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人生とは死への過程を指す  作者: ray
一章 加減速魔法の使い手
4/18

小さな努力と大きな努力


 ―――時は流れて対抗戦の十日前となった。


「順調?」

 悟志が寝る前に聞いてくる。

 今日は鬼頭教官にも用事があったらしく、自主練と自習をして比較的早く部屋に戻ってくることができたのだ。

「ああ、高校生レベルの加減速魔法はほぼマスターした。我ながらなんであそこまでできなかったのか気になるほどだよ」

「いや、そっちじゃなくてさ」

「?」

 なんだろうか。

「君、もともと酒井をぶっ潰すために対抗戦に出たくて訓練してたんじゃなかったっけ?」

「―――もともとの目的はね。でも、俺が出場できる可能性が低いんだから、こうやって一歩一歩前に進んでいる今の状況でも満足だ」

 今まで立ち止まっていたものが歩みだしたんだ。それ以上のことは望めない。

「まあ、君がいいならいいけどね」

 確かに、まだ酒井の奴をぶっ潰したい気持ちはある。だが、こうやって鬼頭教官に修行をしてもらってよくわかった。今までの自分のだめさ加減も、今の自分の爽快感も。

「最後に確認だよ。君は対抗戦に出れるなら出て酒井を叩きのめしたいけど、出られないのなら出られないでかまわないと」

「そういうことだ。あの酒井の態度が正しいとは一切合財思わないが、あの時の俺があまりにもダメダメだったということは事実だからな」

 まあ、ムカついているのもまた事実なので叩き潰すが。

「ん、わかった。じゃあおやすみ」

「おやすみ」

 明かりは消えた。




 朝の訓練を終え、一人で教室に向かう最中掲示板に人が集まっていた。

「―――そういえば昨日は対抗戦の選考日か……だから鬼頭教官は訓練に参加できなかったんだな」

 なぜ昨日教官が訓練をしてくれなかったのかがようやくわかり、同時になぜ悟志があんなことを聞いてきたかもようやく納得した。

「ちょっと見てみるか」

 人混みの隙間を通り抜けて前に行き、出場者を見ていく。

 当然のようにクラス推薦で酒井の名前がある。うちのクラスからは神谷というやつが推薦されている。たしか神谷は身体強化に適正を持つ優等生だったと思う。

 そのままクラス推薦の欄を見終わって教員推薦の欄がごくわずかに存在したのでそこを意外な気持ちで見てみる。


 古田教諭推薦 円井光

 佐藤教諭推薦 有田育人

 鬼頭教頭推薦 川平翔太

 田堀教諭推薦 大森明里


 ―――鬼頭教官って教頭だったんだ!?

 と、意外と本気でびっくりしてしまった。え? あの人そんなに偉かったの? それなのに俺の訓練に付き合ってくれてたの!?

 と、少々混乱が混じりかけてきたのでとにかく人混みから脱出し、教室に向かいながら思考をまとめる。

 よく考えてみよう。あの人の机が置いてある位置は……確かにいい場所だ。偉い人が座ってそうな場所だ。

 次にほかの教員からあの人は何と言われているか……『鬼頭さん』だ。しかも警護だった気もする。

「―――鬼頭教官って、教頭だったんだ……」

 何度思ったかはわからないが、ようやく口に出てきた。

 自分の席に座ってあの人が本当に教頭で大丈夫なのかを考え始めた時である。

「川平! お前何をしたんだ!!」

 いきなり怒鳴られた。

 怒鳴ったやつは確か神谷の金魚のフンだ。特に能力が高いというわけでもないし低いというわけでもない。顔がいいわけでもなく、全身から神谷のそばにいれば俺にもチャンスがとか思っているオーラが出まくっていて女子からさけられているのにそれでも気づかずに続けている奴だ。名前は忘れた。

