってでも相手のプレイ手段を封じれば勝てるというこの状況で、お前は何をのほほんと無防備に右手をさらけ出しているんだ」
「だからって……こんなの汚いぞ! だいたいこれは反則じゃないか! そうだろう、審判!?」
スグルは審判にそう主張した。しかし審判はスグルに軽く首を横に振って応えるだけであった。
「遅い。ルールの確認を今さらしているだなんてあまりにも遅すぎるぞ、スグル。この『マジシャンズ・アポカリプス』のルールブックには、どこにも『相手を傷つけてはいけない』というルールなど記されていない。対人行為で禁止されているのは『急かす』と『罵倒する』の二つだけだ。すなわち、この二つ以外の行為は全て許されている。そう……たとえ法律に反していようが何だろうがな」
タツヤはそう言って、テーブル越しの血まみれなスグルを嘲笑った。
「ま、ナイフでお前の胴体を狙わなかっただけありがたいと思え。俺からはそれだけだ」
タツヤの声を耳にしながらも止血を終え、スグルはその血まみれのハンカチできつく縛られた拳をテーブルにぐにっと押しつけた。
「俺が甘かった。甘すぎたんだ」
スグルはそう自分に言い聞かせた。
「タツヤがこの二ヶ月で三度も優勝しているんだ。そんなタツヤに、俺がそう容易く勝てるわけがない。少なくとも、これまでどおりでうまくいくと思ってちゃいけなかったんだ」
スグルはキッとタツヤを睨みつけた。
「ここからが本番だ! タツヤのあのいけすかないベストを敗北の色で染め上げてやる!」
そう決意して、スグルはハンカチでぐるぐる巻きの手で用心深くカードをドローした。
無論、今のスグルにはタツヤを仕留めるだけの武器が無い。タツヤの一挙一動を監視しながら、スグルは手札をカードを視界の隅で確認した。
「だけれど……俺にはある! 俺が徹夜で組んだ、俺のデッキが!」
スグルは一枚のカードを場に出して宣言した。
「俺は魔法カード、『煉獄の三連星』を発動する! このカードの効果により、俺のデッキの上から三枚のカードは相手の手札に加わる!」
「そんなザコカードを使うのか……フン、まあいいだろう」
タツヤはジュラルミン製のグローブをはめた手で、スグルの山札から三枚のカードを引いた。
「そしてこの瞬間、俺は魔法カード『転生の祝福』を発動! 俺はカード名を三つ宣言する! もし宣言した名前を持つカードが相手の手札に三枚以上あれば、相手はそれら以外のカードを全て捨てなければならない! 俺が宣言するのは『煉獄の三連星』、『転生の祝福』、そして『輪廻の万象』!」
「何……!?」
タツヤの顔に焦りが浮かんだ。タツヤは苦々しく手札にある「煉獄の三連星」と「転生の祝福」と「輪廻の万象」をスグルに見せ、残りのカードを墓場に捨てた。
「どうして言い当てられたか、って? 俺の作ったデッキなら、必ず俺の想いに応えてくれるってものさ! そして俺はとどめの魔法カード『輪廻の万象』を発動! この効果により、相手は手札のカードを一枚選んで山札に戻し、シャッフルする! その後山札からそのカードを引き当てるまでカードをドローしつづける! さあ、山札にカードを戻しな!」
スグルの指示を受けたタツヤの手は震えていた。そう、「カードを山札に戻す」という処理における「山札」とは、そのカードのもともとの持ち主の山札を意味している。すなわちタツヤはスグルの山札に手札のカードを戻さなければならない。そして「ドローする」と書かれている場合は自分の山札からドローしなければならない。加えて、デッキの枚数がゼロ枚になった時点でルール上敗北が決定される。
「貴様……!」
タツヤは牛歩のごとき速度で、カードを持った手をゆっくりとスグルの山札に近づける。
「へへっ、そうさ。これが俺の最強コンボだからな!」
「しかし……どうして俺の手札にあるのがあの三枚のカードであると分かったんだ……!? 俺がお前の山札から何を引くかなんて分からないはずなのに……!」
「そう言えるのは、俺の山札にカードが四種類以上ある場合だけだぜ!」
スグルの言葉を聞いて、タツヤは奥歯を噛みしめた。「マジシャンズ・アポカリプス」において、デッキに入れられるカード一種類あたりの上限枚数は定められていない。
