復讐と対抗戦の終わり
「? 翔太、武器は使わないんじゃなかったの?」
控室まで来てくれた悟志が目ざとく俺の背にあった武器を指す。
「今回だけは特別だ。あの結界をつぶすためなら武器はあったほうがいい」
とはいえ、持っているのは木製の短槍が三本のみ、これで一体どうするのかはおそらく悟志にはわからないだろう。
「―――まあいいか、それより第一試合が始まるよ。見なくていいの?」
正直、酒井をつぶせればあとはどうでもいいのだが……せっかくだから見るとしよう。
「そうだな。せっかくだからみておくか」
そういって特別席で試合を見る。
それは、開始直後に起きた。
音もなく神谷は倒れ、眠たそうな眼をしている藤田はあくびをした。
「は?」
少なくとも、普段の俺の目では何が起きたのかわからない。どんな魔術によるものなのか予測すらできない。しかも、うわさですら彼女の魔術が何であるかを知らないのだ。
「―――悟志、俺は彼女に勝てる気がしないんだが」
「奇遇だね。僕も君が彼女に勝っている光景が浮かばないよ」
戦闘時間三秒で勝敗は決した。
「教官、あれは何なんですか?」
「他人の魔術特性を聞くのはマナー違反だ。それにあれは知っていても知らなくてもそう大して結果は変わらない。気にするな」
教官に聞いてもダメだった。本当にあれは何なのか……。
酒井を目の前に、槍を一本だけ持って構えずに開始の合図を待つ。
今回はアタッカーで始まる。とりあえずあいつの自信を叩き潰すことから始める。
「はじめ」
教官の合図とともに俺は口の中で唱えた。
「―――疾風迅雷」
一秒しないうちに俺は酒井の背後に回り込み、背中を手のひらで軽く押した。反動は馬鹿みたいなものであったが、しっかりと踏みとどまり、酒井は一瞬にしてフィールドから飛ばされていった。
「アタック成功、さらにリングアウト、アタッカーに四点」
先制の一撃、六段加速による速攻。加減速魔法の神髄である速攻が姿を見せた。
「ごほっ! ごほっ!」
肺の空気が一気に出て行ってしまったのか、せき込む酒井を一瞥して指定の位置につく。
「はじめ」
「―――一瀉千里」
三段まで加速し、酒井の結界による面の攻撃を完璧にかわす。
何も恐ろしくはない。結界は見えるのだ。見えるのならかわすのは難しくない。
「くそ……つぶれろ!」
酒井から球状に広がっていく結界。あれに触れたらリングアウトは確実と思われる。
ならば、結界をつぶせばいい。幸いにしてあれは強度は大したことない。加減速魔法の攻撃力では難しいが、それはあくまでも肉体による攻撃の限度である。耐久性によって制限された限度ならば……壊れること前提の武器ならば問題はない。
槍を構えて一歩踏み出して投擲する。加速した槍は簡単に結界を破壊し、地面をえぐった。
「―――な!?」
そもそも、加減速魔法はあまりにも攻撃的になれる魔術であり、ある意味では最高の攻撃力となるのだ。ただ、それに耐えることのできるものがないだけで。
むろん、この程度のものならば結界魔法を防御にのみ回せば防御可能だ。だが、今の彼はアタッカー……防御できるだけでは意味がない。
にらみ合いだけが続く。ブロッカーの俺からすればうれしいことこの上ない。
「―――一分経過、ブロッカーに二点」
これで六点。あと四点で詰みだ。
「―――このままで終わると思うなよ」
酒井はすれ違いざまにそう言ったが、逆である。このまま怪我なく終われると思わないほうがいい。
「はじめ」
合図とともに酒井を囲むように結界が張られる。確かにあれならこの槍を投げたところで破壊はできない。
「結界魔法の弱点は、その定義にある」
俺は、そういいつつ無防備に歩いて結界に近づいていく。
「この状態のこの空間といった具合に、かなり条件を厳しく定義しないと、強力な結界を張ることはできない」
使い手である酒井にとっては常識といえるものだ。
「よって、中のものの状態が変化すると、結界は弱くなる」
