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儀身は言った。「そうなんです。僕は今どうしても溶接工の方に手伝ってもらわないといけないある一つの巨大なプロジェクトを抱えているんです」
「ある巨大な一つのプロジェクトですって?」男が乗り気になってくる。儀身は自分で言っておきながら、いやある巨大な一つのプロジェクトってなんやねん、と思った。無責任な奴である。しかし儀身は自らの思考を続けた。本当に自分が抱えているかもしれないある巨大な一つのプロジェクトって何のことなんだろう。果たして何のことをさして言っているセリフなんだろう。思いつくところなんて今のところ一つもないが大丈夫なんだろうか。それにその巨大なプロジェクトには、どうしても溶接工の方の参加が必要になっているらしい。溶接工の人がどうしても参加してくれないと前に進まない巨大なプロジェクトってどんなもんなんだろう! 儀身は、マジで自分でその巨大プロジェクトの影をちらつかせておきながら、実際には当然ともいうべきものであるが、それが具体的に何なのか全然わからない、頭にすらちらっとも浮かんできていないのだった。嘘つきとはポロシャツのおじさんのことではなくて、ずばりこいつのことを指して言うべきなのではないだろうか。儀身はしかし自分でもよくわからない発言をしながら、心はまるで少年のようにうきうきしっぱなしなのであった。それはこんな具合に――本当にどんなものなんだろう。どんなものだというのかな! 溶接工を必ず要さないといけない、溶接工の方に必ず手伝ってもらわないといけないある巨大なプロジェクトってどんなものなんだろう、しかもそれは僕によると、僕が抱えているものらしい、そんな巨大なプロジェクトなんて今の僕は抱えていたっけな? いや今の僕というどころか、いつの僕だって僕は巨大なプロジェクトなんて抱えたことがないのに大丈夫なのだろうか。僕が大丈夫か大丈夫でないかはわからないけれども、とにかく本当にその巨大なプロジェクトってどんなものなのだろうか。溶接工を要するということなのだから、きっと何かのものづくりなのかな。きっと何かのものづくりでることはほぼ間違いなさそうだけれども、でも僕のどきどきはまだおさまらないぞ。何かのものづくりプロジェクトだと決まったとしても、その何かがわからない限り僕はまだまだ延々とこのことに対してどきどきし続けることができるんだ。
おじさんが言う。「巨大なある一つのプロジェクトって具体的に何なんですか」
当然だろう。今このおじさんが質問してきたところは妥当だ。当然で普通で今この場面に置いてはもっとも理解できる発言の一つだろう。巨大なある一つのプロジェクトって具体的に何なんですか。確かに。それは確かに気になるところだ。尋ねられたからには答えなければならない。儀身は、自らが巨大なプロジェクトの影をちらつかせた以上、このおじさんの質問に答えなければならない責務があることだろう。まさかこのまま自らもわくわくしっぱなしでいいわけがない。そんな態度で話が潤滑に進むわけがないだろう。さあ儀身は追い詰められた。巨大なプロジェクトとは一体何なのか。何のことを指しているのだろうか。言わなければならない。尋ねられたのだから、これは言わないと相手を無視したことになるし、相手を無視したことになれば、その相手と友達になるというのは難しくなることだろう。人は自分のことを無視してくる人と友達になりたいと思うだろうか。普通は思わない。普通の人はそんな自分のことを無視してくる人とは友達になりたいだなんて思うことはないだろう。きっとこのおじさんだって例外ではないはずだ。おじさんだって巨大なプロジェクトとは具体的になんですか、と質問して、その質問に相手がちゃんと答えてくれなかったら、申し訳ないがその相手とは友達になろうとは思わないことだろう。だって無視しているのだから。自分のことを無視してくる相手なんて信用できない。むしろどうやって信用しろというのか。信頼関係のないまま人は人と友達になんてなれるものなのだろうか。なれないと思う。だいたいそういうのって難しいんじゃないのかなと思う。たとえばマンガとかでもお金持ちの子が大量のお金をえさに友達を作る話などがあったりするが、それだって最後の結末ではみんな友達だと思っていたクラスメイトたちが離れていき、大切なのはお金なんかじゃない、人と人としての素直な心や信頼関係や一緒にいて楽しいと思える気持ちだ、みたいな説教に終わる。どんな話でも結局人というものはお互いの信頼関係が一番大切やねんで、という感じで締めくくられるものなのである。だからやはりこの場面でも、おじさんの質問にちゃんと答えきれるか答えきれないかで、彼と友達に今後なれるかなれないかがほとんど決定してしまうのではないだろうか。