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人生とは死への過程を指す  作者: ray
一章 加減速魔法の使い手
3/18

間違いと教育

 放課後、俺は早々に職員室へと向かった。

 理由は単純明快。鬼教官こと鬼頭教官に加減速魔法の訓練をしてもらうためである。

「失礼しまーす」

 俺が一人で普通に入ってきたことに教員の方々がぎょっとしている。

 失礼だと思ったが、今更ながら思えば鬼教官に引っ張られて来た以外にここには来ていない気がする。

「川平、お前何をたくらんでいる?」

 そして現れた鬼。どうやら俺への対応は鬼教官と決まっているらしい。

「鬼頭教官! 自分に稽古をつけてください!!」

 職員室が静まり返った。

 だが、その沈黙の中を停止した空間を堂々と歩いてきた鬼教官は予備動作なしで俺の頭を殴りつけた。

「―――ッ!」

 何をするのだとみてみれば少し悪びれた様子で鬼教官は口を開いた。

「いや、済まない。もう一度言ってみてくれないか?」

「鬼頭教官! 自分に稽古をつけてください!!」

 もう一度静まり返る職員室。

「―――お前、ここに来る前に頭を強く打ったりしなかったか?」

「俺が訓練を望んだら真っ先にそう考えるんですか!?」

 びっくりである。これでも教育者なのだろうか?

「ふむ……だめだ。俺から教えることはまだない」

「―――出合い頭に教え子を殴ったり、教えを乞う生徒を無碍にするあなたは本当に教官ですか!?」

 思わず本音が漏れた。

「馬鹿なことを言うな。お前は教え子でも生徒でもない。この学校に籍を置いている不良だ。授業にいるだけの奴は机やいすと変わらん」

 人扱いされていないことにびっくりした。

「―――だいたい、魔術の使い方すらきちんとしていないやつが魔術を使えると思うな!!!」

 そういって鬼教官は俺を職員室からつまみ出した。



「―――まあ、予想の範疇ではあるね。しかし……」

「何がおかしい」

 職員室であったことをそのまま伝えたら笑いをこらえながら悟志は口を開いていた。

「いや、要するにだ。『基礎の基礎すらまともにやろうとせずに実践なんて十年早い』ってことだよ。授業でやっている基礎の確認や基礎からの応用技術について君はほとんど知らないんじゃないか?」

 ―――確かに、自主練習によって削られた睡眠時間が授業中になっている。それにもともと授業をまともに聞いたことはほとんどない。

「そうだな……一週間、わからないところをなくす気持ちでやってみなよ。意外とすんなり入ってくるかもしれないよ」

 基本的に真面目な生徒である悟志はそういった。

「―――とりあえず教科書を探すか」

「毎日もっていっているんだよね!?」

 答えはノーである。


 教科書を十分かけて探し出し、悟志に呆れられながら最初の一ページから順に目を通していく。

 教科書というのは書き方がいやらしいが、基本的にこれさえマスターすれば何とかなるものである。要するに、教科書の書き方に慣れれば本当にわかりやすく重要なことしか書いてないことがわかる。

 ―――そう、この二時間で実感した。

「―――いや、恐ろしくさえあるね。まさか今までやったことを叩き込むつもりが、教科書全部終わらせるなんて……」

 もちろん、教師が優秀で疑問に答えてくれたことや、すでにそこで壁にぶつかっていたりしたことも理由として挙げられるが、おそらくこんなちょっとの時間で一通りとはいえ内容を通せるものではないのだろう。

「翔太、“思考加速”でも使ったのかい?」

「ふざけるな。そんなの使えるか」

 思考加速は加減速魔法でも十分に難しいといわれるものだ。

「―――これが才能ってやつなのかな……?」

 悟志のそんなつぶやきは聞こえなかったことにした。

「さあ、もう遅いから寝るぞ」

「そうだね。このままじゃ明日の朝がつらい」

 そういって部屋の明かりは消えた。



「―――川平、頭を強くぶつけたりしなかったか?」

 このセリフをすでに二度、午前の授業で毎回聞いた。

 続く言葉は以下の二通りだった。

「お前が一限で起きているなんてありえない」

「お前が教科書を持ってきているなんてありえない」

 何とも失礼な教員である。

 で、現在昼休み、俺はまたもや職員室にいた。

「―――つまり、魔術プロセスが無意識下に入るかどうかの部分は魔術特性が関係してくるんですね」

「ああ、さらに言えば訓練などをいくら行ってもこの魔術特性に関係する部分は一切変わらない。ある薬物を使えば魔術特性をより広くできるが……副作用が強くて禁止されている。それでも使おうとする奴はこの年代で多いから誘われてもつかうなよ」

 そういってどこからか資料を取り出してその薬物の副作用を読み上げる。

「―――自信過剰、魔力制限緩和、短命、欲望増大、生殖能力減少……まだあるが、簡単に言って自分の力に酔っていて、やりたいことをしなければ気が済まず、そのためならどのような手段でも使ってしまう余命短い種無しだな」