タツヤのこめかみを、一粒の汗が伝う。
「俺が俺の山札からカードをドローし続けたところで、この『煉獄の三連星』を引くことはありえない……! なにしろこのカードは俺の山札には入っていないのだから……! すなわち……デッキの枚数がゼロになった時点で俺は……」
「ジ・エンドってやつかな」
スグルはビシッとタツヤを指さして言った。
タツヤは忌々しいものを見るかのような目でスグルを睨みつけた。
「俺が……この俺が……こんなところで……負ける……なんて…………」
タツヤはそっとポケットに左手を伸ばした。
「ありえない!」
そう叫んだタツヤが付きだした左手には鼠色に光る拳銃――グロック17が握られていた。その銃口は間違いなくスグルに向けられている。
「スグル! 今すぐこのゲームを棄権しろ!」
タツヤの声が轟き、観客がざわめいた。
「俺が勝者だ! この俺以外に勝者などありえない! 間違っても、スグルのような奴に俺の勝利が妨げられることなどあってはならないんだ!」
タツヤの目は本物だ、あの目は勝利の為なら人殺しをも辞さない目だ。そうスグルは直覚した。実際この近未来都市「ザワ」では、人殺しによる不名誉は勝利という名誉で容易く相殺される。その事実がタツヤを駆り立たせているのだ。
「声も出ないか……フン、当然だな。十一歳の俺がこんな拳銃を持っているだなんて、お前では想像もつくまい。それくらいに俺とお前とでは、勝利に対する渇望の度合いが違うってことだ。そしてそれがそのまま俺の勝利、すなわち俺の未来へと直結する。お前はその未来のために、せいぜいみすぼらしく這いずり回っていればいい」
スグルはタツヤの言葉を一字一句漏らさぬよう、じっと聞いていた。一見何もしゃべっていないかのように見えるスグルだが、タツヤを睨み返すスグルの眼もまた勝利に飢えた獣のそれであった。
「俺の勝利はもはや確定した! さあ、棄権しろ!」
タツヤはグロックの引き金に指をかけた。しかしそれを見てもなおスグルは一向に口を開こうとしなかった。だんまりを決めこむスグルに対し、タツヤは次第に語気を荒めながら叫んだ。
「命が惜しいならば、ただ棄権する旨を審判に伝えればいい! それだけの話だ、スグル! そんなデッキを考えたお前なら、理解できないはずもあるまい!」
堰を切ったかのように出てくるタツヤの言葉を何度も心の中で反芻しながら、スグルは時を待った。もう少し、もう少しで決定的な瞬間が訪れる。その確証だけが、スグルに正気を与えてくれていた。
タツヤのグロックを握る左手は少しずつぷるぷると震えて始めた。タツヤの利き腕には手札が握られてあったため、タツヤはグロックを左手で抜かざるをえなかった。加えてグロックはその銃身だけで700グラムもの重量がある。この研ぎ澄まされた刃のような緊張の中で、タツヤの腕は疲弊し始めたのだ。
「どうして黙っている、スグル! 何か答えろ! 答えろと言っているんだ!」
タツヤの声が次第にしゃがれ始めた。飲食が禁じられている「マジシャンズ・アポカリプス」の試合では、喉の渇きすらもが己に牙をむきかねない。
「棄権すると宣言すればいいだけだ、スグル! そんなに命が惜しくないのか!? そんなこけ威しが通用すると思っているようじゃ……貴様に勝利など未来永劫ありえやしない!」
タツヤの頬から脂汗が伝い、顎からテーブルにぴしゃりと落ちる。その音がタツヤの箍を外したのだろうか。タツヤは叫んだ。
「答えないようなら俺の勝ちで決まりだ! さらばだ、スグル! 地獄の底で、苦しみ続けるがいい! そのクソデッキとともに、貴様などとっとと息絶えてしまえ!」
そしてタツヤが引き金を引こうとした瞬間、スグルは叫んだ。
「審判! タツヤは俺に関して「クソデッキ」と罵倒し、「とっとと息絶えてしまえ」と急かしました! これは反則ではないでしょうか!?」
空気の緊張が壊れた。
虚を突かれて茫然としているタツヤに対し、副審と軽く議論を交わした主審はこう宣言した。
「対戦相手を罵倒し急かす行為が認められたため、8番プレイヤーを失格処分とする! よってこの勝負、23番プレイヤーのスグル選手の勝利! これによりスグル選手の優勝が決定!」
