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人生とは死への過程を指す  作者: ray
一章 加減速魔法の使い手
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対抗戦 1日目


 朝早くに起きて着替えを済ませてストレッチを始める。

 朝日が昇り、鳥のさえずりが聞こえるなかでまんべんなく体をほぐしていく。

 対抗戦に武器の持ち込みは禁止されているが、用意されている木製のものであれば使用は可能だ。

 まあ、使う気はさらさらない。加速していると木製の武器では半ばで折れてしまうことがあるからだ。それならもともと持っていないほうがいい。

 つまり、俺の戦闘方法は完全に肉弾戦。そりゃあ一般の魔術も使えるが、俺の場合二段加速した時の走るスピードのほうが下手な魔法よりは早い。

 ―――作戦は簡単だ。

 基本的には単純加速と鬼頭教官直伝の体術(基本のみ)で勝ち進む。ただし、要所では二段加速まで使用する。ブロッカーの時とかは二段加速を使えばカウンターを取るのは簡単だが、それは温存する。つまり、特に特別なことは狙わずにアタッカーでは有効攻撃をあてて、ブロッカーなら逃げに走るということだ。そして、温存していた戦法は酒井との対戦で解禁する。恐らくこの方法なら最初のアタッカー時とブロッカー時で合計7点程度とれるという予想だ。あとはブロッカーだけでも取れるはずである。というより、鬼頭教官に三段加速を使えば俺に有効攻撃を与えることは学生レベルでは不可能とまで言われた。