 何ともいやな状態だ。

「あと、これはあまり有名ではなくて、間違って覚えているものが多いんだが、適性検査はただ一般魔術のほかに特異魔術を有しているか、そしてその魔術にどれだけの適正があるかを調べるだけで、方向性に関しては申告制なんだ。だからたまに自分の適正魔術を勘違いしていたり、嘘をつくやつもいる。嘘をつくやつは似たようなことを起こせるが完璧に扱えるわけではないからあまりやりすぎるとぼろが出るんだが……それでもそうやって他人をだましていろいろやるやつがいるから気をつけろよ」

「そんなことしてどうするんですか?」

「たとえば、雷を操る適性を持つ者がいたとして、使い方によっては物体の温度を上げることができる。ただの温度上昇の魔術なら従軍の優先度は低くなるが、雷のほうなら最優先レベルだ。戦争に行きたくないからとか言ってそういうことをする奴は少なくない」

 なるほど、自分の適正が役に立たないゴミだといって戦争に行かないようにする奴もいるということか。

「―――薬物も偽装申告も重罪だからやるなよ」

「やりませんよ!!」



 午後には職員室でのやつを見ていた教員が多かったのか、とても失礼な言葉はなかったが、見た瞬間にぎょっとしていた。

 そして夜には……。

「―――そうだね、魔力総量を上げるにはやっぱり使いまくるしかない。ほかの方法がないとは言わないけど、一つを除いたら犯罪だし、その一つもまずできないといえるからね」

 ん?

「なんでできないんだ?」

「アーティファクトの類を使うんだ。アーティファクトには所持者の魔力を高めるものや適正魔術の適正を底上げする効果とかあるからね。でもどれもほとんど市場には出ないし、出ても高すぎるからまず無理ってわけ」

「なるほどな」

 この通り、悟志にまだ手を付けていないところについて聞く。


 ―――そうして、あっという間に一週間なんて過ぎ去った。



「さて、久しぶりの自主練習だな」

 週末。久々の一人だけでの訓練。体を使った訓練。

「すぅ……はぁぁ」

 一つ深呼吸。

「単純加速」

 キーワードをつぶやく。頭の中が切り替わり、魔力によって加速された視界の中を進む。

 このまま続けてもいいが、今やりたいことはそれではないため、中断して次に移る。

「このプロセスであってるんだよな」

 そういって自問し、答えはないが、そのまま実行する。

 使うのは物体加速。自分を加速するのではなく、手に持った石などを加速する魔術。

 順序としては単純加速や減速の次だが、難易度は三割増し。

 目をつむり、頭の中にプロセスを書き込んでいく。対象に手の中の石を指定。成功した場合は軽く投げるだけではるか上に飛んでいくはずだ。

 頭の中に展開されたプロセス。魔力を込めて、無意識下にプロセスが入れば……。

 魔力がきれいに流れていく。成功した感触だ。

「―――あれ?」

 しかし、目を開けてみるとそこには一切変わらない姿の石があった。

「どう……」

 セリフは最後まで続かなかった。

 石は動かしたての通りこちらに向かって飛んできたのだ。

「のわっ!」

 後ろに飛んでぎりぎりで回避する。本当に危なかった。

「どういうことだ?」

 完璧に発動しなかったのか、どこかでプロセスに遅延でも入れてしまったのか。

「―――まあいいか」

 とにもかくにも物体加速が成功したのだ。だいぶ進歩したといえる。それに、多少遅くに発動したとしても問題はないのだ。どうせナイフとかを投げながら物体加速をかけるからそんなに違いはない。

「よし」

 何にせよ、うまくいったことに違いはない。今まで一切進まなかったものが進んだのだ。それはつまりやったことが間違っていなかったという証明である。

「―――鬼教官はそれが分かってたのかな?」

 少なくとも悟志の言い方ではそうである。それに言われてではあるがそんな気がする。

「週明けにお礼を言いに行くか……」

 さすがに休日に押し掛けるのもあれだ。今日はとにかくこれを身に着けよう。



「ありがとうございました。教官のおかげで物体加速が使えるようになりました!」

 職員室で響く声。もちろん俺のものである。

「―――俺は何も教えていないぞ」

「いえ、教官が自分に足りていないものが普段の授業であることを教えてくれたからこそ自分は新しく魔術が使えるようになったのです」

 幾ばくかの間、その沈黙を破ったのは教官であった。

「―――授業にはこれからもしっかりと参加しろ。教員の間でもお前が真面目に授業を受けていることは聞いている」

 どうやら、うわさになるほど珍しい光景だったらしい。

「それで、今日から日没後でよければ俺がお前の訓練に付き合ってやる」

「―――いいんですか!?」

 願ってもない話だ。

「無論だ。むしろちゃんと来い。加減速魔法は使い方を誤れば簡単に死ぬ魔法だ。それをしっかりと叩き込んでやる」


 俺は、思わず涙を流していた。



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