結論を述べあげた直後に、槍を加速を用いて投げつける。
槍は当然のように結界に阻まれて中の状態を一切変えることなどできないが、これはこれでいいのだ。
砕け散った槍は、結界をすり抜けて結界の中に入っていく。攻撃性を失った槍は、ただのゴミでしかないため、結界に阻まれることはない。
さらに、中の状態が変わってしまうために……。
「てやっ!!」
結界は弱くなり、槍の一撃を相殺するだけでその存在を終わらせてしまった。
当然、結界が亡くなった直後に俺は酒井のもとにたどり着いて酒井の背中を突き飛ばした。
これで試合終了。アタック成功で、リングアウト。十点先取で俺の価値である。
「案外あっけなかったな」
「翔太……彼は突き飛ばされた結果足の骨を折り、腕にはヒビ、肋骨は二本いってるんだよ。それに最後の結界は学生としては十分すぎるほどの強度だった」
「でも再定義が遅い。そうだろうとは思ったけど、破られないこと前提の訓練しかあいつはしていないんだ。想定外だから一秒近くあった間に再定義ができない。訓練不足だよ」
夜。部屋で悟志と今日の試合について話す。
「で、君は右腕大丈夫なのかい?」
「―――骨とかに異常はない」
「肩が脱臼だったってね」
加速状態での投擲は脱臼するぐらいで済めばうまく投げたほうだろう。
「―――明日はどうするんだい? 投擲はドクターストップだろう?」
「よく知ってるな。まあ、加減速魔法の使い方によっては加速状態での投擲以外にも方法はあるんだ。そっちでやるさ」
あることにはある。単純に。
「時間がかかると……」
「―――なんでお前がこんなに加減速魔法について詳しいのか知りたいよ」
本当に、なんでそんなデメリットまで知っているんだ?
「それにしても驚いたよ。君は大森さんと幼馴染だったんだね。まさかと思うけど去年の除き騒動の密告者って……」
「ああ、俺だよ」
「―――あの時は逆に誰が犯人なんだって騒ぎ立ててた気がするけど、それに怪我してたし」
あの時のことを思い出したのか、悟志は苦笑いしている。
「悟志も覗きにはいかなかっただろう? 覗きにいかなかった奴がいると女子が思わなかったらしくて、男子風呂に行こうと女子風呂の前が見える場所まで来たら裸で数人出てきてな……」
あの時の廊下の構造上、男子風呂が手前に、女子風呂が奥にあり、更衣室から裸で出てくると男子風呂に向かう俺の目に入ってしまうというわけだ。
「―――それで八つ当たり?」
「まあ、見たことは事実だし、向こうに責任があるとはいえ、全身見ちまったからな……ある意味覗きよりもしっかり見たし」
覗きではそんなにはっきり見えるとは限らないが、廊下では湯けむりも何もなく完全に見えてしまったわけだ。
「―――なんというか、不幸な事故だね」
「ああ、それで密告者の話になったから、俺も女子にやられてるし、ばれないだろうなと思って騒いでた」
要はそれだけのことである。
「じゃあ、なんで密告したんだい? 大森さんの裸が見られたくなかったから? それとも中山さん?」
―――大きな勘違いをしているようだ。
「違うよ、あそこで俺は女子のために密告したわけではない。むしろ男子のために密告したんだ」
「? なんでさ」
「考えてみろ、覗きが未遂であの怒り具合だ。成功していたらおそらく忠彦さんがだまってないし、明里も魔術を使ってる」
要するに低い可能性だが死の危険性があったということだ。
「―――うん、僕も密告してたね。今だったらそうはっきり言える」
何とも微妙な雰囲気になったところで明かりを消して眠った。
『さあ、はじまりました!!
対抗戦決勝……出場選手は藤田智代!! 才色兼備、非の打ち所がない彼女は当初の予想通り決勝に駒を運びました!!
それに対するは川平翔太だ!! 加減速魔法の使い手ともはや公然の秘密となっている不良生徒のはずだったのですが……今回、なんと鬼頭教官の推薦で出場!! 大森明里、酒井尚人という強敵を下して決勝にまで進んできた彼はどれ程までの実力なのか!!
