Chapter1 始まりとキッカケ
「……やっと、戻ってきたぜ」
自分の意識が次第にはっきりとしてきた段階になったので、ゆっくりと目を開くと視界にはとても大きく賑わっている街が映り込んできた。
ここが俺の記憶の中にある街と完全に一致していることにより、俺は戻ってきたことを確認した。
「『エリュシオン・オンライン』の世界へ」
目の前で繰り広げられる光景はいつもと同じ、いや、いつもよりも賑わっている気がする。ログインして最初に飛ばされる街は『始まりの街』と呼ばれている街に決まっている。そこはゲームが開始された場所とまったく同じ場所。
そんな初心者が集まる街にこんなにも大勢が集まることなんて滅多になかった。
レベルの高い人は『帝都』と呼ばれるもっとランクが高い場所にいることが多かったし、それよりも強力な人はその帝都に存在する『王の間』に集まることが多かったからな。
賑わっているところ失礼なのだが、辺鄙なところに集まる意味がわからなかったが、今日が最後の日だということを思い出して、妙に納得してしまった。
「……今日は最後だから、初心者も熟練者も関係ない。一緒に騒ぎたいって気分なんだろうな」
「お、やっと来たか。おーい、キリュウ。こっちに来て一緒に飲もうぜ」
偶々通りかかった酒屋で一人の男性が俺に向かって声をかけてきていた。
声が聞こえた方向を見ると、大きな酒瓶を持った男性がこれまた大きな手を振りながらこちらを見ていた。彼が着ている服は白銀に輝く鎧。何年も使っていると思われるが、傷一つ付いていない。
彼が着けている装備は、滅多にお目にかかれないレアアイテム『白竜の鎧』だ。
そんな物を持っている人は知り合いに一人しかいない。
「アーサーか?」
「ああ、とりあえずキリュウ。今日は一緒に騒ごうぜ」
「あー、ちょっとそこらで雑魚モンスターを狩ってからでいいか?」
「……まぁ、しかたねぇ。それまでここで飲んどいてやるから終わったらすぐに来いよ」
「ああ、わかったよ」
アイテムインベントリから『テレポクリスタル』を取り出し、最上級モンスターばかりが集まるダンジョンに飛ぶ。
自身の体を覆うように青白い光が発生し、そして全身を覆い尽くした瞬間、俺の姿は『始まりの街』から『終末の祠』に転移した。
辺り一面の風景が賑やかな街から、薄暗くとても禍々しい景色に一変する。
フィールド名の祠という部分はどこに行ったのか。という話だが、ここは隠しダンジョンの一つで、普通なら行けないのだが、全フィールドクリア・レベルマックス・全最強武器をも手に入れた廃人の俺に不可能はない。
「……さてと、さくっと片付けて戻りますか」
“逃がさないよ”
「えっ?」
不意にどこかからか聞こえた声――。
聞き覚えのない女の子のような声が聞こえたので、歩みを止め警戒モードに移行するが、何も変化は起きない。
何かしらの変化が起こることを期待しているわけではないが、逃がさないという声が聞こえたので、何か嫌なことが起こると本能が叫んでいたのだ。
それでも何も起きない。ただの気のせいなのかなと思うことにして、ダンジョン最深部を目指してダンジョン内に入ることにした。
“絶対に逃がさないよ。あなたも、そしてみんなも……”
「誰だっ!?」
今度こそ真後ろから言われた気配がしたので、振り向き様に背中につけていた剣を振るってみるが、何もヒットしない。それどころか、何も存在しなかった。
「……逃がさないってどういうことだよ」
それからダンジョンの最深部まで数時間で到達することは出来たのだが、思った以上に俺の心はすっきりとしなかった。
これが正真正銘、最後の日となるのだから気が済むまでモンスターを倒して、気分をすっきりとさせてからアーサー達と杯を交わそうと思っていたのに。あの声の主のことが気になって思う存分、敵を倒すことが出来なかった。
ダンジョン内で存在していた生き物はすべて消滅しており、今この場所には俺しかいなかった。
元々、ここにはかなりのモンスターがいたはずなのだ、最初にここへ来たときも十歩も歩かない内にエンカウントするという場所であるのにも関わらず敵が一匹もいない。
その理由は決まっている。唯一、ここで佇んでいる俺がすべてのモンスターを一匹残らず殺し尽くしたからだ。それなのに、何もすっきりしない。ただ単に声の主に対しての不快感が増しただけ。
――ゲーム強制終了まで 残り三十分――
「仕方ない。アーサー達と飲んで忘れることにしようか」
思っていた以上に時間を喰ってしまったので、さっさと帰らないといけなくなってしまった。そうじゃないと、アーサー達と飲む時間が少なくなってしまうからな。
アイテムインベントリから『テレポクリスタル』を取り出し、『始まりの街』まで帰還することにした。
何もわからない女の子の声を気にしたところで意味もないことだと思う。だけど、あんなことを言われてしまったら気にせざるを得ないんだ。
「……テレポート。『始まりの街』へ」
テレポクリスタルの効果によって、俺の体が光に包まれていくにつれて視界の端でチラチラと映っていたナニカがはっきりと見えてきた。
(お、女の子……?)
