決意表明
新作です。
「もうあなたとは付き合っていられない。さよなら」
彼女の言葉が耳を通り抜ける。
いや、よく今まで言われなかったものだ。とっくの昔になかったことになっているものだと思っていた。それとも未練がましく付きまとわれないように言っているのだろうか?
踵を返し、同じ空気を吸いたくもないといった感じで去っていく彼女、中山千賀子。
入学直後ぐらいに仲良くなって、すぐ付き合った。
で、最初のうちは仲が良かったが半年もすれば会うこともほとんどなくなり、名目上だけ付き合っていたのだ。おそらく、彼氏持ちという箔がほしかったんだろう。
相手を見つけたのか、その箔がうっとうしくなったのか、このたび別れ話を切り出したということだろう。
「帰るか」
特別胸が痛むわけではない。そりゃあ多少はいやだという気持ちもあるが、今の自分の現状を知って、一緒にいたいと思うやつはいないだろう。
―――希少な適正能力を優先的に入学させる魔術学園、幸いにして加減速魔法という希少な魔術属性に適正を持っていた俺は何か苦労をするわけでもなく入学することができた。
勉強熱心というわけでもない俺はあらゆる授業をサボって、サボって、よく進級できたものだと思えるような一年を過ごしてきた。
別に落ちこぼれといわれるようなほど落ち込んではいないが、それでも下から数えたほうが早い順位。生活指導の教官にはよくお世話になっている。
「あー、とっとと寝るか」
いやなことは寝て忘れるのが一番いいとこれまでの人生で悟った。
「翔太、何があったんだ? いつもうっとうしいレベルで話しかけてくる君とは思えない行動だよ」
「千賀子と別れた」
「そっか……やっぱり別れたか」
「やっぱりとは何だ!」
友人の石山悟志を睨めつける。
「彼女は君のレアな魔術適正にしか興味がないって、去年に言ったはずだろう? でも君は一向に努力せずに成績上位者には入ってこない。それが嫌だったんでしょ。彼女、見た目はいいから」
少々厳しい意見が飛んできた。だが、確かなことである。
「―――悪かったな、サボり魔で」
「特訓すればいいじゃないか、翔太ってこの学園に来てから一切自主練習してないんだろう?」
「それどころか授業すら真面目に受けてないが?」
少々自慢げに言う。
「自慢することじゃないよ……」
あきれ果てた口調で返された。
「―――よりを戻すかどうかは別にして、訓練したほうがいいよ。加減速魔法は希少性の高さは別にしても有用性が高いし、汎用性も高いんだから」
有用性は、理解できる。動きを倍速にするだけの“単純加速”でさえそれひとつで模擬戦は大抵なんとかなる。
「汎用性ってそんなに高いか?」
「―――高いよ。加減速魔法は他人にもかけることができるから。例えば、物資運搬に利用すればそれだけ物資の流れが速くなるし、軍でも移動スピードが跳ね上がる。
もっと言えば効果滞在型だから十分ぐらいとはいえ魔力探知に引っかかることなく素早い動きができる暗殺者だって作り出せる。
ほら、なかなかに汎用性が高いじゃないか。君みたいに自分の動きを加速するだけが使い方じゃないよ」
「確かに、身体強化が最も汎用性が高いって言われるけど、加減速魔法も結構高いな」
少しやる気が出てきた。
「よし、やる気が出てきた。悟志、俺はとりあえず朝夕にでも少し訓練してみるよ」
いきなり多すぎて三日坊主にならないかという疑問が聞こえてきたが、すでに布団にもぐっていた俺には聞こえなかったことにした。
―――懸念は、いい意味なのか悪い意味なのかで外れた。
俺は朝起きるとすぐに支度を済ませて寮の外の広場で立っていた。
「――――――」
魔術を使うための手順はかなり単純に言って三つだ。
まず精神を統一する。
次に使いたい魔術のプロセス(過程)を頭の中で展開する。
最後に魔力をプロセスに注ぎ込んで魔術を発動させる。
これだけだ。だが、このプロセスの展開までは時間さえかければ誰にだってできることである。
ここで出てくる面倒なことがプロセスの展開は意識して行われるが、それが起動するかどうかは無意識下に行われる……ということである。
例として俺の唯一使える加減速魔法“単純加速”は頭の中を落ち着かせて、単純加速というキーワードによって条件反射的に意識下に展開されるプロセスを確認し、魔力を注ぎ込むことで無意識的に起動させるのだ。
―――ここで、一つだけ俺が落ちこぼれていない理由を説明しよう。
単純加速とつぶやくことで、俺は本来頭の中に思い浮かべようとして思い浮かべなければならない手順を省略しているのだ。本来の魔術発動の手順でやっていることは頭の中に音としてではなく文字として『単純加速を発動』と思い浮かべるようなことだ。もちろん本当はもっと文字数が多いので意外と時間がかかる。慣れても戦闘中という条件下ではすぐにできることではない。
それを単純加速というキーワードで省略しているのだから、先手が打てる。さらに加減速魔法は短期決戦を得意とする。要するに先手必勝!! ということだ。でもそれ以外の成績が悪いから下から数えたほうが早い順位になってしまっているのだ。
なお、この条件反射によるプロセス展開の省略は結構難度の高い技術である。
「単純加速は使えるんだけどな……」
プロセスは確かにあっているはずだが、単純加速と対をなす単純減速が使えない。
