Chapter6 黒獅子
「……それじゃあ、開けるぞ」
『おう』
血気盛んなプレイヤー達がボス部屋に繋がる扉を開けて、突入していくがあまり変わった様子はない。
ただ、不気味な雰囲気が漂い、側面の壁がすべて鏡になっているだけだ。
「いないな。やっぱり情報がデマだったんじゃないのか?」
しーんとしているボス部屋を目の当たりにして、実はこの情報が出鱈目ですでにボスが討伐されているのではという結論に至った。
「しかし、クリア済みのマークは付いていなかったぞ?」
「ほら、それはハッキングした男がいるから付いてなかっただけで……」
たしかにそう考えるのが一番合っている気がするな。
ハッキングに対する対処が遅れてしまい、基本的なシステムに支障が生じる。だが、ハッキングをしたやつだけは殺さなければいけないので殺す。プレイヤーを殺すことを優先してしまったため、まだシステムが正常でなく一部のシステムに乱れが残っている。
――考えれば考えるほど、この説が正しいという錯覚に陥ってしまった。
「……どうも怪しいな」
しかし、嫌な予感がするんだ。
何というかこう……この無音な空間が嵐の前の静けさを現しているんじゃないか。これからとてつもなく大きな嵐に巻き込まれるかも。
そんな思いが俺の中で堂々巡りをしているのだ。
「キリュウ君、この状況どう見る?」
「……嵐の前の静けさってやつかな」
「だよね。なんか嫌な予感がするんだ」
ジュリアも俺の意見とまったく同じなようだ。他のプレイヤーは本当に気づいているかどうかわからないが、ボス部屋の奥へ向かうに連れて嫌な雰囲気が強まっていく。
「アルティナ。お前の偵察スキルとかでなんとかならないのか?」
「今やってるんだけど、何かに阻まれているようで詳しい位置が把握出来ないの……。この部屋にいるのは間違いないけど」
アルティナが偵察スキル『サーチ』をしてボスがどこにいるかを調べようと行動を起こしているが、見えない壁にガードされているようで場所を察知することが出来なかった。
「……キリュウ。俺は偵察しなくていいのか?」
「ああ、お前は構わない。安心してアルティナとジュリアの壁になっててくれ」
「おいっ!?」
アーサーとは長い付き合いなので、どんなスキルを所持しているかはわかっている。
その中に『サーチ』があることはすでに把握済みだ。この状態で覚えているかどうかあ半信半疑だったが、前のエリュシオンでも役に立っていたから覚えていると思っていたよ。
「ははは、冗談だよ」
いざとなったら俺一人で敵と戦うからさ。
ボスと戦うのなんてソロの俺でも出来る。隙を狙われたら結構、やばかったりするけども。
――不意に何かが動く気配を感じた。
俺達に敵意を持った何かが俺達をじっと見つめて隙を窺っている。それがどこからなのか確かめるべく奥へと進んで行く。
「……キリュウ君!! 上だよ!」
「っ!?」
アルティナに言われた通りに頭上を見てみると、すでに落下中のミラマッドネスの姿を目撃する。オークのようなデカイ体躯にそれと同等な大きさの大剣。
しかもその大きな刃が抜かれており、攻撃のモーションにまで入っているという最悪なパターンだった。
「みんな、下がるんだ!!」
その場にいる全員に下がるように指示を出すが、時すでに遅い。いきなりの出来事に動揺し逃げ遅れた人が何人かいる。
「くそっ!」
自分の身を削るような真似は正直、したくないんだが病むを得まい。
ここにいる仲間は最低限全員を街へと帰還させたいからな。
その想いを胸に抱き、決意を持って剣を引き抜く俺だが、思っているよりも強い力によって押される。まだまだ本気は出していないだろうに、力によって強引に押し込まれる。
足元が丈夫な素材で出来ているはずだが、ミラマッドネスの力と重力による重さが重なり地面に足がめり込んでいく。
「……ぐっ!?」
どうにかして対策をと思う俺だけども、両手を使ってやっと均衡を保てている状態なのに片手を放す行為をしてしまったら一気に押し込まれてしまう。