「よし!」

 ストレッチを済ませて作戦も頭の中で何通りか考えた。

「行くか」

 観戦する生徒よりも一時間早い集合なので早くに会場に入る。

「―――覚悟しろよ、酒井……!!」

 俺の対抗戦という名の復讐が始まった。



 さて、最初の対戦、ある意味でもっとも重要な対戦がこれである。

 今日は三試合する。そのうちの前二つは休憩がほとんどないため、この一戦目は体力や魔力に多少の余力を残す必要があるのだ。

「さて、対戦相手は……」

 今日ようやく配布された資料を覗き、自分の名前とその隣にある名前、そして神谷と酒井の名前を探す。

「最初の相手は戸田……ああ、あの氷使いか」

 特異属性“氷結”を使う氷使い。ただし、本人はものすごい熱い人……ものすごい違和感がある人だ。

「神谷は当たるとしたら明日だな……。問題の酒井は……うわ、決勝かよ」

 なんだか誰か事情を知っている人が仕組んでいるのではないかと疑いたくなるほどのでき具合だ。三文芝居にも劣る。

「ま、そこまで二人とも来たら、だけどな……」

 少し自嘲気味に笑い、すっと気を引き締める。

「さて、いくか」

 今日は二段加速もつかわずにいられたらいいが、さすがにそこまで甘くはないことはわかりきっているので三段加速を使わなくてもいいかを考えておこう。



「最近頑張って訓練してると思ったら、まさか対抗戦に出てくるとは……俺も思ってなかったぜ!!!」

 暑苦しい。怒らないから氷結魔法を使って周囲の温度を下げてくれ、特にその顔の暑苦しさをなくしてくれるといい。

「どうでもいいから、とっとと始めよう」

 重心をわずかに落とし、スタートを待つ。

 最初はアタッカーだ。恐らく氷による防壁がくる……それを突破するか、隙間を通り抜けなければならない。

「―――準備はいいな。始めっ!!」

 教員が号令を出す。

「―――加速」

 単純加速のキーワードを短縮した新しいキーワードで相手に肉薄する。

 自分が加速しているときには集中力の問題だと鬼頭教官には言われたが、周りの時間がゆっくりになったような奇妙な感覚になる。

「っは!!」

 氷の壁が四方に張り巡らされる。なるほど、これなら上からしか攻撃できない。そう思わせるのが目的だろう。

 手刀で氷のとげをへし折り、右手に持つ。

「―――!!」

 一歩踏み込んだところで気づいて防壁を厚くしているようだが、遅い。

 踏み込んだ勢いそのまま全力で氷の槍を壁に向かって投げつけ、そのままキーワードを口にする。

「ブースト!!」

 “ブースト”というキーワードとともに頭の中に雷光のごとくプロセスが駆け巡り、瞬時に、近くするより早く氷の槍に“物体加速”がかけられていく。

 手から離れた槍は、目にもとまらぬ速さで加速し、氷の壁をぶち破って粉々に粉砕された。

 標的にまで届かなかったが、それはそれでいい。もともとそれは予想済み、むしろ届いてしまったら競技という範疇を超えたダメージを与えてしまうだろう。

「―――くそ」

 相手は氷の城壁が間に合わないと感じたのか、氷の剣を一言つぶやくだけで作り出して構えている。当然ともいえるが、彼もまたキーワードによる魔術の発動ができるようだ。

 ―――だが、決定的な点がある。

 遅い、遅すぎる。俺が一歩踏み出し、そのたびに加速しているというのにいまだに同じ場所でもたもたしてやがる。しかもいいぐらいに氷の壁は残っているから三次元的な動きができる。

 まあ、こんな序盤の余裕があるときにそんなことはしないが、あまりにも甘い相手だ。まさか、あの鬼頭教官が“段階加速”できないやつを推薦するとでも思ったか?

「―――再加速」

 視界が加速し、視界がものすごい速さで流れていくはずだというのに、俺の視界は逆にゆっくりと流れて行っている。鬼頭教官曰く、加速するたびに俺の頭が緊張状態になって集中力が増すとか何とか言っていたが、理屈はどうでもいい。とにかく、俺は二段目の加速によって相手が反応しきれないうちに氷の剣を持った手を握り、そのまま地面に投げつけた。

 静まり返った会場で、担当の教員だけが一言「ストップ、これ以上は必要ない」と言って試合を終わらせた。


「―――鬼頭教官、あれって何なんですか?」

「ああ、今までほとんどなかったから伝え忘れていたが、あまりにも実力差があった場合、ああやって審判の教員が試合を止める場合がある。要するに、あれでお前は“戸田よりも段違いに強い”とあの審判に認められたわけだ。まあ、俺も同意見だが」

 もともと実力差がありすぎないようにと推薦制で行われているのに、実力差がありすぎてしまったために行われる処置だという。負けたほうはプライドがズタズタになるからほとんどないらしいが……。

「じゃあなんで止めたんでしょうか?」

「そりゃあ、お前は行内でも有名な不良生徒、不良生徒が実力差のある弱者をいじめると思ったら教育者として止めるだろう?」

「――――――」

 何とも言い返せなかった。



 ちょっと気になって鬼頭教官のもとに行って帰ってきたらすぐに二回戦だった。

 幸いにして(?)、一回戦はアタッカーだけで終わり、体力的にはかなり余裕がある。

「―――なんだ、お前勝ったのか」

 よく俺の昼寝を邪魔する優等生の皮をかぶった不良生徒だ。その悪行の数々は俺以上の教育的指導を受けるべきだと思うのだが、証拠不足という理由で告発しても音沙汰なかった。まあ、監視が厳しくなって万引きや痴漢、サボりなどのようなことはできなくなったらしいが……。ざまあみろ。

「言いたい放題言ってくれるじゃないか、たとえ事実だとしても……」

 えーと。

「―――事実?」

 『根も葉もないこと』ではないのだろうか?


 事実 名詞 1 実際に起こった事柄。現実に存在する事柄。 2 哲学で、ある時、ある所に経験的所与として見いだされる存在または出来事。論理的必然性をもたず、他のあり方にもなりうるものとして規定される。(大辞泉より引用)


「―――教官」

「あとでお話をしっかり聞かせてもらいます」

 今ではないらしい。執行猶予?(違います)

「くそ……お前のせいだ!!」

「いや、そもそもやったお前が悪いんだろう!?」

 さすがにひどい責任の押しつけだと思う。

「じゃあ、はじめちゃってください」

 この教官大丈夫なのかな……。


 心配をよそに、ブロッカーとして始まったこの試合はとても楽なものになりそうだった。

「くそ、このっ……!」

「っよ、えい……のろまっと」

 相手は身体強化に適正を持つ奴だったらしいのだが、あてるだけでいいこの対抗戦において、接近戦をわざわざ仕掛けてくるこいつはとてもいいカモでしかない。というよりもあまりにも直線的過ぎて当たるほうが難しい。

