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人生とは死への過程を指す  作者: ray
一章 加減速魔法の使い手
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旧知の仲


 微妙に入ってくれない気合を無理やり入れなおす。

 今日は二日目……本当の猛者しかいないはずの戦いだ。

「―――なんだかどんどん自信がなくなっていくな……」

 怖い。またあのコメディーですべてが決まってしまう戦いにならないかが怖い。

「翔太……世の中そんなに甘くないよ」

 悟志が俺をさとす。そうだよな。世の中そんなに甘く……。

「―――まて、悟志よ、一つ聞きたいことがあるんだが」

「なんだい」

 こちらしっかりと見つめている。

 そのまっすぐな目に向かって、俺は言った。

「どっちの意味で言ったんだ?」

 数秒の空白。沈黙というものが場を支配する。

「もちろん……」


『―――選手の皆さん、控室に集まってください』


「おっと、時間じゃないか、行ってきなよ」

「くそ、これでコメディーな試合だったら恨んでやる!!」

 悟志の顔は笑っていた。



「―――恨むからな、悟志」

 俺は、試合のフィールドでそう口にした。

「何の話かは知らないけど、いい加減に構えたらどう?」

 目の前にいるのは女、竜也がよく話す巷で思春期の男子に人気な小説の内容にそうならば、俺はここでこいつを完膚なきまでに叩きのめし、こちらから見てもどうかと思うような展開になることは間違いない。というか、それにそうならば、千賀子がサブヒロインになるが、もう俺にその気は微塵たりともないので話がおかしくなりそうである。

 ―――まあ、もっと面倒な話題ならこいつとの間にあるのだが……。

「―――やばい、かなり変な方向に思考がいってた」

「何を試合前に考えていたの?」

「いや、ちょっとバカなことを」

 真面目に戦力分析をしよう。

 対戦相手は大森明里、確か教員推薦の生徒だ。彼女自身の能力についての噂は聞いたことがある。

 曰く、『大魔術師』『目を合わせると人体実験に使われる』『教師ですら逆らえない』『魔術師のくせに主力が近接戦闘』『魔術師というより魔法剣士』と、何とも頼もしい噂ばかりだ。しかも、一切その適正魔術について語られていないというあてにならない具合。ちなみに俺が加減速魔法の使い手であることは周知の事実だ。

「―――別に俺が言いふらしたわけでもないんだが……」

 隠したわけでもないのだが。

「あなた、武器は持たなくてもいいの? 加減速魔法なら武器はあったほうがいいでしょうに」

「あっても壊れるからな。下手な武器ならなくても同じだ」

 軽く返しておく。一応言っておくと、これはちょっと調べればわかることで、加減速魔法が“強化”をしてくれない以上、下手な武器は自傷につながる。というか、こいつはそれを知っているはずなんだけどな。

 今回はブロッカーからのスタートだ。ただ逃げるだけでいいブロッカーは実に楽である。


「では、始めてください」

「―――――」


 審判の声が聞こえて、相手が何かを口にしたと認識した瞬間、俺は加速した。

 鬼頭教官に叩き込まれたある一つの技術。その名を『条件発動』といい、ある条件に当てはまる状態になった時、指定した魔術を自動発動するというものだ。が、完全無意識下で発動する以上スピードに体が付いてこないという不便さがあるし、あまり難しい術式を使うことが出来ないから身体強化か加減速でもない限り使われない技術だ。

 そして、教官が叩き込んだ俺のその条件と発動する魔法は簡単である。


 ―――命の危険を感じた時、単純加速を発動する。


「―――すごい、まさか避けられるなんて……」

 先ほどまで俺のいた場所の地面はえぐれている。

「―――再加速」

 視界が明確に、周囲のスピードがゆっくりになる。

「―――再加速」

 三段目。ここまでは確実に使える段階加速。今の加速で普段の三倍強の加速だ。

「ん、狙いがつけにくい」

 その声を無視してさらに一言。

「―――再加速」

 四段目だ。教官にはああいったが、ここも九割九分成功する。これで五倍程度。


 五倍と言って侮ってはいけない。もともと50メートルを約七秒で走り抜ける人が一とすると、この人の平均の秒速は七メートル程度、時速にして25キロメートル程度だ。だが、五倍にすれば時速は約125キロメートル……高速道路の自動車より早い。