解説は鬼頭教官にお願いしております』
『正直な話、川平がここまで残るとは思っていなかった。あいつめ、俺に実力を嘘で申告しやがったからな……終わったら軽くお話し合いをしなければならない』
『はい、川平選手はどうやら終わった後に地獄が待っているそうなのでみなさんで今のうちに黙とうを捧げましょう。
では、あと十分もしないうちに始まる試合ですが、どうなると思いますか鬼頭教官』
『そうだな。アタッカーが藤田だから昨日の準決勝のような展開になる可能性も捨てきれないが、俺の予想では11対3で藤田の勝ちだ』
『おや? 推薦生徒の川平選手ではないんですか?』
『あほが、あいつはまだ自分のもともとの実力を出せるようになっただけにすぎん。そんな奴が藤田に勝てるか』
『はい、おそらく誰もが藤田選手の勝利を疑わないこの試合、どのように転ぶのか実際に見てみましょう。では開始の合図を待ちます』
フィールドに上がる。腰に剣、背に短槍。
実況のようなあほらしい声を聞き流し、鬼頭教官の言葉に心の中で涙を流して絶対的な強者である藤田と相対する。
―――昨日のうちに、神谷に聞いておいたのと同じ感想だ。本当に、正面に立つことに恐怖を覚える。
「準備はよろしいですか?」
教官の声が聞こえる。うなずき、わずかに重心を落とす。
「では……はじめ!」
声とともに、俺は加速した。
来ると分かっていたからこそできた回避、恐ろしく早く、正確な攻撃。
一気に三段まで加速しなければ回避はできなかっただろう。
「―――再加速」
四段目まで加速する。これが基本の速度でなければ攻撃をかわすことなんてできそうにない。
ああ、狙われている今ならわかる。この能力の正体は……。
「―――風……一発で昏倒させられるように顎をしっかりと狙っている」
「―――よくよける。見えない攻撃をここまで避けたのはあなたが初めて」
そういいつつ、次にすることはわかっている。全面攻撃だ。
わざと走り回って砂埃を立てまくったおかげで間接的にどのような攻撃かが予測できる。
剣を構えて風の壁を断ち切るが……。
「一発でダメになるのかよ……」
剣は砕け散り、もはや使い物にはならない。
「じゃあ、次で終わり」
もう一度迫る風に対して、俺は何のすべも持たない。
―――それが、加速しか知らない加減速魔法をよく知らないものの考えである。
「―――甘いな、甘いったらない」
“減速”して弱い風となり、俺の髪と制服をはためかす。
「―――“対象減速”。そんなのをこの短時間で風に定義できるものなの?」
その問いに解説者は答えた。
『その通り、あれは対象減速で風に対して減速を行った……だが、その見解は少し間違っている』
そう、俺は風を減速したのではない。
『あれはただ“空気”を減速しただけだ。結果として風も減速したが……副産物に過ぎない』
俺が減速したのは自分の周り一メートル以上で二十メートル以内の空気を減速したのだ。よって、その領域内の空気の流れである風もまた減速し、俺のもとではただの風になるのだ。
「一分経過、ブロッカーに二点」
まずは二点。
「はじめ」
声とともに俺は歩く。そして十メートル程度の距離で加速し、槍を投げる。
が、槍は狙いを外して明らかに変な動きで藤田の後方に流れていきフィールドの外を破壊する。
「―――風の壁か」
空気の流れで投擲なんて無意味だろう。医者の言うことを無視して投げたが何の意味もなかった。
近づいて殴るかと思ったが、やめた。気づいたのだ。
「―――自動カウンターかよ」
『おっと、自分で気づいたか。藤田は自分の周りに風の壁を作り、遠距離攻撃を防ぐ一方、近距離攻撃を鎌鼬で封じている。何も考えずに突っ込むと切り刻まれる結末になっていたな』
「解説をどうもありがとうございます」
藤田がそういっている。当たっているということか……。
「無理だ。手持ちの策じゃ無理」
せめて金属の武器があれば別だが、武器自体もうないのだ。
『どういうことでしょうか、減速から攻撃すれば……』
『すでにあの場は彼女が制御している。それを横から手を出すならその間に風の一撃をもらうと判断したんだろう。いい判断だ』
―――さすがは教官。よくわかっていらっしゃる。