長い前髪で俯き加減になっているため、顔は見えないがあの華奢な体つきと長い前髪からして、女の子だと思って間違いないだろう。
そんな彼女が口をぱくぱくとしながら俺に何かを訴えようとしていた。
「な、何を言っているんだ……。おいっ!?」
「……どうした? キリュウ?」
視界に映った少女に向かって投げかけた問いだったのだが、予想外な人が目の前で困惑の表情を浮かべていた。
白銀の鎧を纏ったアーサーだ。
(あ、そっか。俺は『始まりの街』に戻ってきたんだよな)
「いや、なんでもない」
これ以上、突っ立っていても怪しい人物だと思われるだけだと思ったので、アーサー達が飲んでいる席の近くに座り最後に食べたいと思っていた品を注文する。
……こっちに来た瞬間に叫んだ時点で怪しい人物だと思われただろうが、それは気にしない方向性で行こう。そうじゃないと恥ずかしくて、たまらない。
「意外と時間がかかっていたみたいだが、どこで狩りをしていたんだ?」
「んー? ラストダンジョン……みたいなところかな」
場の空気だけではっちゃけてしまおうと思ったりもしたのだが、秘密のダンジョンですと大勢の前で言って注目を惹くわけにもいかず、言葉を濁す俺であった。
ランクの低いダンジョンの名前を言っても別に良かったのだが、それだと時間がかかった理由にはならないからな。ある程度強いところの名前を言っておかないと。
「はははっ。さすが、『黒獅子』様だな」
「……おい、その呼び名はやめておこうぜ」
黒獅子というのは俺の『エリュシオン・オンライン』での異名のようなものだ。ほぼ全身を覆うように真っ黒の服を着て、獅子のように荒々しく戦う。
そして、これが一番大きい理由だろうが。この『エリュシオン・オンライン』を一番最初に全攻略を達成したのは俺だからだ。
ダンジョンもすべて攻略し、他の誰もが行けない隠しダンジョンの行き方も知っている。しかし、これらはすべて他の人のようにギルドに入ったり、パーティーに入って行ったわけではない。
ラストダンジョンをクリアしたほとんどの人はパーティーを組んでクリアした人ばかりだ。
俺はそんなやつらと違う――。
単独でラストダンジョンに挑み、一人でボスを倒した。ダンジョンというのは総じて、少ない人数で向かった方が楽な稼ぎ方になり、そしてレアなアイテムも手に入れることが出来るようになる。
俺が身に着けているこの漆黒の生地に、深紅のラインが入っているレザーコートもそこのダンジョンで貰ったレアアイテムだ。この世界中のユーザーを探しても俺以外、見つかりっこない、ね。
そんなソロで全攻略を果たしてしまった『キリュウ』のことを畏怖と尊敬を込めて『黒獅子』と呼ぶやつらが多くなってしまい広まったあだ名だ。
「まぁまぁ、それも今日で終わりなんだしよ。今日ぐらい良いじゃないか」
「……そうだけどさ」
注目を浴びるような立場には、あんまりなりたくないものなんだけどな。
人の視線を掻き集めてしまったら俺のやることしたいことに色んな邪魔が入っちまうじゃないか。
――ゲーム強制終了まで 残り五分――
「言ってる間に、もうそろそろ終わっちまうな」
「……なんか、こうやっていると感慨深い気持ちだよな。『エリュシオン・オンライン』とは長い付き合いだったからよ」
「ま、そうだろうな。ここでの生活が現実生活の一部となっていた俺らみたいな廃人には、悲しい現実だな」