「く、こ、の―――!!」

 すでに通り過ぎた後ろで爆発音が聞こえる。狙いがつけられていない証拠だ。

 すっと、後ろに回り込む。反射的にか、裏拳が飛んできたのを認識してから前方に回り込み額を指でつつく。

 ―――正確には、つつく程度しかできないのだ。加減速魔法で保護されるのは移動についてだけ、衝突については何の保護もないから衝撃は直接来る。

 指でつつくというのも、普段より圧倒的に高い威力になるのだ。ただ触る程度でも思い切りついたような衝撃が指に来た。

「痛っ!」

 これでカウンター成功。

「この!」

 もう一度同じようにカウンターを入れる。実に楽な作業だ。

「―――落ち着かなきゃ……」

 と、楽な作業と思ったが、そうでもないらしい。

「どうした? やらないのか?」

 立ち止まって聞く。

「攻撃したら反撃されるもの。やらないわよ」

 カウンターをもらうような甘い攻撃をするのをやめるということであろう。

「――――――」

 頭の中にプロセスを展開しているのだろうか、だが、ここで手を出すのはやばい。

「―――意外ね。攻撃してくると思った」

「ブラフだろ。プロセス展開中に攻撃したらカウンターで一点もらえるが、そうでなければ逆に反則で三点取られる。それはまずい」

 いま、三点を確実に返せる確証はない。

「ええ、あなたが意外と頭が回るということがわかったわ。こんなことなら本当に展開すればよかったんだけど……」

「―――一分経過、ブロッカーに二点、さらにカウンターで二点」

 時間切れだ。まあ、そうなるだろう。

「指定位置についてください。攻守を交代します」

 決まり文句を初めて聞いて指定の位置につく。

「では、はじめ」

 そこで俺は何もせずにまっすぐ歩いて相手のほうに行く。

 ―――ルール上、アタッカーから二メートル以内に入ったらブロッカー側からの無条件攻撃が許可されるが、そうでない場合、攻撃行動をとるまではブロッカーからの攻撃はできない。ただし、ブロッカーは攻撃準備をすることはいつでもできる。

「―――なに? やる気あるの?」

「大ありだ。簡単な作戦だよ……」

 そういって余裕をもって三メートル程度の距離で立ち止まる。だが、全く構えはしない。

「―――神速」

 その言葉で一気に三段加速まで加速される。

 一気に引き伸ばされた時間の中で、俺は相手の額を指で突いた。

「―――アタック成功。アタッカーに三点、カウンター成功、ブロッカーに一点」

「―――――――」

 一発もらったか、さすがに三段加速程度までならついてこれるか……さすがは教員推薦をもらうだけはある。

「油断はしなかったんでしょうけど、私のことを少し過小評価しすぎよ。私は近接戦闘のほうが得意なの」

 そうはいっても、俺が“額を指で突く以外にしないと確信していたから”だろうな。まあ、こいつがそれを予測するのはある意味当たり前なんだが……。

「はじめ」

 声と同時にあいつも歩いてくる。とりあえず二段まで加速しておいて様子を見る。

 俺のほうに向かって指が向けられる。何が起こるのかを半ば予想してその射線上から体をよける。

「―――バーン」

 間の抜けた声とともに熱線が駆け抜ける。本当に危険だとしか言いようがない。

 こいつの適正魔術はあまりにも危ないことは知っている。そしてその内容も当の昔に理解しているのだ。むしろ、こいつの攻撃を避けるためだけに単純加速を俺は会得したのだから。

「ザバーン」

 本当に間の抜けているとしか言いようのない声で凶悪な津波が俺を襲う。

 こんな何でもありのような気もする魔術だが、大きな制約がある。

 それをつくためにとにかく俺はその津波を跳んで避けて無防備に空中を漂う。

「ドッカーン」

 着地と同時にもう一度跳躍して爆発を回避する。その制約とは使える魔術に決まりが存在するということだ。

 ―――熱線、津波、爆発、落雷、衝撃派、鎌鼬、閃光……どれも強力なものだが、これしか彼女は使うことが出来ない。

 力加減を変えることはできないし、使用にもある程度の制約がある。魔術名を“七変化”といい、強力であるが、ネタが分かると対処がある程度簡単になる魔術だ。だが、わかっていてもこの場では対処できないものが二つある。