「なにがわるいのか、全く見当もつかない」
放課後になって、図書室で借りてきた加減速魔法についての本の通りにやっているはずだが……。
「―――誰がいるかと思えば劣等生か……。邪魔だ、どけ」
背後から声が聞こえてきたと思えばいきなりどけと言いやがる。
「ここは誰にでも“公平に”与えられた場所だ。まだ空きもある。あとから来た人は開いている場所に行くのが“ルール”だと思ったんだが?」
当然の権利を優等生の奴に主張する。
「っは、口だけはよく回る。ここは俺がいつも使っている場所だ」
「それで?」
「どけ」
「話を聞いていなかったのか? ここは誰にでも公平に与えられた場所だといったはずだが……まさか一学生の身分で公共の場所を占有することができるとでも思っているのか?」
完全な挑発ではあるが、主張としては当然といえるはずだ。
「順位が上のものの言うことを聞くことはルールではないのか?」
「どこにそんなルールがあった? 俺が知る限り、そんなルールはどこにも書かれていない。憲法か? 学園規則か?」
国の憲法か、それとも学園の規則にでも書かれているのかと聞く。
「不文律というものだ。それを守ることは集団における義務だろう」
「だったら学園議会を通して代表会で過半数を取り、全校生徒による投票で絶対数の三分の二を取るまでは従わなければならないルールではない。それに、今更円滑な学園生活のためのルールなんて関係ないことぐらい知っているだろう?」
すでに村八分で孤立してるよ。
「―――そうか、それはすまなかった。君の父上は反逆者だから、当然君も書かれていないルールなんて守るはずがない。むしろ書かれているルールを守っていることに驚くべきだったな」
にらみ合う。
「妻を殺して魔国に寝返った反逆者。なぜ君はここにいるんだ? そうか、父親にすら見捨てられたか、これは傑作だ!」
無意識下に頭の中にプロセスが展開される。魔力は感情に従って暴れまわり、今にもこいつを殺しに行きそうである。
そんな怒りを理性で必死になって押さえつけ、思い通りになるものかと言い聞かせる。
「―――そういうことだ。俺は父親にすら見捨てられるほどの劣等生なんでね。ちょっと訓練しないといけないんだ。一分一秒すら惜しいんで……そこにいると危ないよ。もしかしたら劣等生の俺の魔術は暴走するかもしれない」
魔術の暴走による被害を避ける目的もある場所の区切りだ。要するにとっとと出て行けと言っている。
「そうだな。魔術の暴走に巻き込まれたら再来月の対抗戦に支障が出るかもしれない。君ごときの所為で負けたら一生の恥だから、早々に立ち去るとしよう」
そういって出ていった。
超希少な適正である結界魔法に適正を持つ優等生、酒井尚人。俺はこいつを叩き潰すと決めた。
「―――ということがあったんだ」
「君は馬鹿じゃないのかい?」
状況を悟志に説明したらいきなり罵倒された。
「奴が気に食わないことも、君の主張も当然のものだし、父親が反逆者だからと言って、その子供まで責められる必要はない。だけど、あの酒井尚人に真っ向から歯向かったら本当に孤立するよ」
「そういう悟志はどうなんだ?」
「僕は他人の評価なんて気にしないからね。翔太は翔太さ」
そういうやつがいるから、別に外野の声なんて関係ないのさ。
「―――まあ、あいつをへこませる方法が思いついたからいいんだよ」
「へこませるね……。何をするつもりだい?」
「単純だよ。俺が対抗戦であいつの牙城を叩き潰す!」
自信満々に言った。
言ったけど、なぜか反応が乏しい。
「―――対抗戦の出場資格はどういうものか知っている?」
出場資格か。
「たしか『時間と実力差がありすぎた際の死亡事故を回避するためにクラス内、もしくは教員による推薦でのみ参加する資格を得る』だったっけ」
「詳しくは覚えてないけどその通りだよ。出場するためにはクラスか教員による推薦が必要なんだ」
それがいったいどうしたというのか。
「当然推薦しないということもできるからね。これで推薦するということは代表として推薦するわけだ」
「いやまあ、わかるけど?」
何が言いたいんだ。
「―――君、自分の評価を客観的に見て、誰が君を推薦してくれると思う?」
―――クラス内では授業等のサボりを考えれば誰一人として俺を推薦する者がいないのは考えるまでもない。
教員に関してはクラス内よりも可能性が低い。誰が不良生徒を推薦するのか、どう考えても顔に泥を塗られる。
「―――しまった」
誰も推薦してくれそうにない。
「それに、君の実力じゃあ遭遇戦ならともかく試合形式の対抗戦では結界魔法との相性は最悪だよ」
遭遇戦において、加減速魔法は最強とまで言われる。
だが、試合形式であればどう考えても結界魔法とは相性が悪い。加減速魔法の単純な威力は低いのだ。
「―――両方の問題を一気に解決する方法がある」
「へー、それは何?」
白けた目で見られた。
「―――誰の目からも明らかなほど強くなって、クラス内で推薦を受け、奴を叩き潰す」
完璧な作戦ではない。どう考えても穴だらけの作戦だ。
「―――まあ、現状それぐらいしか方法はないかな? 頑張って」
どうでもよさそうに『頑張って』といわれながら、俺はそのごくわずかな可能性に賭けた。
一章のみ完結済み、二章以降は章ごとに完結したら投稿の予定です。