敵の攻撃を踏ん張っている足を浮かせても先ほどと似たような状態になるだろう。
(何か手は……)
「てりゃあーーっ!!」
これからのことを考えていると、横から盾を持ちつつ片手剣で攻撃をしかけて来たアルティナの姿が目に入った。
片手剣による攻撃を喰らってもビクともしないミラマッドネス。しかし、集中しているのにも関わらず横から攻撃をされたことに苛立っているのだろう、刃先を俺からアルティナに向ける。
「ば、馬鹿っ! こいつに軽い攻撃はきかねぇぞ」
「……だったら、これならどう!」
先ほどと同じように片手剣のよる攻撃をもう一度敢行する。が、これもさっきと同じように防がれてしまった。
「そんな攻撃じゃダメだって、それに攻撃した後は硬直時間が……」
「ふっ、うちのティナを甘く見ないでよね」
「お次はこれだよ」
片手剣をしまい、次に太刀を作り出し追加で攻撃をしかけていく。
あまりの切り替えの速さに体がついて行けずに太刀による攻撃を受けるミラマッドネス。ダメージは少ししか受けていないようだが、切り替えの速さにビックリはしているようだ。
「どういうことだ?」
アルティナが作ってくれた隙を無駄にしないように、敵から素早く距離を取る。
(武器を変えるにしてもウィンドウ画面を操作して、武器を変えなければいけないはずなのに。あいつはそんな細かい操作を一切しなかった)
「……これがティナのスキル。『高速切替』よ」
「高速切替……」
片手剣から太刀。攻撃を喰らいそうになったら身の丈ほどある大盾に切り替えて防御する。そしてボスが距離を取り後ろに引いたらすかさず遠距離武器による遠距離攻撃をしかける。
まさしく全距離応用型だ。
普通のスキル構成でも全距離応用型のプレイヤーは何人もいる。だけども、スキルも相合って、どんな状況でも素早く応用が利くプレイヤーはそうそういない。
「みんな、ティナの戦いに見惚れているんじゃない! ちゃんと自分の義務を思い出して敵と当たりなさい!!」
『お、おう!!』
『やってやるぜ!』
女性であるアルティナが予想以上に善戦しているんだ。男の俺達がビビッていてどうするという考えの人がほとんどだろうが、攻撃スキルを発動させながらミラマッドネスに突っ込んでいく。
「……さて、俺も」
攻撃スキルを発動させて戦おうとしたのだが、後方で援護や指示をメインとしていたジュリアによって止められる。
「なんで止めるんだ?」
「お前は体力ゲージが半分を切った辺りから参加してくれ」
「それは別にいいけど。それまでの段階でもあいつは強いぞ?」
事前に聞いたHPが半分ぐらいになってから強力になるという情報通りで行くのであれば、あの場で一番強いとされている俺をミラマッドネス強化版を当てるのが一番いい作戦だとは思うけどな。
その状態になるまでのあいつでも意外に強い。本当に俺以外のメンバーで倒せるかどうかが心配だ。ここは全員で当たる方が確実性があると思うのだが。
「……いいから。アンタは見ていなさい」
普通にありそうな意見を出して勝手に参加してやろうと思っていたが、ジュリアがどうしても待機していて欲しいのだろう止められてしまった。
それでもただ見ているだけでは暇なので、今のうちに装備の確認をしていく。
上から羽織るのは白のフードだけにしておこうと俺の中で決めていたが、意外と敵が強かったため、装備に付いている特殊スキルがないと戦えないと思ったのだ。
「わかった。その代わり、危ないと思ったらすぐにでも参入するからな」
「ええ、わかったわ」
今着けている白いフードをアクセサリー欄に移し、『覇者の証』と称されている黒と深紅のいつも着ているコートを装備欄に入れる。
この操作を行うことによって発動スキルに『覇者のプライド』が追加された。
覇者のプライドというのはエリュシオン・オンラインの世界でも一番強いとされているスキルだ。身体能力が通常時の二倍になる効果が付いている。
