Chapter8 嵐の前の静けさ
「キリュウさん! 僕達のギルドに入ってくれませんか?」
「あ、いや、だから……」
鏡の迷宮攻略の後日。HPも全回復し、疲労感もそこそこなくなってきたので、町中を散策と題してそこらをぶらぶらと彷徨っていたのだが、ギルド勧誘がまたしてもきやがった。
アーサーの野朗に後から聞いた話によると、あの場にいたプレイヤーの誰かが俺の戦いについて書いた新聞を発行したらしい。
そこに書かれていた内容を要約すると、鏡の迷宮のボスを単独で倒した『黒獅子キリュウ』ってことだ。勿論、真実は仲間に助けられたし、俺が一人で倒したって事実はどこにもないのだが……。
噂には尾ひれが付くものなんだなと深々と思い知らされた俺だった。
「お願いします!!」
「……えっと」
どうやって返答すれば誘って来てくれた人達に申し訳がないように断れるか、相手のことを考えながら断るにはどうすればいいのか。などを考えながら視線をあちらこちらに向ける。
さながら今の俺の動きは不審者と言ってもいいだろう。
焦りを隠すように視線を動かしていると、不意に店街を歩く二人の女の子が目に入った。
あちらも俺の視線に気づいたのか、こちらを凝視していた。あっち側からすれば、色んな人から囲まれている変な人としか見えないだろうな。
(あれは確か……)
「あ、ちょっと急用が出来ちまった。ごめんな」
誘ってくれた人達から逃げるように二人の少女の下へ走り、ちょっと来てと小さく声をかけて二人を連れ去る。
「はぁはぁ、撒いたか」
手頃な場所に物陰があったのでその建物の影に二人を連れ込み、表通りの様子をおそるおそる探ってみる。
どこに走り去って行ったかまではわからなかったのだろうか、それともそこまで入れたいメンバーじゃなかったからか、真実はわからないが今回は撒けたらしい。
「……はぁ~。疲れた」
「ちょっと、疲れたのはこっちの台詞よ。いきなり腕を掴んでこんな場所まで連れて来るんだから」
「すまん。一回パーティーを組んだお前らなら頼めると思ったんだ」
昨日の今日で本気で全力を持って走っていればどうなるかわからない俺ではない。全身の骨が軋むように痛いけど、ギルドに入るのはごめんだからな。
昨日、一緒にパーティーを組んだアルティナとジュリアの二人に助けて貰ったのだ。ほぼ強制的に、だけどな。
「走っている最中にでも事情を話してくれたら手伝ってあげたのに」
「悪い。そこまで気が回らなかった」
「……あの人達、アンタのファンみたいなの?」
「ま、そうなるかな。十中八九、新聞の影響だろうな」
「新聞……。あー、あの黒獅子トピックね」
「あれはびっくりしたよ。キリュウ君が一面を飾ってたんだから」
黒獅子トピックって何さ。あれの影響で今日の今朝方から忙しかったんだからな。朝食を摂ろうと御用達の店に行ったら色んな人からギルドやパーティーのお誘いを受け、挙句の果てに色気で惑わせようとする女性までいたんだからな。
まぁ、ここに無事いる時点でどういう対処をしたのかは説明しなくてもわかるだろう。
「……まぁ、そんなわけで頼む。今日だけでもいいから匿ってくれ」
「別にいいけど。どこに行くか決まってる?」
「あ、いや、決まってないな」
強制的に用事を作らせて貰う立場として、何も予定がないというのは深刻な事態だよな。勝手に割り込ませて貰うんだ。それなりの予定がないと……。
「だったら、私達の買い物に付き合ってよ」
「えっ? 買い物?」
普段から買い物をしない俺にとっては、休みの日に買い物をする人達の気持ちがわからない。
この世界で買い物はすると言っても、回復系のアイテムをメインにして扱っている雑貨屋の知り合いの店で回復アイテムを買い溜めするぐらいだ。
「何、驚いてるのよ?」
「なんていうか、どっか戦いに行くのかな、と」
そんな俺にとっては買い物=ダンジョン攻略あるいはレベルアップの方程式しか思いつかなかったのだ。
