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儀身はおじさんの話を聞きながら思った。うわめっちゃまともな理由あるやん。めちゃめちゃ普通で立派で誰にでも通用する、みんながその話を聞きさえすれば理解してくれるような、豪華な、真面目で信頼を寄せることができて現実的にもものすごくありそうな、現実的に起こりうる確率の高そうな、キャンプとか外に遊びに行ったことのある人ならちょっとは経験したことがあるような、もしくはキャンプというものを想像できる人だったらすぐにでもわかってもらえそうな、とにかくマジで普通の、よくありそうな、誰もが納得するような理由があるやん! 儀身は何だかおじさんの話を聞いていて、自分がおじさんに対して想像していた、何か不吉な、この世の中のすべての闇をつかさどるような不気味な存在、宇宙のカオスの象徴、現代社会の重苦しい雰囲気、自分自身の未来に対する自信のなさ、みたいなものはすべて自分の空想、妄想でしかなかったのだなということがよくわかった。おじさんはおじさんなりに理にかなった行動をしていただけというわけだ。だからおじさんは何も俺に観察されるためだけに存在していたというわけではないってことだ。そりゃ俺だってそうすることだろう! もし俺だって、今から着替えようとしていた服に謎の足もぞもぞ系の虫――多分それはムカデとかそんな類の虫なのだろうが――がついていたら、思わずびっくりしてそれを地面に叩きつけてしまうことだってあるかもしれない。というかどんなに下手に転んだとしても、その事実を平然と受け入れて、しかしまだ着替えを続行しようとする知恵や勇気はなかったことだろう。残念ながら俺はどこかの大自然の部族出身だから虫に突然目の前に現れることには慣れているとか、もしくはおばあちゃんからの教えで小さいころから虫はとにかく無駄に殺生せずに大切に逃してやりなさいや、無事に逃してやりさえすれば、きっといつかまたその恩が自分に帰ってくるさかいにな、みたいな道徳教育をうけているわけではない。団地育ちだ! だから虫とかに慣れているわけではないし、むしろすっごく苦手なので、虫を見ただけで(特にそれがムカデとかの足が超もぞもぞした奴だったら)ほとんどパニック状態に陥ってそれをとにかく自分の視界から遠ざけようと試みることだろう。俺だっておっさんとちっとも違わずに白いシャツを藪の方へと投げ入れるということをしていたかもしれない。
「そうだったんですか」儀身は言った。「てっきりあなたは僕だけのためにいる何かしらの注意や喚起を促す神様的な存在かと思っていました」
「そんなわけないでしょう」すぐさま男が切り返す。「私はただ普通にここで立っていただけですよ。何だったら今から着替えをすませて家族の元へと合流しようと思っていたんです。今日は私自分の家族とここの公園に遊びにきたというわけなんですよ。それにしてもあなたはどうして私をそんな自分にとっても神様だと思い込んでしまったんですか。普通見ず知らずの大人を見て、あああの人はもしかしたら自分にとっての神様みたいな存在かもしれない、なんて思うことはないでしょう」