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「そんなこと言いましたっけ?」男がすっとぼけてきた。「確かにさっき私はスマホで電話をしていたような気がしますが、そんなジャクソン何ていいまいたっけね?」
「いいましたよ!」儀身は少し口調を荒げて言った。まさかこのおじさんがとぼけてごまかそうというのなら許さんぞ。もしこの男がすっとぼけて何もかも知らないふりをして白いシャツに対しての行動についてはいろいろと説明してみせたくせに、ジャクソンに対してはちっとも説明しないでなあなあでごまかそうという態度なら、儀身はもう一度ただの観測者になって、この自分にとって理解しがたい存在であるおじさんを復活させて、つまりまた彼を自分にとって都合のいいだけの、何かしらの将来に対する注意や喚起を与えてくれるような、たとえていうならお告げをいってくれる神様のように扱ってやって、それでもう一切あんたの発言なんてきいてやらないんだからな、マジで覚えておけよ、と思った。おじさんが言った。「ああ確かに私はジャクソンといいましたかね。言ったかいわないかで言ったらいったんでしょうね。だってあなたがその証人として言ったといっているんですからね。じゃあ私はいったんでしょう。スマホのマイクに対してジャクソンといったんじゃないですかね。しかしジャクソンとスマホのマイクに向かって言うことのどこに不思議なことがあるっていうんです。どこにいけない要素があるっていうんですかね。よく考えてみてくださいよ。本当によく考えてみてください? 私が受話器に向かってジャクソンといったところで、それがあなたにとってどんな理不尽な、不思議な気持ちを沸き起こすことになったというんですかね」儀身は思った。いよいよこいつめ本性を現してきやがったが。本性を現してきやがったかこの妖怪か悪魔か幽霊か神様か野獣かよくわからんがとにかくこの世の人間ではない魔物め。そうだお前は魔物なんだ。具体的に何なのかよくわからないからおおざっぱなくくりで今回はばそうすることにするけれども、お前はやはり魔物なんだ。俺にとっての魔物というだけでなく、きっとお前はこの地球に住む全人類に対しても魔物だ。お前みたいな嘘つきで傲慢でわけのわからないことばかり言って正直なことは一切言わない、他人を何とも思っていない、常に自分のことばかりを考えていて、自分のこと以外のことには非常に無関心で、立場が少しでも悪くなれば一生懸命になってすぐに言い訳してくるような奴は魔物なんだ。本当にこの世のものではないことだろう。言いましたっけねだと? そして言いましたっけね、といった次にまあ多分言ったんでしょうね、あなたがそう言うなら私は確かにそう言ったんでしょう、だと? 他人任せか! お前はこの世の中で起こるすべての現象を他人のせいにして自分はのんびりとやっていってやろうと思っているクソみたいな野郎なのか。まあ魔物なのだからその性格がいくらどれだけクソみたいなものだったとしても俺は今さら驚いたりしないが、でも本当にクソみたいなものだとすると、一応それだったらそれでちゃんと申告してくれ。そちらの方から「ええ私は性格がクソなんです、クソみたいなものなんです」という申し出があれば、こちらとしても「ああまああなたの性格はクソなんですね、一度自らの命を自らの手で絶ってみることを真剣に検討してみてはいかがですか」みたいなことを言わさせてもらって、そしてあああいつはクソだからもう何を言っても仕方がない、あきらめよう、と思わさせてもらうことにする。思わさせてもらうことにするんだからな! 儀身は、もうおっさんはダメなんだろうと思った。白いポロシャツのときはとっても普通でありきたりな、誰もが納得してくれるような、自分でさえも一瞬で納得できるようなちゃんとした理由がその行動にあったというのに、ジャクソンはダメだ。ジャクソン関係の発言は全然心に響くものが、胸をうつような答えが返ってこない。別にこちらをその返答で感動させてくれといっているわけではないのに。こちらとしては、なぜそういう発言に至ったのかという明確な、ちゃんとした理由が欲しいだけなのである。それなのにおっさんきたら、そういうこちらの思いを知ってかしらずか、マジでジャクソンのことについては言葉を濁してくる。一体どこまで物事を濁してくるつもりなのだかろうか。そして物事がこれ以上濁せないと判断してくるや否や、今度は逆切れである。逆切れで「逆に私がジャクソンといったところであなたにどういう不利益が?」みたいなことを言ってくる。おっさんがガキだったらとっくに頭をどついて話を終わらせていることだろう。おっさんはガキじゃないのでどつかないが、マジでガキだったら有無を言わさずどついているところだ。そして「もうお前みたいな奴は喋るな、俺の前に二度と出てくるんじゃない」と捨て台詞をはいてその場をあとにすることだろう。相手がガキじゃなくておっさんでも自分がそんなにむかついたんだったらどつけばいいんじゃないかって? いやおっさんを相手にどついてしまったら、もしかしたらそのあとそのおっさんの反撃にあうかもしれないでしょ? そしてその反撃にあったときに、自分が確実に勝てる自信がない。相手だって自分と同じような立派な大人の体格をしているのである。取っ組み合いのけんかになったとしてその勝敗がどちらに転ぶかわからない。それにおっさんがなぜか偶然にも昨日の夜はにんにく料理をたくさん食べたから体力がありあまっているとか、俺は普段マッサージ師をやっていて人体のつぼというつぼにめちゃくちゃ詳しいから、お前の痛がるようなつぼを的確に押し捲って殺す、みたいなちょっとわかりにくいけれども実際にやられたらやばいみたいな攻撃をしてきたらどうする。考えただけでぞっとする。もし実際にそんなような事実が発覚したら、俺はきっともうそれえ心が折れて一生立ち直れないことだろう。とにかくややこしいおっさんの対応に自分の人生の時間というものが嫌になってくるに違いない。
「一つだけ聞いておくことがある」儀身はもはや少しも信頼の置けないおじさんに向かって言った。
「何だ」おじさんが答える。
「昨日の夜何食べましたか?」
「昨日の夜?」
「ええ昨日の夜は何を食べたんですか」
「鴨鍋」
「鴨鍋? それはおいしかったですか?」
「まあそれなりにおいしかったけれどもそれがどうした」
「あと一つ質問に答えてもらおう!」
「聞きたいことは一つじゃないのか」
「あなたの職業は?」
「溶接工」