これだけを聞くと、チート的効果だと思うだろうが、そんなに上手い話はない。覇者のプライドが発動すれば、身体能力の底上げは出来るが、同時に武器の攻撃力が減ってしまう。
自らの身を持って覇道を貫く者に武器は必要ないという考えなのだろうな。まぁ、そんなわけで武器の攻撃力が落ちる。普通の人ならここで武器を使ってしかモンスターを倒せない世界なら使えないと思うだろうが、俺はその弱点すらも克服した。
元から俺に付加していた特殊スキル、『エネルギー換算』によって――。
「……グオォォォォーーッ!!」
装備の点検などをしているうちに、攻略チームの全員が力を合わせて戦っていた甲斐もあり、ミラマッドネスの体力ゲージは半分を切り、怒り状態に陥っていた。
こうなってしまうと手の着けようがない。
怒り状態は別名バーサーク状態と言って、攻撃力など基本的なステータスが二倍近く増加してしまうのだ。
「キリュウ!!」
「任せろ」
片手剣を力強く握り締め、攻撃スキルが立ち上がるのを確認し、ミラマッドネスに突っ込んで行く。
「はぁーーっ!!」
そして片手剣の領域に入った瞬間を見計らって、スキルを発動させる。
剣先から一陣の風のように剣戟が舞い、敵を切り刻んでいく。はずだったのだが、如何せん敵のHPゲージの減りが少ない。
想定していた一定量より下回り、ろこつなダメージを与えられない。
こんな化け物みたいなボスをこれからも倒していかないとダメなのかよ。
大技と言える攻撃スキルを使ったってのに、倒れる気配が微塵もない。それどころか仰け反ってもいないだろうな。
「……硬いな」
「キリュウ君!」
「アルティナ、大丈夫だ。こっからは俺に任せてくれ」
ミラマッドネスの攻撃を華麗に避けつつ、幾度の攻撃をしかける。
量より質な攻撃をしてもあまり喰らったよういな感触はしない。
自分の中で強いと思うスキルを使って攻撃したのにも関わらず平気でいられたからには、手数の多さで勝負するしかない。
「……ったく。これ喰らってやがるのか?」
力を入れても少し身じろぐ程度、力を入れなければ無反応。どうやっても無駄な気しかしない。
さらに言ってしまえばこの白いフードが意外と邪魔になって思うように動けない。
正体を隠しているため、風圧によってフードが捲れてしまったら意味がない。手加減をして戦わなければいけないというわけだ。
「キリュウ! お前、ちゃんと戦ってんだろうな!!」
「うっせーぞ。アーサー。お前に俺の心境がわかるか!?」
「どうせお前が強いのはバレてんだから、本気を出しちまえよ。その方がすっきりすんぜ?」
ミラマッドネスの攻撃を軽く踊るように避けながら、今の戦い方に文句を言っていたアーサーと話す。
たしかにそれは良い提案だな。俺が強いってことはジュリア達にバレてるんだし、ここで俺の正体を知らしめておけばこれから関わって来ようとするやつが減るかも知れないな。
(たまにはいいこと言うじゃねぇか。アーサーの野朗……)
――やっぱり力で押す方が俺に向いてるっぽいな。
逃げ回るのに疲れた俺はその場で立ち止まり、敵の動向を探ることにした。
それと同時に試したいことがあったので、白いフードと今持っている片手剣にスキルを発動させておく。
「キリュウ君、危ない!!」
「あいつは大丈夫だ。見てろ……」
急に立ち止まった俺の姿を見て、助けに来ようとしたアルティナとジュリアの二人の手を握り動きを止めるアーサー。
動きを止めた俺にとどめを刺す良い機会だと思ったミラマッドネスは、大剣を用いて獲物を叩き潰そうとする。
「……ふっ」
ミラマッドネスの大剣と俺が持っている片手剣が接触した瞬間、とてつもない轟音が部屋中に響き渡り、強力な風圧が生まれた。
強大な力を持ってして振り下ろしてきた大剣はかなり重かったが、決して耐えられないわけじゃない。大剣を受け止めた片手剣に全力を入れ、大剣を弾き返す。すると、どうだろうか敵の持っていた大剣に少しながら亀裂が入った。
「やっぱりスキルってのは、偉大だよな」