「そろそろ終わらせようか」

 そういって彼女は上を指さす。否、正確には天を指さしたのだ。

「させるか!」

 これは発動したら避けられない。俺がたとえ六段まで加速したとしても何の意味もないのだ。必要なのは生贄か、避雷針。そう、落雷だ。

「ズガーン」

 この発動のためのキーワードだけは変えてほしいものである。

 そして、このキーワードを口にされた以上、落雷を防御するしかない。無防備にくらってしまえばそれで戦闘続行は不可能になるからだ。

「―――一瀉千里」

 俺は制服を脱ぎ捨て、五段まで加速した体で制服を盾のように広げてそこから少し離れて身をかがませる。

 制服は、裏地にミスリルの糸で編みこみがされており、防刃性能がある。そして、それと同時に電気や魔力の伝導性が高い。これを利用する。

 キーワードとプロセスの処理のごくわずかな間にそれだけの行動をしたのだ。その速度は驚異的だろう。

 落ちる雷、それは俺でなく制服に落ち、地面へと電気を流していく。

 ぱさりと落ちた制服を拾い上げ、相手を見る。

「―――さすがに対抗策ぐらい用意してるか……」

「当たり前だ。これで何度ひどい目にあったか……」

 まず、彼女がうまくこれを扱えるようになったとき散々やられた。次にこの学園に入る前にちょっとからかうとこれが来た。最近では大男子同盟を組んで女子風呂に突撃した時、せっかくそういうことをしようとしているぞと情報を出したのにもかかわらず、男子を事前に撃退し、情報提供者で非参加者の俺に向かってこれをやってきた。俺はただことが終わってゆっくりして気が抜けていた女子どもを堂々と眺めただけである。

