Chapter4 裏への疑念
「……ここが鏡の迷宮、か」
ダンジョン攻略会議を終え、攻略するための準備も終えた俺達は鏡の迷宮入り口付近で他のプレイヤー達が来るのを今か今かと待っていた。
正当な理由としてはダンジョン攻略だけども、俺にとっては別の理由が有ったからだ。それを他のプレイヤーに達成されてしまったら困るから、早くダンジョンに突入したかったというわけだ。
その場所へ行くためには無数のモンスターが待ち構えているらしいが、今の俺達ならどうってことはないだろう。こいつらが行きたくないって言うのであれば、俺は一人ででも行くがな。
「このダンジョンの内装だけど、ほぼ一面が鏡張りになってるから気をつけて」
「了解よ」
「……一面、鏡だらけか。敵の姿を見失いそうだな」
「そんなことはないよ」
アーサーの不安を吹き飛ばすかのように意見を即座に否定するアルティナ。
「鏡の迷宮に出てくる敵は限りなく少ないの。『モンスターハウス』か『ボス部屋』以外にはほとんどいないって言ってもいいね」
「そうなのか?」
「ああ、知り合いの情報屋に聞いてみたが、それは事実らしいぞ。ただ、モンスターハウスの頻度が多いから気をつけて部屋を開ける必要があるな」
金目の物が置いてある場所などはモンスターハウスである可能性が限りなく高いな。何もない場所がモンスターハウスだったなんて、ほとんどありえないことだからだ。金目の物を置くことによって興味を惹かれたプレイヤーを釣って殺していく。
それがモンスターハウスの代表的な作戦ってやつだ。
「……まぁ、何もないモンスターハウスなんてないから。金目の物が置いてある部屋に入らなければいいだけなんだけどな」
「なるほどな」
それは良いとしてだ――。
「つーか、お前はなんで俺に話を振ってくるんだよ? ダンジョンの説明をしてくれるのはアルティナだろ?」
「あー、いやぁ、エリュシオンの世界と一緒ならキリュウの方が知ってるかなってさ」
確かにエリュシオンの世界のことならなんでも知ってるさ。ボス情報やモンスターの情報。おまけにダンジョンの特徴も大体は把握出来てる。
だからと言って、俺に話を振ってくるのはやめてくれよな。俺が黒獅子だってことがバレるだろ。
「キリュウって、エリュシオン・オンラインの世界のこと詳しいの?」
「……ま、あっちの世界でも情報屋とつるんでたからな。色々と教えてもらったさ」
実際に体験して覚えたことが情報の過半数を占めてるんだけどね。ここでは相方と呼ばせてもらっているが、その情報屋には秘密情報などを教えてもらっている。
あいつはこういう裏情報を調べるのが得意だからな。調べる手段と報酬さえあれば、なんでも調べてくれる。ただ、本当に危ない橋は渡らないやつだから危険なことは調べさせられないが。
「そういう友達がいるのっていいわね。こっちのギルドにも誘おうかしら」
「情報屋ってのはギブ&テイクの関係を望むやつらが多いから無理だと思うぜ?」
「……そっか。それは残念ね」
「まぁ、報酬を渡せば仕事は引き受けてくれるさ」
情報屋ってのは、誰の味方もしない中間のような存在。報酬を渡してくれるのであれば、誰の味方でもする。それがたとえ『レッドプレイヤー』と評されている犯罪者が相手だったとしても。
もしも、誰かの味方をしなければいけない状態になれば、彼らは自分達に得がある人の味方をするに決まっている。あいつらが感情で動くことなんてありえない。
「……それにしても、あいつら遅いな。先に入っているんじゃないのか?」
「いや、そんなことはないはずなんだが……」
『ぎゃあぁぁああーーっ!!』
この攻略グループを設立したエリックをダンジョンの入り口付近で待ち続けていた俺達の耳に聞こえてきたのは、他でもないプレイヤーの悲鳴。
「……ダンジョンの中かっ!」
すぐさまそれはダンジョンの中から聞こえてきたものだと俺は察知し、ダンジョンへと突入する。
「おい、キリュウ!?」
「あー、もう! アーサーはエリックって人にメールを送るなり連絡を取って。この事情を説明して先に突入することを」
「おう。そっちは任せたぜ」
アーサーの返事を聞き届けたジュリア達も俺に続いてダンジョンの中へ進入してくるが、ダンジョン一面が鏡張りになっているので、どこに何があるかなどまったくわからない。
左を見ても右を見ても上を見ても鏡しか目に映らない。ただし、下だけは鏡になっていない。理由はわかるだろうが、ここだけはバグでもなんとも出来なかったのだろうな。おそらくこれはバグだったとしても、正式なゲームとして成り立っているだろうから、不当なことは全部出来ないはずだ。
「……ちっ、これじゃあどこに扉があるかなんてわかりゃしねぇ」
「キリュウ君、こっち!」
迷った挙句、声がどこから聞こえたのかすらもわからなくなり立ち往生してしまった俺にアルティナが声をかけ、一つの方向へ走り去って行く。
それが合っているかどうかわからないが、それについて行く俺とジュリア。
「本当にそっちで合ってるのか?」
「ふふんっ。うちのティナを舐めないでよね。彼女は『探索』と『偵察』スキルを軸に高めているのよ。他にもある程度、万能的に鍛えてもらってるから大抵のことはなんでも出来るわよ」
「そっか」
別に良いのだけども、それってジュリアが自慢することなのか? 普通に考えたら、アルティナが自分で自慢することだと思うのだけども。
自分の作ったギルドのメンバーがとても頼もしくて自慢したいということなのかな。
事前に聞いた話なのだが、ここにいる『道を切り開く者』の二人はギルド長とそれの補佐的な立場らしい。
「……この部屋よ」
関係のない無駄話をしているうちに、悲鳴が聞こえた場所に着いたらしい。
その扉を迷うことなく勢いに任せて体をぶつけて開ける。
俺の体重分の衝撃を受けてバタンと扉が開いた先の部屋では、驚愕の光景が繰り広げられていた。
「なっ!?」
悲鳴をあげたであろう男の体が少しずつ結晶の粒となって消えつつあったのだ。どこか別の場所にワープさせられたというわけでもない。
ワープのエフェクトとはまったく違う“未知のもの”だった。
「おい、一体何をしたんだ!!」
警戒していたにも関わらず、まったく得体の知れないエフェクトが同じプレイヤーから発せられているんだ。警戒心が薄れてテンパってしまっても仕方のないことだろう。
「……俺は何もしていないんだ。そうだ! あいつらがこの方法ならクリア出来るって言いやがったから」
「何をしたんだ?」
「……あいつらだ。あいつらがこの方法を使えばクリア出来るって言ったから!!」
焦点の合っていない瞳をこちらに向け、同じ言葉しか言わないやつにキレていた俺は、やつの消えていない部分の装備を持ち揺さぶるようにして話を進める。
「グダグダ言ってんじゃねぇ!! お前は何をしたのかって聞いてんだ」
「……お、俺は、秘密の攻略法があるって言われて。言われた通りに」
「聞こえなかったか? 何をしたんだって聞いてんだよ」
「ゲームシステムにハッキングをしかけたんだよ!」
ゲームシステムにハッキングだって……?