「十点先取、勝者、川平翔太」

 まさかのブロッカーのカウンターだけで10点取れると思わなかった。本当に直線的過ぎたのがいけないのだろう。いくら頭に血が上っているとはいえ、ないと思うほどのあほらしさ加減だ。

「っと、試合終わったからやめろって」

「試合は関係ない。一発殴らせろ」

「やだよ、痛いじゃん」

 それにだんだん大振りになっていって当たったら痛いじゃすまないほどの威力になってきている。それで当たれと言われて当たるやつは馬鹿だけだ。

「何をやっている? さあ行くぞ、事情聴取だ」

「放せ! 放せ―!!」

 対戦相手の優等生の皮をかぶった不良生徒(名前は忘れた)は先生の手によって指導室(監獄)に連れていかれた。生きて帰ってくると信じて黙祷をささげようと思う。




 最終試合の前の昼食は軽く済ませて体を少し動かしておく。万全で挑むためにも体をしっかりと動かしておかなくてはならない。

 ―――だって、前の二試合は体力を“全然”使わなかった。というより合わせて二分しか動いてないし、うち一分は単純加速しか使ってない。果たして、これでいいのだろうか? 学年から選ばれたはずの優等生が一斉に行う競技として、これでいいのだろうか?

「どう思う? 悟志」

「コメディーか何かじゃないかな?」

「やめろそういうの」

 なんだか口にしたとたんに気合を入れていた自分がばかばかしくなるから。

「だから、次はきっとめちゃくちゃ強い奴……天城貴弘あたりが対戦相手じゃないかな?」

 なんだかその落ちに心当たりがある。


『―――選手の皆さんは控室にお戻りください。繰り返します……』


「放送だ。行ってくる」

「いってらっしゃい。応援はいるか?」

「一応ほしい」

 そういって悟志と別れて控室に行く。

 トーナメントの表を見て、対戦相手を確認する。


 ―――天城貴弘。


 いやーな予感がして、天城の前の対戦相手を見てみる。

「―――えー、まさかそういうオチはないよね……」

 半分ぐらい変な期待を持ちつつ会場に向かった。

「―――天城君は前の試合の高山君との試合による疲労が大きく、魔力の残りが僅かだったため、ドクターストップがかかりました。よって、川平君の不戦勝です」

 まさか本当にそうだとは思わなかった。

 天城の対戦相手は一人目が鉄壁といわれるほどに防御能力が高い浅田、二人目が天城の好敵手として有名な高山で、それは見事な試合だったらしい。その影響で昼を挟んだぐらいでは戦闘可能といえるほどには回復せず、ドクターストップということだろう。

「よかったじゃないか、応援したかいがあったよ」

「どんどん戦闘が戦闘じゃなくなってるんだけど! 三試合やって戦闘時間二分って、しかも正確には二分も戦ってないし!!」

「戦わずして勝つ……最高の戦果じゃないか。何がそんなに不満なんだよ」

 確かに、確かにそれは最高の戦果だ。だが……。

「俺は攻防ともに一回ずつの経験だけで二日目まで残ったやつと戦えと!? 予測と実践は全然違うんだぞ!?」

「翔太、君うるさいよ。君は二回戦以降ほとんど運で勝ち進んできたけど、ほかの人たちは実力で負けていったんだ。それなのに文字的な成績は君のほうが上……きっと多くの敗者たちが君を恨み、ねたんでいるだろうね」

「―――その人たちの気持ちは俺にはわからない。だが……それと同時に俺の気持ちもその人たちにはわからない。恨んだりねたんだりするのは勝手だが、運も実力の内だ!!」

 しーんと静まり返る場。

「思いっきりさっきの言葉と反しているように感じるのは僕の国語力の問題?」

「―――気にするな」

 再び人の喧騒が戻る。さて、俺たちはさっさと明日のために寝ますかね。



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