「いや何も? というか、何について聞いているのかがわからない」

 だっていきなり怒鳴られてその怒りの内容が分かる超能力者じゃないし。心当たりもない。

「対抗戦の話だ!」

「対抗戦……神谷がうちのクラスからの推薦で出るんだろう? 応援しないとな」

 そういった瞬間、こぶしが飛んできた。

 反射的に単純加速と対象減速を使用して殴ってきた奴の速度を落とし、自分は加速して後ろに回り込む。

 回り込んだら魔術を解除してそのあとどうなるかを見届ける。

 まあ、結果はわかりきっているが。


 ―――ガラガラ……


 思いっきり殴るつもりだったらしく、からぶってバランスを崩し、俺の座っていた椅子を巻き込みながら転がっていく。

「大丈夫か?」

「お前、掲示板を見たんだろう!」

 すぐに起き上って怒鳴ってくる。

「落ち着け、落ち着け。見たけどそれが何かあるのか?」

 鬼頭教官が教頭だったということしかもう覚えてないけど。

「なんでお前が鬼頭教頭の推薦で出場するんだよ!!」

「?」

 思い出してみよう。

 鬼頭教官の名前があったということは、鬼頭教官の推薦した相手がいるはずである。となるとその隣にあった名前を思い出せばいいわけだ。

 たしか、その隣には……。

「隣には……川平翔太……俺か!?」

 もう一度びっくりした。ないと思っていたから気にしてなかった。

「何をしたんだ!!」

「何といわれても……鬼頭教官には訓練に付き合ってもらっただけだけど」

 別に推薦してもらうように頼み込んでもいないし、そもそも話題にすら上っていない。

「その時に頼んだのか? 賄賂とかで」

「―――鬼頭教官にそんなことしたら死ぬぞ」

 賄賂を受け取るよりも教育的指導をする先生だ。それだけははっきり断言できる。

「つまり……」

「鬼頭教官が自分から俺を推薦した。そうとしか考えられない」

 どうやら冷静に鬼頭教官がどういう人物かを考えたらしい。

「―――鬼頭教官が推薦しているということは、本当に推薦されたとしか考えられない。それは事実だ。わかった、信じよう」

 そういって金魚のフンは去って行った。そして集団の中で少し話すとこちらをにらむ女子が数人いた。

 ―――理由は、まあ思い浮かぶ。

 このクラスが推薦するのは神谷、見た目も性格もいい奴で俺に対してもよい態度をとってくれる。また、とてもまじめで成績もとても良い。

 だが、正直な話結果にもよるがクラス推薦されたものより教員推薦されたもののほうがよい評価を得る。

 端的に言って、教員推薦は別にやらなくてもいいものであり、ほとんどの場合やらない。というよりもクラス推薦で出てくるからわざわざ教員が自分の名前をかけてまで引っ張ってくるような奴はいないのだ。

 それに対してクラス推薦は一応権利でしかないものの失うものがないから全クラスから出てくる。以上の理由から教員推薦は少ない。今回四名もいることがそもそも珍しいのだ。

 で、自分の愛する(想像でしかないが)神谷がクラス推薦なのにちょっと最近ちゃんとやっているとはいえ不真面目な不良生徒である俺が教員推薦という形で出場することが不満なのである。それならそうと面と向かっていうか鬼頭教官に文句を言いに行けと思うが、そうできるわけもない。彼女たちはか弱い一生徒なのだから。



「さて、今日からは実用的な魔術の使用についてやっていこう。確かお前は今日“対象減速”を殴りかかってきた男子生徒に使用したな」

「はい」

 日没後、何時ものように訓練を始める時のことである。

「これはかなり危険な魔術だ。その理由がわかるか?」

「―――いいえ」

 考えてみたが、あまり単純加速などと変わらない気がする。

「この対象加減速の魔術は概念的に一つのものを対象とする。ゆえに心臓だけ減速することすらできる」

 淡々と告げられた言葉であったが、恐ろしい意味であった。

「つまり……」

「簡単に人を殺せる」

 あまり知りたくなかった事実である。

「―――まあ、やりにくいし、それぐらいなら自分のこぶしを加速してなぐったほうが殺しやすい」

 この加減速魔法は対象を決めることが何よりも難しく、基本的に自分以外にはかけにくい。なので相手の心臓なんてピンポイントを狙うのは至難の技というわけである。

「まあ、それはそれとして、お前のその魔術はなかなかに特異だ。ふつう反射的に使って相手を減速させるのは難しい」

 そう、だからそれほどちゃんとした集中をせずに相手を停滞させることができたことがかなり恐ろしいのだ。

 だが、理由などわからないため、聞かれているのを分かっていながら黙っていた。

「―――まあいいだろう。とりあえずお前は対抗戦のルールを覚えているか?」

 対抗戦……出ることになった俺の目的。

「アタッカーとブロッカーを交互にこなすこと以外はほとんど知りません」

 もともと縁がなかった行事だ。ちゃんと調べてなんていないし、ルールなんて知るわけもない。

「―――意外だな。お前はそういうのは調べる奴だと思っていた」

「もともとは縁がなかったので」

 納得したのか一つうなずいた。

「ルールは微妙に複雑だ。

 アタッカーとブロッカーを交互に行い、先に十点を先取したほうの勝利だ。

 アタッカーは有効攻撃をあてることで三点、ブロッカーは制限時間の間有効攻撃をもらわなければ二点。ただし、ブロッカーはアタッカーに対してカウンターのみ行うことが出来てカウンターが決まるたびに一点手に入る。一回の攻防における制限時間は一分間。有効攻撃が当たった場合は途中で打ち切られる」

「ということは、アタッカーはとにかくカウンターをもらわないように攻撃、ブロッカーはカウンターできるようならカウンター、できなさそうだったら回避もしくは防御でいいんですか?」

「基本はな。こういうとカウンター狙いのブロッカーが結構優秀そうだが、カウンターにカウンターをもらうと有効攻撃の三点とカウンターの一点を取られて交代だから下手なカウンター狙いはやめたほうがいい」