「この『エリュシオン・オンライン』の世界から抜け出すにはそれしかないんだよ!!」
「だからって……システムにハッキングしたのか」
ログアウト出来ないのだって、ここへ転送させられたのもゲームシステムじゃなくてバグだろ。そんなバグだらけのシステムにハッキングしたらどうなるかなんて簡単にわかる。
そういうシステムをすべて正常に戻さないと絶対にこの世界からの脱出なんて不可能だ。
そのシステムを戻せるプレイヤーもしくはそれに準ずる者がいると信じて、俺達は冒険を続けてるってのに……。
「……た、助けてくれ!!」
「ねぇ、早く助けないと……」
「無理だよ。この世界は普通にプレイしている人は自由に暮らせるけども、不正なことなどをしている人は順番に消去されていく」
バカなことをしでかした男のおかげでわかったことがある。
ゲームシステムにハッキングするってことは、このエリュシオン・オンラインの世界を卑怯な戦法で脱出しようとしてるやつらってことだ。そして、そんなやつらはこの世界にいらないとばかりに排除されていく。
俺がこの世界に転送される前に会った少女の言葉を思い出したら簡単に理解出来る話だったんだ。
“絶対に逃がさないよ。私も一人は寂しいから”
途中から口パクに切り替わったので、もしかしたら間違っているかも知れないが、彼女の口はそう動いていたはずなんだ。
あの少女はこの世界に囚われた人間もしくはNPC的な存在なのだろう。そして彼女をこの世界から解放することが現実世界に戻るためのたった一つの方法。俺はそう思う。
「……言われた通りとは言え、不正なことに手を染めた自分を怨むんだな」
「て、てめぇも一生呪ってやるかんな!!」
捨て台詞を置き、男は結晶となりこの世界から存在を抹消された。
「俺に当たっても意味ねぇだろ……。お前が不正行為をしたからだっつの」
対モンスター用に剣を取り出していたのだが、モンスターではなかったので背中に付けている鞘にしまう。敵がモンスターじゃなくて、ゲームシステムだったとはな。そんなの俺に助けて言ったってどうしようもないじゃないかよ。
「……ふぅ。さてと、ボス部屋に向かうとするか」
「君は、もう大丈夫なの?」
「大丈夫も何も、最初から何も考えてないよ。ほら、行くぞ」
エリック達と合流するためにダンジョンを突き進む俺達、その道中にアーサーのやつにメールを送っておくのを忘れずに。
内容は問題は解決した。先にダンジョンボス部屋の前ででも待機しておいてくれと。
「……それ、嘘でしょ?」
不意に図星を突かれてしまった俺は、足を止め、アルティナの話に耳を傾ける。
「何も考えていないと言いながらも、頭の中では必死に考えてる。……あの人のようにハッキングをしようとするやつがいたら、どうやって止めよう。ここのボスを犠牲なしで倒すにはどうしたらいいだろう。とか、色々と」
「…………」
「でも、これだけは覚えてて。……あなたが代わりに傷ついたら、私達が悲しいから」
「……ああ」
この世界に置いて、大切なものなんてまったくないと思っていたんだけどな。こんな近くにあるものだったのかな。
俺がぶった切っていただけだったりするけども、アーサーのやつも似たようなことを言っていた気がする。あいつが言っていたのは、死んでも別になんともなかったデスゲームじゃない方のエリュシオンの方で、だから、心に響くことはなかったけど。
大切なものを見つけることが出来ないんじゃなくて、見ることが出来なかっただけなんだ。
「肝に銘じておくよ」
これは何が何でも、彼女達とアーサーの野朗は元の世界に戻さないといけないな。
それじゃ、現実世界に戻るために、今出来ることは――。
「アルティナ、ボス部屋までの最適なルートを案内してくれ」
「了解」
ここのボスを倒し、誰一人として死ぬことなくこのダンジョンから帰還することだ!
エリック達、別の攻略メンバーと一刻も早く合流するべくボス部屋までの道程を駆け足で詰めていく俺達。