「そう、じゃあ、一分こうして待ってるの?」
「ああ、まあ、少し邪魔するけどな」
そういって石を拾い上げ、時間が少しかかる方法で投擲する。
「何の意味もないわよ」
「そうでもないな。かすかにだが、魔力が乱れてる。意味はあるだろうさ」
そういって時間の限り投げ続けたが、それほど大きな魔力の乱れは見つけられなかった。
「一分経過、ブロッカーに二点」
教官の声を聴き、攻撃をやめて指定位置に向かう。
―――しかし、さっきはどうにかなったけど、最初からあの範囲の減速は間に合わないぞ……。
「はじめ」
襲い掛かる風を何とかかわし、空気を減速する。
それでもなお強烈な風がこちらに吹き荒れ、その分減速を強くしていく。
「―――!!」
しまった。まずいことに気付いてしまった。
空気は減速し、動きをゆっくりにしている。そしてそれは同時に温度の減少を意味していた。
にやりと笑う藤田。となれば、こちらの取れる手段は一つだけ。
強烈な吹雪を減速を解除すると同時の六段加速で回避し、藤田の近くで一気に空気を加速した。
高温となったフィールドではおそらく長い間いることはできないだろう。熱中症になる。
暑さに一瞬ひるんで風邪の刃を作り出した彼女を、もはや後ろに回り込む時間すら惜しくて正面から突き飛ばす。
強い衝撃とともに風の刃が俺を襲い、確かに一発もらってしまった。
「アタック成功、アタッカーに三点、カウンター成功両者に一点」
これで三対六。
―――だが、ちょっとまずい。
「――――――――」
じーと見られている。本当に気まずい。
指定位置についてアタッカーとして始めるも一切風の壁を破れず進退がない。
一分が経過し、8対3……その視線が本当に気まずい。
「――――――――」
始まると同時に彼女はもはや数えきれないほどの風の刃を俺に向けてきた。
「ちょっ……それは死ぬ」
四段加速まで使って必死になって避けたところに今度は暴風。減速して六段まで加速し、もう一度先ほどと同じような状態になる。
―――だが、今回は正面から突き飛ばすなんて真似は出来なかった。
「げふっ!!」
後ろに回り込む時間のせいで刃を避けきれず一撃もらう。これで試合終了まさかの教官の予言通りのスコアだった。
「なんで君は最後にわざわざ後ろに回り込んだんだい?」
「―――聞くな」
何とも言えない気持ちで俺は昼飯を食っていた。
風の刃に切られたが、加減されていたのか制服がぼろぼろになるだけで済んだ。本当にありがたい。
「―――ちょっといい?」
そして現れたのが藤田さん。
「―――行ってきます」
「えっと、行ってらっしゃい」
きっと、悟志の目には俺が買われていく子ヤギのように見えただろう。
「―――すまなかった。全く考えていなかったとはいえ……」
「――――――――」
そう、俺は正面から突き飛ばすことで彼女の胸部を触っているのだ。あの速度ならおそらくはほかの生徒には見えなかっただろうが、しっかりと触った自覚があるし、触られた自覚もあるだろう。
「―――一つ聞いてもいい?」
「何なりと」
即答。今の俺は審判を待つ罪人である。
「あなたの魔術は本当に加減速魔法なの?」
………………はい?
「えっと、そのはずだけど?」
「ならいいの。でもおかしいのよ」
そういって減速のせいでわずかに凍傷になっている俺の腕を指していった。
「―――減速を空気にかけても、温度は低下しないし、逆に加速を空気にかけても温度は上昇しない」
俺は、それにこたえることが出来なかった。
「―――適性を知るのは、ある程度は機械によるものだけど、そこから先は使える魔術によって判定される。もしかしたら、あなたはすごい思い違いをしているのかも……」
そういわれても困る。俺は今まで加減速魔法の使い手として生きてきたし、加減速魔法が使える。それに間違いはない。
「―――胸を触ったこと……毎週土曜日の昼にここにきてくれたら許してあげる」
「―――かしこまりました」
別に土曜日の昼なら問題はない。許してもらえるならいいだろう。
「じゃあ、また」
そういって彼女は去っていった。
加減速魔法ではない可能性がある。か……変なものでなければいいけど……。