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儀身は言った。「ぜひこの僕と友達になってください」
するとおじさんはすぐさまこう答える。「私を必要とするということは、何かあなたの日々の生活の中で溶接工が必要な場面が差し迫っているのですかな」
儀身はおじさんをマジマジと見た。彼は最初、おじさんが自分の発言に足してどういう意味のことを言っているのかまったく理解できなかった。日々の生活の中で溶接工が必要な場面が差し迫っているのかだって? 溶接工の必要な場面が差し迫っているのかいないのかで答えれば全然いないけれども、もしかしておじさんは俺が「友達になってください」といったのは、自分が溶接工だと答えたからだと思っているのかな? それで溶接工の自分と友達になって自分に溶接工にしかできない何かしらの仕事を個人的に頼みたいと――もしかして今の発言をガチでそういう風に解釈してくれたってわけなのかな? 全然違うし! 儀身は思った。いやそれ全然違うし。俺が友達になってくださいと急に言ったのは、あくまでも「必死にこれから距離を置こう、とにかく関わるのはやめようと思っていた人間に逆に急に近づくような行動を取ったら俺の人生はどうなるのかな、俺の人生はビックリして退屈な毎日に緊張感でも取り戻すのかな」と思ってあえて言ってみただけのことだし。つまりどうなるだろうとわざと自分でも驚くような発言を試してみただけ、いってみれば実験の一種に過ぎないのに。それなのにおじさんときたら友達になってくださいといわれたのが気分のいいことだったのか、え、そんなに溶接工の必要な場面をあなたは望んでいるのですか、みたいな、何ていうか助っ人? 助っ人というかとりあえず人助け、いってみれば人に親切にしてその人のヒーローになりたい、なってみたい、的な願望から力を貸してあげましょうかというようなニュアンスの発言をしてきてくれたということなのかな。うぜえ。なんてうざくて面倒くさい奴なんだ。面倒くさい大人! 正直そんなわけないだろ。誰が溶接工のお前なんかを必要とするもんか。だいたい溶接工をプライベートの生活の中で必要にする場面、溶接工に頼らざるを得ない場面って果たしてどんなもんなんだよ! そんな場面なんて果たしてこの世の中にあるのだろうか。いやもちろん一切そんな場面のあるはずはない、そんな場面は絶対にないとは言い切るつもりはないが、しかしそれにしたってどんな場面だよ。具体的にそれはどんな場面なんだよ。想像して発表するにも時間がかかるわ。つまりそれくらい溶接工であるあんたを見込んで何かを頼むってことはレアなケースだってことだ。少なくとも今はそういうわけじゃない。そういう理由であんたに友達になってくれと発言したわけじゃないんだ。俺が適当にあたかも自分の考えに抗うがためだけに言っただけのただのわがままみたいなものなんだ。
急に儀身の中に悲しい感情がこみ上げてきた。儀身はおじさんの顔にとっさに目をやって思った。ごめんなさい、ごめんなさいねおじさん。本当に僕の勝手な判断で、僕の勝手な思い込みであなたに「友達になってください」などと発言してしまって。ある種の変な期待を持たせてしまって。でも友達になる気なんてまったくないのに。あんたみたいなクソで魔界からの使者で地獄からの使い魔であんたのことを好きな人が一人もいなくて正直はやく目の前から消え去って欲しい人とは友達になるなんて死んでも嫌なことなのに。それなのに自分の思っていることは真逆のことをあなたに言ってしまって本当に申し訳ありません。今僕はあなたのことをどれだけ傷つけていることなんでしょうか。もしくはこれからどれだけあなたのことを傷つけることになるんでしょうかね。そういえばこの友達になってくださいという発言も、それがまさか僕の本心とは真逆のものだってことにあなたは気づいていないんですからね。気づいていないからこその「え、この溶接工の僕に何か用なの? 何かどうしてもお願いしたいことがあるから僕の職業を尋ねてきて、それですぐに友達になってくださいといってきたんでしょう」みたいな発言なんでしょうからね。バカですね。本当にあなたはバカな人間ですね。そんなわけないのに。あなたにとって僕は見ず知らずの人間なんですよ。今日ここで初めて顔を合わす二人だっていうのはお互いが一番良く知っているはずじゃないですか。それなのにどうしてあなたは僕が友達になってくださいといえば素直に反応するんですか。友達になるはずないでしょう。すぐに断ってくれればいいだけの話なのに、それなのにあなたときたら、え、溶接工の必要な場面がもうすぐあるんですか? みたいに目をきらきらと輝かせて尋ねてくるんですからね。気持ち悪いですよ。正直あなたのその目つきはめちゃくちゃ気持ち悪いです。どうにかならないもんですかね。今まで生きてきた中で本当に誰かにその目のことを注意されたこととかありません? あんたのその目つき気持ち悪いから一生こっちの方みないで、見るなこの変態! などとののしられたこと、非難されたことはありませんか。ののしられたり非難されたことはないんですか! 人生って不思議なもんですね。そういう全うなののしりや非難をする人が今まで一人や二人いてもちっともおかしくないようなものなのに、そういう人との出会いが残念ながら一度もなかったなんて。僕も正直に自分の思っていることをあなたに言うつもりはありませんけれどもね。