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「それはこの僕ともっと友達になってその仲を深めていきたいということですか?」儀身は尋ねた。そしておじさんのことをじっと見据えながら、このおじさんは本当にまともな人間なのかなと思った。まともな人間なのかなといって、こいつはクズ人間なのかなとか、ギャンブルに身を滅ぼしていないかなとか、仕事には無遅刻無欠勤で行っている奴なのかなとか、人間としてまともかどうかという疑問を抱いているわけではない。本当にそもそも今この目の前に立っている男性は人間なのかなどうなのかな、ということを儀身は疑っているのである。どうしてか。それはやはりこの男がさっきから自分に都合のいいことばかり、こちら側が求めているような、こちら側としてとても料理しやすい、扱いやすいことばかりを述べてくるからである。儀身は密かにこのおじさんはやはり幽霊か幻か神様か、それか家庭用のアンドロイドなのではないのかな、みたいなことを思っていた。彼がそう思う背景というか根底には、こんなわけのわからん人間がこの世の中にいて欲しくない、自分と同じ世界に生存していて欲しくない、みたいな強い思いがある。別に彼のようにわけのわからない行動をする、とっさに口を開いて出てくる言葉がなぜかすべて英語、こちらのする話には特に疑問を持つことなく素直にのっかってくる、などの特徴を発揮するような人間がいてもいいことだろう。そういう人間が絶対にいないかというとそれはやはりほかのあらゆる可能性たちと同じで否定はできないのである。しかし何だろう。しかしこのもやもやとした、心の中が一向に晴れない、そして晴れる気配もない、行くあてもない、行くあてもないのに、しかしこのまま歩み続けるしか、走り続けるしか、車のペダルを踏み続けるしかないような感覚は何なのだろう。絶対にどこかで何か重大な事件や事故に巻き込まれるに違いない。さらにその事件や事故にひとたび巻き込まれてしまえば、もうあとには引き戻すことができずに破滅か生き延びるかのどちらかしか道は残されていないことだろう。しかしちょっと考えてみて、生きるか死ぬかというのは、通常の人間の状態なのであって、生きるか死ぬかという状況にない人間、もっといえば生きるか死ぬかという状況にない生物などいないのではないだろうか。したがって儀身は何を今言おうとしているのか。至極当たり前のことをおおげさに語っているだけではないのか。やっぱり頭がおかしくて人間としてまともではないのは儀身の方なのではないのか。お前の方こそ何か人間ではない、幻の何か、悪魔の化身、家庭用のお手伝いアンドロイドとかそういう感じじゃないのか。家庭用のお手伝いアンドロイドって何だ。早く自分の世界に戻れ。

「ええそうです」おじさんが答える。「せっかくなんですから、もっとお互いに積極的に情報を交換し合って仲を深めようじゃないですか。決してお互いにとって無益なことではなくて、とても有意義なことだと思いますがね」おじさんとしてはどうやら儀身とこのまま話を続けて仲良くなることに特に抵抗はないらしい。賛成のようだ。

 儀身は言った。「どうやら話は決別したようですね」

「決別ですって?」

 おじさんは明らかに儀身の発言に理解を示していないようだった。不可解な発言をされてあきらているというか、びっくりしているというか、まだ自分が単純に儀身の発言を聞き間違えたのではないかという思いすら完全に捨て切れていないくらいにぽかんとあっけに取られているようだった。今までのおじさんの発言の中で、儀身はその一体どこに決別の意図を感じ取ったのだというのだろうか。しかし儀身は今確かに「決別したようですね」といったのであって、ということは、やはり彼はおじさんとの会話の中で、もしかしたら彼にしかわからないような不穏なサイン、容赦ならない文句を見つけ出し、それをもってして今後の友人関係へと発展するときの不安材料とし、今回の交渉はもう終わらせる、という判断を下したのかもしれない。それはもはや儀身にしかわからない、いってみれば儀身の世界でしか通用しない、儀身の世界で起こった出来事と解釈してもいいことなのかもしれなかった。普通、そんなわけのわからない判断を下されたらいい迷惑で、話し合いが意味を成さない、話し合いが成立しないということなのであるから、わけのわからないことをされてしまった方はさっさとその相手のいるところから立ち去った方がいい。立ち去って、そしてすぐに今あった出来事は忘れて、極力またいつもどおりの、普段の生活の中の自分のことを考えるようにしたらいいと思う。今日はいい天気だなとか。帰りにカフェによっておいしいコーヒーを飲んで帰ろうとか。明日もまた晴れるかな、とか。たとえばそういうようなことを考えてみるのはどうだろうか。


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