観客からどっと拍手が巻き起こる。その拍手の中でスグルは次第に勝利という名の高揚に包まれてゆくのを感じた。
やがて誰が呼んだのか、カードショップの入り口から警察官が店内になだれ込んできた。そしてジュラルミンシールドを持ったガタイの良い警官がタツヤの腕をわしづかみにし手錠をかける。そのガチャリという金属音を聞いて、スグルは我に返った。
「待ってください! こいつは……俺のライバルです! 仮にもこの大会で優勝の座を争った実力者なんです! だから逮捕だけはやめてください!」
「だめだ、認められない」
そう警官は言いはなち、茫然としたままのタツヤを強引に歩かせる。
「でも俺は公認大会の優勝者です! そんな俺の言うことを聞けないんですか!?」
「聞けないな」
警官は野太い声で答えた。
「何故なら、俺が公認大会でこれまで十回も優勝しているからだ。たかが一回勝てただけのお前の言うことを、俺が聞く義理など無い」
「そ、そんな……!」
スグルは警官の「十回」という言葉の重みに思わずよろめいた。
しかしそんなスグルに、彼のライバルはこう声をかけた。
「スグル……。いいじゃないか。俺は負けたんだ、こうしてお縄につくのが道理ってものだ……」
「で、でも、スグルは勝利のためにやっただけじゃないか! それだけで逮捕だなんて、あまりにもひどい!」
「フン、……本当にお前は甘い奴だ」
タツヤは微笑みながら続けた。
「確かに俺はこれから牢屋にぶちこまれるが、なに、要はそこから出ればいいだけの話だ。簡単なことじゃないか。俺が牢屋で誰よりも強い『マジシャンズ・アポカリプス』のプレイヤーになれば、誰も俺の出所を止められない。そうすれば晴れて俺は自由の身になれる。そのときには……またお前と対戦したいものだな」
「タツヤ……!」
スグルはタツヤの言葉をただ聞くしかなかった。
「なに、ちょっとの間の辛抱だ……。お前なら強くなれる……。このカードショップのみならず、どんなカードショップであっても……お前なら勝てるだろう。なにしろ……この俺を打ち負かした男なのだからな」
タツヤはパトカーに乗せられる前にスグルに決心したように告げた。
「次に会うまで負けるんじゃないぞ。この俺がお前を負かしてやるんだからな!」
「ああ! 待ってるぜ! だから……必ず戻ってこい! またカードバトルをやろう!」
その言葉を最後に、タツヤを乗せたパトカーは走り去っていった。
近未来都市「ザワ」に住む少年達にとって、今流行の対戦型カードゲーム「マジシャンズ・アポカリプス」は間違いなく夢と希望の象徴だった。なぜならその年初めて行われた「マジシャンズ・アポカリプス」の世界大会の決勝戦出場者の一人が、「ザワ」の出身者だったからだ。
決勝戦のテーブルにてカードを握りしめるその少年は、どこか以前よりも大人びた姿をしていた。
やがて一進一退の攻防の末に、その少年の勝利が決まった。三種類のカードと審判を用いた心理的圧迫が功を奏したのか、彼の勝利は解説者をして「心技体合わさった奥義」と言わしめるほどであった。
テレビカメラの前で優勝トロフィーを掲げるその少年に、一人のキツネ目で長身の少年がおもむろに近づいた。慌てふためく報道陣をよそ目に、優勝者である少年はこの瞬間が訪れるであろうことを予見していたかのように微笑んだ。
「待っていたぜ。もっとも、この世界大会に参加するには少しばかり遅かったようだがな」
「悪い。ガードマンの奴等を全員倒すのに手間取りすぎたようだ」
「はははっ、お前らしくもない」
「……フン、言ってくれるじゃないか」
そして二人の少年を眼に炎をともす。
「さあ、二年前のリターンマッチとしゃれこもうじゃないか!」
「いいぜ! お前が勝てたら優勝の座はお前に譲ってやってもいいくらいだ!」
「望むところ! 思いきりぶんどってやる!」
「何事も、やってみなくちゃ分からないぜ!」
二人の間に世界大会決勝戦で用いられたテーブルが用意された。
「よろしくお願いします!」
二人の声が呼応し、本当の世界大会決勝戦が始まった。
刃物が飛び、銃弾が錯綜し、毒ガスが充満し始めたそのテーブル付近において見られた二人の少年の顔は、とても眩しく輝いていた。