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人生とは死への過程を指す  作者: ray
一章 加減速魔法の使い手
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現れない結果

 俺はさっそく毎朝夕に訓練をし続けた。

 今までのサボりが何だったんだと思えるぐらいに訓練を繰り返した。

 プロセスの展開、これが魔術において最も重要とされているからそれを何度も繰り返した。

 ―――だが、それは三週間たっても“単純減速”という単純加速さえ使えれば使えるはずだった魔術を使えるようになっただけである。


「くそ……なんでできないんだろう……」

 自問する。プロセスは確かに展開されている。次のレベルだといわれた“物体加速”は確かに頭の中に展開されているのだ。

「魔力も書かれた通りの量注ぎ込まれているはずだ。なんで発動しないんだよ」

 理論上は、魔力と時間さえあればどのような魔術であっても発動できるはずである。学園でもそう教える。だが、実際問題として発動しない。

「―――でも、やるしかないんだ。やるしか……」



 ―――ここで大きな間違いがある。

 何かをする時に、間違ったものをそのままにすると一向に前には進めない。進めたとしても本来のスピードの数分の一という速度であろう。

 そう、ただ本を読むだけではだめなのだ。そのために教師がいるのだから……。


 ただ本を、教科書を読むだけでできるのならば、学校などいらない。同年代とのつながりは公園で遊んでいればいい。一緒に学ぶ必要など、それほど大きくはないだろう。

 教師という者も必要ない。読み書きさえ最初に親が教えれば、あとは本を読むだけで事足りてしまうからだ。

 ならばなぜ教師が必要か、それは単純に“教えられなければ間違いに気づけないから”であると思っている。

 持論ではあるが、優秀な教員とはより上手にものを教えられるかで量るものではなく、間違いを正せるかにあると思っている。その方法に暴力という手段が用いられるのも、まだ理性的に判断できない子供が相手であれば仕方がないだろう。長所を褒めてほしいというのは当然ある欲求であり、短所を指摘してほしくないのもまた当然のものである。よく長所を見つけられる人は良い人のように言われるが、長所を褒めることは飴を与えることであり、そればかりを与えられれば我儘な脂肪がつくのも当然といえる。

 短所を指摘することは、時にはその人に嫌われてしまうだろう。それほどに得たくない苦いものである。そして、苦みを避けて通れば、そのつけは必ず大きくなってやってくる。

 ―――そう、大きくなって……。

 閑話休題。



「―――お前は馬鹿か?」

 悟志は俺のことは基本的に君ということが多い。もしくは翔太だ。それにもかかわらず、『お前』というということは、結構本気であきれているのだろう。

「残念ながら、普通に考えて馬鹿に付ける薬はない。だから……」

 どうするのか。

「だから、鬼頭教官のところに行って来い」

 ―――悟志は、俺に死んで来いといった。


 そうなった理由を説明しよう。


「ん、あれは……」

 日が暮れて腹が減ったから食堂に何か食うものをもらいに行っている時のことだった。

「酒井?」

 件の俺の敵。打倒すべき明確な相手が誰かと一緒に歩いているのを見かけた。

「―――誰も知らないなら、これで相手の集中を乱せるかもしれないな」

 と、かなり真黒な考えを持ってそのあとをつけることにした。

 暗くて二人が歩いているということが分かっても、距離がありすぎて顔まではわからない。

「中庭に向かっているのか?」

 十分に暗い時間だ。中庭にはほとんど誰もいないだろう。悪い意味で有名な場所である。

 ―――以前、そこで強姦があったのだ。しかも、誰一人として気づかなかった。もちろん、それには犯人の魔術特性も理由としてあったが、一番の理由はそこに誰も寄り付かないということである。