程よくお酒などを飲んでしまっていたため、周りの人間は顔を赤くし良い感じに酒が回って来たようだった。中にはこれほどかと言うほど、泥酔してるやつらも目に入ったが、現実世界でもそれをするなよ。と心の中でツッコミつつアーサーの話を聞く。
「俺はさ、この世界で出来た友達とも現実世界で仲良くなりたいと思っているんだ。……世間的に言えば、それは如何わしい関係なのかも知れない。けれど、この世界でしてきた“今までの生活”は嘘偽りなんかじゃないだろ?」
「……ああ、毎週のように俺はお前に追いまわされたけどな」
『黒獅子』なんて大層なあだ名が付けられた俺は、色んなギルドからメンバーになってくれと誘われたことが何度かある。その中でも一番、勧誘が酷かったのはこのアーサー率いる『トラスト騎士団』だ。
「俺はお前と仲良くなりたかったんだよ……。仕方ないだろ。これが俺なんだから」
「ま、いいけどさ」
思い出話に花を咲かせていると、あっという間に時間は過ぎていくものだ。
ゲーム終了まで一分を切っていた――。
「そろそろ終わりだな」
「あぁ、そうだな。長かったようで短かった『エリュシオン・オンライン』も終わりだな」
「……だな」
すでに陽はとっくに落ちきり、星が輝く綺麗な夜空だった。
このゲームはこういうところが地味に凝っていると思うのだが、現実世界と同じ時間軸でゲームの時間も進んで行く。つまりは、こちらの世界の時間が夜なら、現実世界でも夜ということ。さらに言えば、この世界の天候も開発者によって正確に設定されている。そして今日は一番最高な気温設定になっており、一番綺麗な夜空が見えるという、まさに最後の日にうってつけの気象設定だ。
「……まぁ、なんというか。お前とは現実世界で会っても仲良くなれそうだな」
「そっか? まぁ、会ったらな」
「会ったらじゃなくて会いに行くからな」
「はいはい……。じゃあ、そろそろ終わりだな」
強制ログアウト間際になると、体中から青白い光が発せられる。テレポートと似たようなエフェクトだが、テレポートなどではなくログアウト時に発せられる物だったはずだった。
しかし、俺達の体から発生した光に違和感を感じた俺であった。
まったく別の光であるはずなのに、同一の……別のナニカが働いているのではないかと思ったのだ。
脳裏に思い出すのは終末の祠で聞こえた“逃がさない”という少女の声。
「……おい、なんだよ。これ、いつもと違うぞ」
ログアウト時は一気に体が消えていくのに対して、今回は足から消えていくという異常なケースだ。
このおかしな怪異に多くのプレイヤーは恐怖するが、なぜ、こんな感じになっているのか俺には思い当たる節があるので、冷静に現在の状況を考えて対策を練ることにする。
(強制ログアウトの時間になったら、こうなってしまったんだ……。ここで自主ログアウトをしたら怪異を回避することが可能かも知れない)
「みんな!! すぐにログアウトするんだ!」
周囲の人間に指令を出した直後に自分も異変に巻き込まれたくはないので、メニュー画面を開きログアウトボタンをクリック。
……だが、何も起こらない。それどころか押すことすら出来なかった。
「だめだ。全然、反応しねぇっ!?」
「ちぃっ……。このまま受け入れるしかねぇのか」
このまま消えたらどこに飛ばされるのだろうか。
これまた異世界なのか、それとも現実世界へ帰ることが出来るのか――。
事前に覚悟が出来ていたためだろうか。俺の心はやけに静まり返っており、運命を受け入れようとしていた。
“絶対に逃がさないよ。……りは……しぃ…から”