雨と天子の梯子と
止めどなく落ちる雨にうんざりする。
ここ一週間、雨の振ったり止んだりが続いてる。
久しく青空を見ていない。
今も今で窓の向こうの景色は雨に煙っている。
窓に水滴がへばりつきそのまま下に流れ落ちていくのを見るのももう飽きてきた。
「やまねぇなぁ」
ため息混じりに俺が呟くと前に座っていたカチェが白く伸びる左手の人差し指を口元に当てた。
「しー。大きい声は禁止。集中できないから」
形良い眉がひそめられ、口がちょっと尖がる。
俺は声を出さずに“わかった”と肩をすくめて両手を挙げた。
それを見てカチェは下を向いた。ふわりと赤い巻き毛が頬にかかった。
カチェは流れ落ちた赤い髪を手に絡ませて耳にかけた。
一連の動作がものすげぇ滑らかで綺麗で。
俺はぼんやりとその様子を見つめた。
カチェは真面目だ。
せっかくカチェの部屋にいるってのに。
ま、でも、一応、家族ハ同ジ屋根ノ下デスガネ……。
うかつなことはできねぇ、っつーか勉強のためにいるわけで。
これが俺の心を萎えさせる原因。
いくらテスト週間の休日だからといってわざわざ勉強するんだからな。
っても、まあ、どこかに出かけるっていっても金なんかねぇけど。
ただ俺は勉強はあまり好きじゃない。
これを言うと「私だって勉強は好きじゃないわ」ってカチェは言う。
俺はできればテストという壁は穴を開けてすり抜けたい。
やらねばならない、が、やりたくない。
そんなジレンマの中でカチェに笑顔で「一緒にやりましょう」と誘われたけど。
勉強開始から早一時間。
既に俺の心は勉強から離れた。いや、初めから離れてる、か。
雨に勉強に、かなり気が滅入ってきた。
がくりと肩を落としたところにカチェが心配そうに覗き込んできた。
「ロタール、何にも進んでないじゃない」
不安そうに揺れる金の瞳とぶつかる。
俺ははっとして身を引いてしまう。照れ隠しに頭をかいた。
「いや、なんか、雨が嫌だなって」
真面目に答えるのも気がひけて分けわかんねぇ答えが口から飛び出す。
「そう? こういうのもいいじゃない」
カチェが柔らかく口元をほころばせた。
「外で遊ぶのもいいけど、部屋の中でこうやって机はさんで、いつもとは違った距離でロタールと向かい合えて、なんだか新鮮で嬉しいもの」
不意に心臓が高鳴った。心のもやもやさえも吹き飛ばすほど。
まるで俺の心の曇り空をわって光が差し込んだかのように。
それはまさしく天使の梯子のようで。
あまねく物に光を分け与えるわけじゃない。
それでも俺の気持ちを上向きにさせるには充分で。
目に見えない天気の変わり目。
やられたな。
俺はこっそり苦笑い。
カチェはどうやら俺の心の天気すらも変えるらしい。
「ま、まあ、そうも言えっかな」
「でしょ?」
にこにこと楽しそうに微笑むカチェ。
笑顔は滅入った気分も癒してくれる。
……まあ、確かにたまにはこういうのも悪くはねぇか。
そう、幸せを運ぶ雨なら悪くはない。
『本日は雨天なり。雨天なり。』
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