 ―――男子が教員の方々に全員連れていかれたと信じた彼女たちが悪いと思うのだが……。まあ、いいものを見たことは事実だ。

「―――風呂の時の件は悪かったと思ってるわよ」

 そういいつつ隙のない直接攻撃を繰り出してくる。本当に俺が加減速魔法を使えなければ骨折しかねない攻撃である。危ないことこの上ない。

「っは!!」

 至近距離での衝撃波……さすがにこれは危ない。

「てやっ!」

 衝撃波に向かって蹴りを繰り出す。衝撃は足を通して伝わってきたが、さして強くない。

「嘘でしょ!?」

 俺がやったのはただ衝撃波を一か所だけ弱めて自分だけ逃れただけである。真後ろは周りの衝撃波が回折して破壊している。

「―――いや、案外何とかなるものだな……」

 といいつつ、これは鬼頭教官直伝の技である。が、本当にこうなるとは思わなかった。

 半信半疑ではあったが信じてよかった。さすが教官。

「一分経過、ブロッカーに二点」

 これで9対1だ。あと一点。問題といえるのはどうやって攻撃を成功させるかだ。

「―――私がどれだけ言っても訓練らしいことは一切やらなかったのに……どういう心境の変化があったのか気になるけど、今のあなたは十年前ぐらいには輝いてるわよ」

「―――俺の全盛期は十年前かよ……」

 結構本気で落ち込んだ。

「はじめ」

 声とともに、俺はすべてを彼女に見せるつもりでそれを使った。

 頭の中にプロセスを展開。三段まで加速した体で相手の三メートル前までたどり着き、制服を使って大きく風を起こす。

 ―――物体加速。

 加速した風は、暴風となって彼女をリングの外にはじき出した。

「リングアウト、アタッカーに一点。アタッカーは十点を先取。勝者川平翔太」

 教官の言葉を聞き流して彼女のもとに向かう。

「お疲れ」

「―――お互い様でしょ。あなたはあんなに魔術使ってへばってないの?」

 そういう彼女を思わず笑ってしまった。

「俺は今のところどんだけ無茶しても魔力切れになったことがないのが自慢だ」

「―――そういえばそうだったわね。まあ、この上昇具合はそのおかげもあるんでしょうけど」

 俺は手を伸ばし、彼女はその手につかまって起き上がった。

「―――翔太、お前そのことどういう関係なんだ!?」

 遠くから竜也の声が聞こえる。

 とりあえず一緒に会場を出て、昼を片手にしたところで竜也が追いついた。

「ぜぇぜぇ……翔太、このことどういう関係なんだ?」

 なんだか目が血走っている。

「どういうもこういうも、所詮は幼馴染というやつだ」

 何をそんなに怒りで神すら殺せそうな顔をしているのか。

「外見、中身ともにいい大森明里さんだぞ!! 男子でお近づきになりたい女子ランキング第二位、父親に騎士団長の大森忠彦様を持つあの大森明里さんだぞ!?」

「―――俺は両親が五歳の時にいなくなっているんだ。それから誰が俺の面倒を見てきたと思う?」

 言うまでもないが、その大森一家である。

「くそっ! じゃあ、小さいころには一緒に風呂とか、結婚の約束とか……」

 妄想が垂れ流されている。

「風呂はあったが、結婚はない。それにここまで一緒だと異性として見れないぞ」

 言葉にするなら家族だろう。時に姉で時に妹のようだ。

「こういう時には男じゃなくて女のほうがどう思ってるかが問題なんだ!! どうなんだ、明里さん!!!」

 ものすごい勢いにひるみかける明里だが、その程度で完全にひるめるような教育はされていなかった。なんか日本語がおかしいが、気にしない。

「同じ意見よ、風呂は一緒に入ったことが何度もあるけど、結婚はなかったわ。というより結婚しようとかっていう以前に一緒にいるのが当たり前だったからそういうことを言う必要がなかったみたいな感じね。それに今では異性として見れていないし……でも、同年代の男子じゃあ一番好きね」

 その発言にぎょっとする竜也。

「それは異性として?」

「少なくとも、この学園にいる誰かと結婚しなければならないなら翔太に頼むことは間違いない」

 何とも変な言い方だ。結局のところどちらなのかわからない。

「―――翔太、一応聞くが、智代さんとは何の関係もないよな」

「智代……明里、誰だか知っているか」

「―――主席の名前ぐらい憶えておきなさいよ……」

 仕方ないだろう。今まで優秀とは言えない生活してたし、上のほうを見ることなんてなかったんだから。

「才色兼備、天は二物を与えちゃった人……藤田智代さんだ!!」

 今こいつの説明で分かったのは才能にあふれた美人ということだけだ。

「一物も持っていない人がいるんだ。二つもらっている人もいておかしくない……は、別にしてその人がどうした」

「いや、俺としてはこうして話題に出してしまったことを今後悔している。こういう時に主人公がそういう人と仲良くなるのは王道だもんなー。ちくしょー」

 もはや何が言いたかったのかわからない。

「とりあえず飯でも食うか」

「そうね」

 久しぶりに明里と飯を一緒に食った。


 飯を食っている間に明里は変なことを聞いてきた。

「そういえば、中山さんとは別れたそうね」

「ああ、もともと名前だけ付き合ってたようなものだし、自然消滅しているものだと思っていたが、わざわざ本人が言いに来た」

 と、事実を包み隠さず伝える。こういうことをはっきり言える奴がいるのは本当に気が楽である。

「そう。で、それとこの特訓は何か関係があるの?」

「ないとはいわない。だが、直接的な関係はない」

 基本的には酒井に対する個人的な恨みだ。

「じゃあなんでまたここまでの訓練をしたのかしら?」

「―――酒井にな、親を使って馬鹿にされた」

 それだけの説明で理解できる彼女は、一つため息をついた。

「―――あいつも馬鹿ね。わざわざ獅子を起こすなんて……」

 その声は俺の耳には入らなかった。



 二日目の午後、すなわち準決勝である。

 今残っているのは俺と神谷と酒井、そして話に出た藤田智代だ。

「さて、三分の一か……」

 鬼頭教官曰く、この対抗戦での優勝はどう転んでも藤田智代の優勝でまず間違いがないらしい。

 控室でちらりと見たが、確かにあれは学生というレベルに収まる俺たちとは比べること自体が間違っている化け物だった。

 まるでドラゴンのようだと思った。

 姿は美しいが、その実、簡単に人を殺す化け物、相対すること自体が間違っているもの。

 ―――誰一人として彼女に勝てない以上、酒井と直接戦える可能性はこの準決勝しかないのだ。

 抽選は今行われている。その結果によって、俺の復讐が成功するかどうかが変わるのだ。

「―――準決勝、第一試合は……藤田智代と神谷幸平。第二試合を川平翔太と酒井尚人」

 アナウンスを聞いて、俺は飛び上がりそうな体を必死に押さえつけた。

 ―――どう料理してやろうか……今から楽しみだ。



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