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 ふと隣の駐車場に目をやってみると、儀身たちの乗ってきたワゴン車を同じようなタイプの車が止まっていて、その車の横にぽつんと一人で立っている男性の姿が見える。紺色の薄い長袖のシャツにベージュのチノパンをはいている。そして首には水色のフェイスタオルを巻いていて、ときおりそれで額の汗をぬぐったりしている。儀身はまさかと思った。まさかあの男性は、今の俺と同じ状況で、かつあの車のそばからほとんど動かずにみんなの帰りをあそこで待つという決断を下した奴なんじゃないだろうな。そう思うと、なぜだか急に儀身の胸に熱いものがこみ上げてきた。あの人何をしているんだろう。本当にあの人はあんなところでずっと何をしているんだ? いやそもそもずっとなのだろうか。ずっとといってどれくらいあそこでああしているのだろう。本当にあの人まさかあそこでみんなの帰りを……もちろんみんなといっても、俺の友達たちのことじゃないけれども、たとえば彼の家族とか! 彼の家族とかの帰りをあそこでずっとああして待っているとかそういうわけなんじゃないだろうな! 儀身はさらに自身の考えを深めて、本当にこの世の中にああして家族か友達か知らないが、とにかく自分の知り合いの帰りを愚直に待ち続ける人がいるとは思わなかった。これはもう俺の見聞が狭いんだろう。俺の見聞はなんて狭いんだ。狭くて使い物にならないじゃないか! でもまあまだ25歳だし世間的には若者の部類に入るはずだからそんなに落ち込むことはない。必要以上に落ち込むことはないんだぞ。むしろここで必要以上に落ち込んでしまって、傷口をいたずらに広げてしまうことの方がやっかいだ。ここはさらっと前を向くことにしよう――それにしても本当に俺のあり得ないと思っていたような行動を平然とやってのけている人がいるだなんてな。この世の中は広いもんだ。まだ彼が本当に仲間を待っている最中なのか、それともただあそこにぼうっと突っ立っているだけで、特に何もしていない状態なのかどうかは判断がつかないけれども、しかしもし前者の方の最中だったら、これはえらいことだ。えらいことというかなんというか、大変な場面に遭遇してしまったのではないだろうか。俺は今ものすごく大変な場面に遭遇しているのでは? 別にそうでもないのかもしれないけれども、いやあり得ないと思っていた場面に遭遇しているということは確かなのであって、その規模は確かに現実的で小さいものかもしれないけれども、本質的にはきっと発見という言葉でくくれる事象なのではないだろうか。そうだ、俺は今あのおじさんを発見したんだ。俺は今あのおじさんを自分のイメージに沿った世界の中で発見したんだ。ところであのおじさんは普段何をしている人なのだろうか。今日は日曜日で世間的には休日だが、おじさんも休日なのか。仕事が休みだからこうして家族と公園に遊びに来ているというわけなのだろうか。どうやらその線がもっとも現実的で可能性のある選択肢のようだけれども、もしかしたら事実はそれとは全然違うかもしれない。もしかしたらあのおじさんは何か一般の人がやるような仕事などとは全く違う仕事をしていて、今日は仕事の一環としてこの公園におとずれているのかもしれないし、もしくは仕事自体をまったくやっていない、セミリタイアをした身、もしくは根っからの無職ということも考えられる。つまり現時点では、あのおじさんが何者なのかと見極めることは非常に困難を極めるということだ。あらゆる可能性がありすぎてそれを一つにしぼることなどできない。だから今の状況からこれ以上あのおじさんの素性を詮索することは無意味だ。本当に無意味なのかな! もっともっとよくあのおじさんのことを観察してみるんだ。もっともっとあのおじさんのことを観察してみれば、別にあのおじさんに話しかけなくたって、何かあのおじさんのことについてわかることがあるかもしれない。別にあのおじさんのことについて詳しくなったところでなんの得もないことでしょうがね! 別にあのおじさんに対して考察を深めたところで得にこれといってすばらしいことが起こるとは思えませんが。じゃあどうして僕は「もっともっとおじさんを観察してみれば、何か彼について知りえる情報があるかもしれない」などと自分にはっぱをかけたのだろうか。暇なんですね。きっと暇なんでしょう。僕も今日は仕事が休みで暇だから、特にやるべきこととかも仕事場から用意してきていないから、だから何でもできるというわけなんだ。そして何でもできるぞ、という気持ちの中で、ちょっとおじさんの存在に興味を持ったから、じゃあちょっとおじさんのことを詳しく観察してみて、そしてもし彼が本当に自分の思っているようにただ単純に愚直にあそこで仲間の帰りを待っているだけ、という行動をしている最中だったら、これ見よがしに驚いてやろうという魂胆なわけなのさ。本当に特におじさんを観察することに深い意味なんてないんだ。


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