「……本当にアンタ、戦うことしか考えてないのね」
「えっ、買い物って戦闘準備じゃないのか?」
それ以外に考えられないという表情を見て、ジュリアは深海の域に到達しそうなぐらい深い溜め息をつく。
いくら見当外れの答えを出したからって心底、呆れた表情をしないでよ。なんか、ショックを受けるじゃないか。
「はぁ……。女の子が買い物と言ったら色々と絞られてくるでしょうが」
女の子が買い物に行って買う物、か。
「普段着、とか?」
ジュリアさん、無表情で俺を見るのはやめてください。俺の解答が悪かったのはわかりましたからお願いです。
でも、普段着でないとするならばなんだろうか……。
現実世界で女の子と買い物とかまったく縁がないキリュウさんでしたからね。女の子が買いに行く物なんて服以外に思いつかないです。
「家具?」
またもや見当違いの答えを出してしまったのだろう。ジュリアさんの表情が一段と怖くなる。
「すみません。思いつかないです」
「……本当に思いつかないのね?」
「はい」
女の子が興味を示す物なんて服か部屋に飾る小物とか、そういう系統の物じゃないのか?
「私達が買いに来てたのは料理に使う材料とか、調味料の類よ」
「…………」
ジュリアから意外な言葉が出てきたので、普通に驚いてしまった。
普段から料理などせずに外で食べようとしそうなジュリアだからこそ、びっくりしてしまったというのもあるかも知れない。
「何よ、その反応」
「いや、意外だなと思って」
どちらかと言えば、隣で俺らのやり取りを見て苦笑しているアルティナの方が料理とかしそうな雰囲気なんだけどな。
「言っておきますけどね。私の料理の腕は完璧なんだから」
「……とは言っても、この世界はゲームなんだぜ? 料理だって簡略化されてるんじゃないのか?」
「甘いわ。ゲームだから簡略化されてる? バカね。料理スキルを高めれば現実世界のような調理だって出来るのよ」
「マジで!?」
現実世界では料理が好きなだけあって、ジュリアのこの言葉にはすごく興味が惹かれてしまった。
少し料理スキルを高めて自分で調理をしてみようかなと思っていたのだが、ゲームの世界だから調理も簡単に出来てしまうと思い込んでしまっていたので、料理に振り切るぐらいなら剣一本で行こうかなと思い戦闘系のスキルに割り振ったのだ。
「ええ、そうよ。……たしか、スキルレベルが50くらいじゃなかったかな。それぐらいから料理方法が選べるようになったからびっくりしたわ」
「料理方法?」
「……あー、これ以上は長くなるから買い物をしながら話すわ」
そういうと彼女は表通りに出て行き、アルティナも出て行くが俺は出るか出ないべきか少し迷ってしまっていた。
理由はただ一つ。さっきみたいな追っかけがいたらどうしようかと思ったからだ。
「キリュウ君、表通りにはいないみたいだから出ておいでよ」
「あ、いや、でもな……」
未だにフリーである以上、何かしらの手段は使って来そうで怖いんだよな。黒獅子の強さってのを求めてくる連中は。
「そうねー。あ、そうだ。この作戦ならいいんじゃない?」
何か良い案が見つかったのか、ジュリアはウィンドウ画面を弄る。そして一つのボタンをクリックする。
すると、その直後、俺の目の前にウィンドウ画面が出現し、昨日も見た変わり映えしない表示がされた。
「……なるほど。キリュウ君がすでにパーティーに入ってたら、手を引かざるを得ないってことだよね」
「そういうことよ」
アルティナの詳しい説明により状況を把握した俺は迷うことなくオッケーを出すことにした。
パーティーに入ったと同時にジュリアは何かウィンドウ画面を弄っているようだが、一安心していた俺にとってはどうでもいいやと思い放置していた。
「はい、これで完了っと。さ、行きましょうか」
「そうだね」
小悪魔のような薄い微笑みを浮かべるジュリアに続いて移動を始める俺達。
