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 上半身裸で車内から出てきたおじさんの手にはやはり白いポロシャツが一枚握られていた。当然おじさんとしては、紺のシャツを脱いで上半身裸になったからには、次の行動としてその車内から探し出してきた白いシャツを着るものだと思われた。ところがおじさんはそんな普通に誰もが考え付くところの行動なんてしなかった。おじさんは突然「ジーザス!」と叫ぶと、手に持っていた白いポロシャツを駐車場の奥側の暗い藪の方へと思い切り投げ入れてしまい(駐車場の開けた公園側の反対側は藪というか、往々と草木の生い茂る一体になっていた、このまま季節が進んで夏とかになったらすごいそこに足を踏み入れるのとか嫌だろう。虫とかいっぱいいそう)、あとはなんか息をハアハアと肩でしながらちょっと自らに急にこみ上げてきた興奮を押さえつけているようだった。儀身はこの一瞬の出来事が理解できず、何が起こったのかと自分で考えてみるべきなのかなとも思ったけれども、自分は自分で決しておっさんではないし、たとえおっさんに近い立場の人間だったとしても、今のあの行動は人間の行動といえるのかどうか、何か野生動物じみた、一切の人間的活動からは逸脱した、本能のままともいえないような、非常に破壊的な、悲劇的かつ救いのないある種の何に対するものなのかはわからないが、とにかくまとまりのないただのわがまま、気がふれただけ、あとからすぐに後悔しそうな幼稚な――といったような行動にしか映らなかったので結果として「しょうもな」みたいなことを思った。このおっさんはとにかく俺にとってわけのわからない存在でい続けなければならないってわけなのか。だとしたら俺はもう本当の本当の本当にこのおっさんには愛想が尽きた。興味がなくなった。マジでこのおっさんは何なんだ。俺にとって一体どういう存在だというのだろうか。服を脱いで車の中から新しい服を手に入れて、しかしすぐさまそれを藪の中へと投げ入れてしまうということがこのおっさんのシャツのボタンに手をかけたときからしたかったことなのか。本当にそれが一人のおっさんの、一人の成熟しているであろう大人の、今日という日でなければ、たとえばそれが平日の月曜日とかだったら、どこかの勤め先へとせっせと出勤し、ほかの同僚たちとも何の仕事をしているのかわからないがとにかくうまくやり、お昼の時間になればそれなりの昼飯を食べ、かつまた夕方まで働き、夕方を過ぎれば仕事を残業してするか、日によっては同僚たちと一緒に夜の街へと繰り出す人間のすることなのだろうか。嘘だろう。はっきりいってやろう。こんなわけのわからんおっさんが本当にこの世の中にいるはずがない。こんなわけのわからない人はいてはいけないのである。これは夢か幻だ。これは俺の夢か幻なのであって、おっさんの乳首の周りの毛も、ジーザスという掛け声もハロー&グッドナイトジャクソンも全部でたらめの作り話でしかないのだ。じゃあ今まで見てきたこれらが全部作り話だったとして、それは誰が何のためにでっちあげたものだというのだろう。誰かこの宇宙がどうして存在しているのかわかる人がいるのか。自分という人間がどうして今のこの場所にいて毎日なぜ生きているのかわかる人がいるというのか。そんな奴いないだろう。やっぱりそんな漠然とした超巨大な問いかけに答えられる奴などいないのである。答えられる奴がいないということが、果たしてそのまま答えがないということにつながるのかどうかしらないが、少なくとも俺は思う。答えられる奴がいないのならば、その問いかけを誰かにするのもおかしな話だ。本当の本当の本当に何かしらに対する答えが欲しいのならば、それは自分自身の手で探し出さなければならない。


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