 結構バランスのいいゲームなのかもしれない。防御特化の人もそれなりには戦えるからだ。

「なかなかバランスのいいものだろう? だが、加減速魔法においてこのルールはとてつもなく有利だ」

 そういって悪い顔をする鬼頭教官。嫌な予感しかしない。

「“二段加速”を使ってカウンターのカウンターをとれば先制で四点取れる。それに加減速魔法を使えばカウンターはいくらでも取れる。というよりもダメージではなく有効攻撃をあてることが点数につながる競技では加減速魔術より優秀なものはない」

 確かに……。

「それにお前は三段加速までなら確実に成功させる自信はあるんだろう?」

「四段以降はさすがに怖いですし、最高は六段までですけど……三段までなら成功率は十割ですね」

 この段階加速は加速中に加速を重ねることを言い、実力以上をやると動きを制御しきれずに吹っ飛ぶ。

 しかも、加速魔法は身体強化をしているわけではないため、体に来る衝撃を和らげることはできないため三段加速でも普段の三倍ぐらいの速度になるため油断は一切できない。



 ―――補足として付け加えると加速一度につき1.5倍速になるため、翔太が三段加速中に全力で走るスピードは秒速35メートル程度で時速にすると時速120キロメートル程度であり、高速道路を走る自動車並に速い。因みに六段加速まで行くと十倍以上になり、秒速が100メートルを超える。どれだけ恐ろしいことかはわかるだろう。さらに付け加えると思考スピードは加速されないため事実上二段加速から三段加速ぐらいしか使えない。単一動作をするだけなら四段加速もできなくはないが、最大難度の思考加速が使えないとそれ以上は不可能といえる。また、この思考加速は現在使えるものがおらず、プロセスや文献すら残っていない。



「―――明日か」

「翔太、とりあえずちゃんと寝巻を着たらどうだい?」

 体をふいてちょっと考えていたら悟志が水を差してきた。

「わかった」

 とはいえ、風邪をひいたら元も子もないのでおとなしく従うわけだが。

「それにしても変わったね。今までの君とは思えないほどの落ち着いた魔力だよ。なんていうか、今まで滞っていた魔力の流れがちゃんと流れ出したみたいだ。今の君なら学園内でも有数の魔術師に見えるからおかしな話だよね」

 本当におかしい話である。

「才能ってやつじゃないか?」

 ふざけていった言葉に悟志は暗く答えた。

「うん、たぶんそうだと思う。いくら鬼頭教官が優秀な教師でも、ここまでの成長はあり得ない。つまり……」

 言葉を濁す。とても言いにくそうに。

「―――成長ではなく、解放のようなものだということだよ。もともとそのスペックがあったのに、それができなかっただけなんだから」

 成長でないなら、もともと使えるはずだったものを使えなくしていた枷を外しただけだと。その実力がもともとの川平翔太のものであると。

「………………」

 俺はそれにまともな返事ができない。そういう意味ならこの目の前にいる悟志は俺の目の前でもそれ以外でも努力をし続けていた。恐らく、彼はこの学園に入るために多くの時間を犠牲にしてきたことだろう。その結果が最優秀でこそないものの優秀な生徒、模範的な生徒という教師の評価だ。それに対して俺は加減速魔法という希少な適正を持っていたために努力のどの字すらせずにこの学園に入学、さらには進級試験でも多くの留年や退学者を出している試験で三日前から一通りやっただけで見事突破、さらには二か月の特訓(うち二週間は教官監督の下)で全体の上位数パーセントの実力に至る。

 ―――対照的である。

 俺の行った努力なんて、悟志の前では努力とすらいえないレベルだ。この十七年になる人生の内で二か月ちょっと分の努力なんて無きに等しい。

「翔太、明日は必ずあの酒井のくそ野郎を叩き潰すんだ。実は、僕も彼にはいろいろ言われていてね……いい加減に腹の虫がおさまらない。君が……君が奴を叩き潰せ、二度と立ち直れないほどまでにプライドをズタズタにしてやれ!!」

 悟志はまっすぐに俺を見てそういった。

 俺は、初めて悟志の心のうちの叫びを聞いた気がした。

「ああ、やってやる」

 まっすぐに悟志の目を見返して言葉として言い放つ。決意を、これを誓いとするために。


「―――任せておけ、酒井は俺が倒す!」



 作者本人の考えとしては、やらないだけでできるというのはあまりにもばかばかしいものだと考えています。天才というやつは努力の量に対して成果が大きい奴のことだと思っています。あとはそれを行うのに基礎となる力を持っているのかどうかも関係があると思いますが……。

 なので、やらなくても普通の経験者よりもずっとうまいということはまずないでしょう。逆の言い方をすればちゃんとした教育をそれなりに受けていたら馬鹿みたいにうまい奴というのがいてもおかしくないと思っていますね。

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