表通りに出て俺がいることを察知したプレイヤー達が何人もいたみたいだが、一緒に歩いている人達――この場合はアルティナとジュリアの二人を見て手を退いていた。
「……なぁ、お前らって意外と名が知れてるのか?」
「まぁね。いつも未知のダンジョンに最初に入って攻略をしているグループだから、ね」
『道を切り開く者』。そのギルド名は伊達や酔狂じゃないってことか。
「……ところで、なんでこの名前にしたんだ? 普通に道を切り開く者でいいだろうに」
「あー、それね。詳しいことはティナに聞いて。
私は道を切り開きたいという願いを込めて、この名前にしたかっただけだから」
「え、えっとね……。ウェプワウェトって言うのは、後期エジプト神話で出てくる軍神のことなの。この名は道を切り開く者って意味があるみたいでいいかなって」
今時のギルド名はどこもかしこも拘っているな。
アーサーが仕切る『トラスト騎士団』のトラストにも信頼などの意味合いが込められていて、信頼出来る仲間だけを集めた小規模ギルドだったりするし。
トラスト騎士団の入団試験の内容をこっそりとアーサーに聞いてみたが、これがまた酷いものだったよ。
団員と正式にデュエルをさせて、勝負だからと言って団員相手にとどめを刺そうとすれば不合格。だからと言って、手を抜いてデュエルに負けても実力がないと思われて不合格。
入団するのなんて不可能じゃないかと一見思うだろうが、この試験方法で合格したやつを何人も知っている。団長のアーサーと副団長のジェネラルによって設立されたこのギルドだが、今では団員は優に十二人は超えているだろう。
このゲームの基本方針として、パーティーは最大で四人制度。なので、彼らは十二人を三つに分けて、いつ誰とパーティーを組んでもいけるようにチームワーク優先でレベルアップ作業に徹しているらしい。
その結果が今のトラスト騎士団の強さ、だろうな。
「……なるほど。そういう意味だったのか」
ギルド名の真相を知るまでは発音しにくいギルド名だなと思っていたが、知ってしまった今となってはすごく意味のある良い名前だと思ってしまう。
「良い名前だな」
「そう? ありがとう……」
キッカケを作ったのはジュリアだろうけども、ただの言葉に意味を込めてギルド名を更に良くしたアルティナを褒めるとアルティナは褒められることが少し恥ずかしかったのだろう頬を赤くしていた。
「こら、うちのティナに手を出さないでよね」
「し、してねぇし!」
「どもるところが益々怪しいわね」
悪戯を成功させた子供の笑みを浮かべるジュリアに対して、目線を逸らすことにした俺。逃げたわけじゃないが、もうこんな話にはついて行けないと思ったからだ。
「アンタはダンジョンだけじゃなくて美少女まで攻略する気なの?」
「げほげほっ」
「ちょっ、ジュリアちゃん!?」
表通りであまり目立ちたくないと思っていたのに、予想だにしない質問に噎せてしまった。
本人が隣にいるのにそんな直球な質問をよく出来たよな。この女は……。
しかも上手く言っただろと得意気な表情をしているのが、特に腹が立つ。自分でも「あ、地味に上手い」と思い返してみれば思ってしまったので更にムカつく。
「ちげぇし! 確かにアルティナは美少女だけど、攻略とか言うなよ。聞こえが悪いだろ」
「……そうだね。じゃあ、今日一日だけ私達に付き合ってくれたら撤回してあげるよ」
「その話、本当だろうな?」
「ええ、私、こういうので嘘ついたことないから」
にこりと疑い深い俺に対して微笑むジュリア。その笑顔を見て少し裏があるなと思ったりもしたのだが、美少女攻略している男というレッテルは死んでもごめんなので従うしかない。
「わかったよ。今日一日だけな」
ついでに言えば料理のことも聞きたいからな。
どうやったら現実と同じように調理が出来るのか、とても興味がありますし。
「そう来なくっちゃね」
こうなったら誰かを撒き沿いにしてやろうかと心の底で思う俺だったが、特別、仲が良いやつが脳内に思い浮かばなかったため諦めた。