身を隠すためのフードに亀裂が入り、少しずつ結晶化されていく。
普通ならこのまま何もない虚空へと消えていくのだが、俺の着けているフードはまったく違った。その結晶の粒は消えるどころか、手にしている片手剣に収集されていく。
「……使い方次第ではこんな戦い方も出来るんだからよ!」
もう一度、『ブラストオブウィンド』を使って大剣に向かって攻撃をしかける。前までの攻撃なら弾き返されているか少しダメージを与えるぐらいだったが、今回は違う。攻撃に圧されて後ろに仰け反ったし、武器に入っていた亀裂も深くなった。
「い、威力が上がった?」
「さっきまでと同じ武器だろ!?」
他の人にはまるで武器の攻撃力が上がったように思えるだろうが、事実なのだから否定は出来ないな。
俺がフードと片手剣にかけたスキルは『エネルギー換算』。
装備などを勝手に弄って、エネルギーの調整をすることだ。たとえば今の俺がしたことを説明すると、フードのエネルギーを片手剣に入れただけのこと。
すると、フードに使っている分のエネルギーが片手剣に入っていき、攻撃力が上がるというわけだ。その分、防御力が落ちるがそれも仕方がないだろう。
フードは段々と結晶化され、戦っているうちに消えても仕方ない。
「はぁーー!!」
深く傷が入った大剣に向かってさらに追撃を加える俺。
とどめの一撃と言った方が良いだろうか、その攻撃を受けた大剣は真っ二つに折れ、勢いを殺すことなくミラマッドネスに対して攻撃をしかける。
武器を持たず防御の術もない敵に対して致命傷を与えることなんて簡単だ。
「喰らいやがれっ!」
片手剣による攻撃が当たる直前にスキルを発動させ、超至近距離で『ブラストオブウィンド』を行う。
――再度、部屋中に強風が吹き起こり、ミラマッドネスは直撃した影響で反対側の壁まで吹っ飛ぶ。
だが、この程度の攻撃で死んではいないだろう。吹き飛んで土煙が発生しているところを注視して見ると、ボスのHPゲージがまだ残っていることに気づく。
おそらくレッドゾーンには突入しているだろうけども、まだまだ死ぬ感じではなさそうだしな。もしかすれば、武器を破壊した後からが本当の勝負なのかも知れない。
「おっと、こっちも限界だったらしいな……」
敵の大剣を壊したのはいいが、こちらのフードも限界値ギリギリだったらしい。
バリンっという音と同時に、白いフードが結晶化されていく。当然、エネルギーは消えることなく片手剣に向かって放出される。
「さぁ、まだ生きているんだろ。ミラマッドネス」
突如、戦場に現れたのは白とは真反対の存在、黒を全身に纏った獣。
「……全身黒尽くめの服に、黒髪黒目。間違いない」
「本物を見るのは始めてだぜ」
『黒獅子』と呼ばれていたときの格好をキリュウがするだけでこの様だ。
一緒のダンジョンにいる他のプレイヤー達のテンションややる気が一気にハイになっており、彼らの視線は黒獅子一人に注がれていた。
その光景を見て、やはりこれを見せるのには早かったのかも知れないな。と思うキリュウであったが、正体を明かしてしまった以上、後悔していても意味がない。
「ねぇ、キリュウ君ってそんなにすごい人なの?」
「ティナ、知らないの!?」
「う、うん……」
「まぁ、知らないのも仕方ないでしょう。キリュウは目立つのが苦手ですから。そんなキリュウがこんな底辺ダンジョンでフードを取るなんて、本当に強くなっているんですね。この世界のモンスターが」
正体を隠すための装備を気づかいながら戦闘を行うことが無理だと思い正体を明かしたと思いながらも、モンスターの異常性を改めて思い知らされたアーサーだった。
「漆黒を纏いて、絶体絶命と言われた戦場を駆け巡り、たった一人でモンスターの大群を殺し尽くした野獣。『黒獅子』の本気ねぇ」
「ははは。噂には尾ひれが付くものですよ。そのときは援護射撃がありましたから」
(……噂を広めた超本人でもある弓使いからのね。まぁ、ほとんど倒したのはキリュウですから噂は合っていますけども)
「第二幕の開演だぜ!」