 そんなところに酒井が誰かと一緒に向かっている。はっきり言って、見つかればかなり悪い噂として流れるだろう。

「月夜でよかった。これならはっきりとわかる」

 だが、後ろから行くとばれる可能性があるので、先回りすることにした。


 先回りしている間にもおそらくあの二人は中庭に入っているだろう。それをよく見れる場所、校舎の屋上に俺はいた。

「―――さすが加減速魔法。こういうことにまで使えるとは……」

 やったことは実に単純で、加速魔法で体の動きを早くしたのだ。それで塀の上、隣の建物の壁、校舎の壁、隣の建物の屋根を順に経由して屋上に上ることに成功した。

「さて、何をしているのかな……っ!!」

 植垣の隙間、誰かが入ってきても見えない場所にその二人はいた。

 上からなら丸見えであったことが逆にまずかった。

 ―――非常に言いにくいことだが、ある女子生徒に酒井がのしかかり、女子生徒も抵抗している様子はなく、情交をしていた。

 見つかる前にすぐに屋上に身を投げ出す。

「―――いや、予測していなかったとは言わないけど……」

 俺が驚いたのは、別に酒井が女子生徒とそういうことをしていたためではない。正直、本当にしていたら酒井のことを嫌っている連中や、独り身のやつらにその情報を流しまくるだけだ。それが目的だったといえる。

 ―――だが、俺はこれを見続けることなど絶対に出来なかった。

「千賀子か、俺の代わりを見つけたとは思っていたが、まさか酒井相手だとはな……」

 ここで彼らがそういうことをしていることを教員に流せば、二人とも軽くて停学、悪ければ退学だ。恐らく、それが分かっているからあそこでやっているのだろう。

 一応言っておくが、俺は彼女とそういうことは一切していない。

 彼女に捨てられた俺が、彼女をここでかばう必要はまったくない。

「―――これが最後だ」

 俺は、千賀子にかけた迷惑をこれで帳消しにすると決めた。もちろん、ほかのだれかに見つかったならそれは知らないが、自分の口からこの情報を漏らさないことを決めた。

「さて、こんなのを覗く趣味はないんで、さっさと部屋に戻りますか」

 微妙に落ちた気持ちに気付かないふりをして俺は部屋に戻った。


 ―――食欲はもうなかった。



 で、酒井に対する敵対心をさらに大きくした俺は、今の自分のできなさ具合を悟志に相談して、現在に戻るということである。

「悟志、俺に死ねというのか!?」

「死にはしないさ、死んだほうがましという目にはあうかもしれないけど」

 十分問題だと思う。

 ここまで言われる鬼頭鬼教官。彼の恐ろしさを記しておこう。

 まず、ちょっとした校則違反ならば叱るだけで済ませる。

 “初犯に限り”かなりやさしく注意と反省文だけで許してくださる。

 問題なのは、ちょっとしたで済まない校則違反者や、繰り返す学習能力のない奴かわざとやってる不良生徒のどれかである。

 まず出合い頭に殴られて指導室に連行される。

 説教を長々と続けられて、反省文を二十枚書かされる。

 最後にその内容を朗読で迷惑をかけた方々の前で読まされる。

 また、この地獄から逃げ出そうとした奴には鉄拳制裁を加え、反省文は十枚追加だ。さらには罰掃除もある。

 で、真面目にやらない不良生徒である俺は、その鬼教官に目をつけられているということだ。

「―――それにな、鬼頭教官って加減速魔法の使い手だろう? アドバイスだってしてくれるはずだぞ。悪いことしてない生徒には人気の先生だし」

 そう、校内の治安維持に貢献し、さらには丁寧に教えてくれるこの鬼教官は意外と人気なのだ。

「俺が行ったら間違いなく何をたくらんでいるのかと疑われる!」

「君が悪い」

「前なんて何もしてないのに用心深くにらまれたんだぞ!!」

「君の日ごろの行いが悪い」

「女子生徒の前だと鼻の下伸ばしてるし!!!」

「―――それは君の偏見というものだよ」

 と、だんだんただの悪口になっていくので割愛する。

「―――わかったよ。行くよ。行けばいいんだろう」

「意外だね。絶対行かないと思ってた」

 そうか。

「あいつをぶっ潰すのは、俺の中で二番目ぐらいに今入ってる優先事項なの。なりふり構ってられないって」

 そういうと、悟志は目に涙を浮かべながら口を開いた。

「―――君が理由はどうであれ僕がどれだけ言ってもやらなかった訓練をすると思うと……涙が……」

 なんだかいたたまれなくなってそのまま寝ることになった。



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