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 儀身は言った。「それはもっと僕たちが仲良くならないとお答えできない質問ですね」

「もっと仲良くならないとお答えできないですって?」男がびっくりしたような声を上げる。儀身は思った。どうだビックリしたか。まあ俺もちょっとビックリしたが、我ながらこれはなかなかの答えだ。こう切りかえされて、いやそんな理屈わかるかい! と押しの一辺倒で向かってくる奴などなかなかいないことだろう。それはもうちょっと仲良くなってからのお楽しみ。こんなことを言われたら、うんまあそうか、そうなの? とちょっと納得してしまうというのが人の性なのではないだろうか。少なくとも儀身としてはそういう判断をしたがために今回の発言に至ったのだと思う。発言する前、儀身は正直さっきから自分が何のことについてどれだけ頭を働かせているのか、つまり自分で何を考えている状態なのかうまく把握できない感覚に襲われていた。それで男に対して何て言ってやればいいのかわからず、正直逃げ出してしまいたい、もうこの場を放棄して自分も公園内へとほかの友達たちと同じように駆け出してやりたい気持ちだった。ところがそうして自分の中でこの場からすぐに逃げ出してしまいたいという気持ちを発見してしまうと、今度はそれをどのように実行に移すのかということが彼の新たな問題として浮かび上がってきた。逃げ出してしまいたいという気持ちがあるのはいいとしよう。それはもうはっきりと自分の中に芽生えてしまっていると認めようじゃないか。だいたい本当に巨大なプロジェクトって何なんだ。溶接工を必要とする、もしくはただ必要なんじゃなくて、何人もの大量の溶接工たちが必要になってくるような巨大なプロジェクトってわけがわからん。しかし大切なのは、逃げ出したい、もしくは逃げてしまおうと決心してから、では実際にそれをどのように現実に反映させていくのか、つまりどのように行動に移していくのかということではないのかな。儀身はこのように考えたというわけなのであった。そこで彼はいったんこの場から逃げ出すのはいいとしても、具体的にどのような方法で、かつどのようなタイミングで逃げ出してしまうのがいいかということを考えてみることにした。儀身の胸の中にこみ上げてきた思いは、今おじさんが真に思っていることは何なのかということだった。儀身はおじさんが今本当のところはその胸の中で何を思っているのか知りたいなとせつに思ったのである。どうして儀身がそんなことをふと思うようになったのか。それは儀身自身にもよくわからないところなのであったが、しかしたとえばおじさんの今の本当の気持ちというものを考えてみたときに、彼はやたらと巨大プロジェクトの話に好意的な印象というか興味を持っているような感じがある。あるけれども、それは果たしてどういう思いからなのだろう。友達になってくれと言われたことがそんなにうれしいことだったのか、そしてその友達が巨大なプロジェクトに携わっていて、ぜひ今回はそのためにあなたの力を貸してくれと言われたのでついつい興奮してしまい、頼られたからには絶対に人助けをしてあげたいみたいないい人のスイッチでも入ってしまったのか。それともおじさんは実はそんないい人的な発想は一切なくて、ええいこのままこいつの話にのっかってやれ、もう上半身裸を見られているんだ、今さらこいつに対して恐れることなどない、こいつがむちゃくちゃな、非現実的なことを言っているのは百も承知だが、こいつもこいつでよく口が開いてぺちゃくちゃと喋るもんだ、ここはこいつのことを逆におもしろがって、その口からどこまで嘘がついて出てくるのか観察してやろうじゃないか、こいつは俺のことをとても珍しい、不思議な生物でも見るかのようにじっと俺のことを観察してくるが、俺にとってみれば十分お前だってわけのわからない青年だ、人の投げたポロシャツをなぜ平然と藪の中にとりにいく、まだ藪の中にとりにいくのはいいとしても、その前に一声くらいかけてとりに行くのが本当なんじゃないのか、このクソ坊主め、みたいなことを思っているのか。儀身は何とかして今のおじさんの気持ちがわかるようにはならないだろうかと思案した。しかし人間にそんな他人の気持ちが手に取るようにわかる能力などない。

 儀身はおじさんに対してさらに続けた。「そりゃそうでしょうよ。だってこっちは巨大なプロジェクトをすすめようとしているんですからね。もちろんあなたが溶接工であるという情報は大変こちらにとっては有意義なものでしたけれども、それだけであなたにこちらのプロジェクトの全貌を教えるわけにはいかないんです。何といっても人と人との関係には信頼というものが一番大切で欠かせないものだとは思いませんか? どうでしょう。今会ったばかりのあなたと私の間に十分な信頼関係はもうすでにあるとお考えですか?」

「そう言われると確かにないでしょうな」おじさんは答えた。「もちろん私としては、今はあなたとの間には十分な信頼関係がないと思っているだけで、今後はどうなるかわかりませんよ。今後はもしかするとあなたと私の間にだって十分な信頼関係の築けるときがやってくるかもしれません。そしてそれはそんなに遠くない未来、もしかすると近々お互いの存在を認め合うようなことがあるかもしれないじゃないですか」


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