prologue
――VRMMORPGという物をご存知だろうか?
きちんと略さずに言葉にすると中々に多い文字の羅列になってしまうが、これについて簡単に説明する。
まず簡単な順に訳していくが、RPGは簡単に理解出来る人が多いだろう。ゲームの主人公となるプレイヤーキャラクターを操作し、仲間を増やして過酷な目的を達成するゲームの一種だ。
MMORPGというのは、それの派生版で全国のプレイヤーが同時に参加して冒険などをするオンラインゲームのことだ。正式名称は大規模多人数同時参加型オンラインRPGだったかな。
そして最後に、これが一番重要になるVRについて説明しよう。
実際に存在はしていないが、ユーザーの感覚を刺激することにより仮想現実を理工学的に作り出すことをVRと言う。
VRMMORPG。ゲーム世界での出来事が自分の体を使って体験することが出来る。そんな面白いゲームがこの世に存在する。
このゲームを開発した会社も安全を保障してくれているし、何も問題はない。
ゲーマー達は期待に胸を膨らませ、そのゲームを買いに走った。だが、どこもかしこも販売切れ。当初は予約で手一杯だということも普通にあった。
これはその有名なオンラインゲームを運良く入手することが出来た一人の少年のお話――。
◇
「……ということで、明日からは夏休みです」
七月の中旬――。
いつものように平凡で、いつものようにめんどくさい授業を終えて、帰りのSHRを受ける。
何の変哲もなく全然、面白くない日常。そんな生活に飽き飽きしていた俺こと『桐野竜也』。
現実世界に生きる価値を見出せなかった俺だったが、ある日、友人に勧められて買ったオンラインゲームがあった。
その名も『エリュシオン・オンライン』。
俺はそのゲームの影響を受け、やっと生きる意味を見出せたと思った。このゲームのおかげで生きる希望が出来たし、現実世界での俺も少しづつ明るくなってきたと自負している。
「はぁ……」
だが、それも今日で終わる。
せっかく生きる楽しみを見つけたというのに、終わってしまう。楽しみが目の前で奪われていく気分というのはこんなにも不愉快なものなんだなと改めて実感した。
そう、今日……二千三十年七月二十日をもって『エリュシオン・オンライン』は公式サービスを終えてしまうのだ。
当然の如く、お金を出したユーザー達は文句を言うだろうが、それよりもまず人気だったエリュシオンが終わってしまうという悲しみの方が強かった。なので、今日はさっさと帰って、思う存分遊び倒すつもりだ。
サービスが終了するその瞬間まで――。
「桐野君、どうかしましたか?」
「あ、いえ、明日から夏休みなんだと思うと嬉しくて仕方ないなーと思いまして」
「そうですか……? それにしては、溜め息をついていましたが」
苦笑気味に言い訳をする俺。
まさか、溜め息をついていたのがバレてしまっていたなんてな。思いもしなかった。一番後ろの席だから気づかれないって気を抜いてしまっていたな。
「では、終業式も長く疲れているでしょう。今日はこの辺で終わりにしておきましょうか。皆さん、夏休みの間に怪我だけはしないように。いいですね?」
先生の問いかけにクラスメイト達は「はい」と元気の良い返事をしていたが、俺はそんなことはせずにエリュシオンのことだけを考えていた。
一学期最後の登校日ということもあって、部活があったりするだろうが、今日は体調が悪いってことにして部活をサボろうかな。
「……竜也?」
「あ、あー、どうした?」
不埒な考えを張り巡らせていたせいか、急に声をかけられて驚いてしまう。
いつの間に目の前にまで来ていたのだろうか。俺の目の前には、大和撫子という四文字熟語が当て嵌まるような美少女が佇んでいた。
彼女の名前は『月島雪乃』。俺の幼馴染でもあり、学級委員長という役職に就いている女の子だ。
「どうしたじゃないわよ。それはこっちの台詞。今日は一段とぼうっとしてるけど、何かあったの?」
「……今日は一段と、って」
それはいつもの俺がきちんとしていないと言いたいのですかね。この幼馴染様は。
「当然じゃない。いつも授業は寝倒しているわ、人の話をちゃんと聞いていないわで苦労させられているのは私なんだからね」
「はい、そうでした」
鞄に荷物を詰めながら幼馴染の話を聞いている俺だったが、彼女の言うことは正しかった。授業はめんどくさくて聞く気がないため、ずっと寝ているし、人の話はきっちりと聞いていた試しがない。聞いていたとしてもほんの一部分だけということがざらにある。
「そのたびに私が困らされているんだからね? これからはきちんと自分のことは自分ですること、いい?」
「は、はい。努力します」
「なら良し」
まるで俺のお母さんのように立ち振る舞い、説教をしてくる雪乃。今回は学校ということもあり、短めの説教で済んだけれども本当なら長時間続くこともある。今までで一番長かった説教時間は二時間以上に渡る。それを俺は畏怖の思いを込めて『説教フルコース』と名付けている。
「……で、今日は何を考えていたのかしら? 魂が抜けたような顔を晒しちゃって」
「んー、気にすることはないよ。じゃあな、雪乃」
机の上に纏めていた荷物を流れるような動作で手に取り、教室から出て行く。このまま教室にいたところで、正直に話すまで立ち退いてくれないと思ったからだ。
「ちょ、ちょっと竜也!!」
「まったなー」
慌てて教室から顔を出す幼馴染を振り切るためにダッシュで廊下を走り、生徒用玄関まで向かう。
さっさと家に帰って『エリュシオン・オンライン』を限界時間ギリギリまで遊ぶためだ。今回ばかりは許してくれ。と心の中で幼馴染に謝ったりするが、どうせこの声が届いたりすることはしないのだろうな。
「たっだいま」
「……おかえり。意外に早かったね」
家に帰った俺を出迎えてくれたのは、義妹の亜美だ。
いつものようにソファーの上で雑魚寝しながらファッション雑誌を読んでいた。
「まぁな。とりあえず昼食は作って冷蔵庫に冷やしてあるから、それを食っておけよ。母さんはもうすぐ帰ってくると思うけど」
「りょーかい」
本当にわかっているのかわからない返答だが、わかっているのならそれでいいし、わかっていないのであっても別に構わない。
重度のシスコンだったりするのであれば、ちゃんとした返事をするまで追求したりするだろうが、俺はそこまでシスコンでもないし、正直、義理の妹にそこまで自分の時間を費やす気分にもならない。
……俺はそれよりもやることがあるんだ。
足早に階段を駆け上がり、自分の部屋の扉を豪快に開けて、机に上に置いているPCの電源ボタンを押す。
PCが立ち上がるまでに時間がかかるので、その間に『エリュシオン・オンライン』をする準備と制服から普通の私服に着替えを済ませてしまう。
これぞ少しの時間も無駄にしない最適な時間配分だ。
「さてと、そろそろ起動されたかな」
PCのデスクトップを覗き込んでみるが、何一つとして不自然な点は存在しない。きちんと立ち上げ終わったみたいだ。
「……よし、それじゃあさっそく始めますか」
ロックシステム付きの机の引き出しから『エリュシオン・オンライン』と表紙部分に書かれたケースを取り出し、中に入っていたディスクをコンピューターに入れる。そして同時にVRMMOで絶対的に必要になってくる仮想世界に行くために必要となるヘルメットのようなものを装着し、そこから伸びているケーブルをUSBアダプタにセットし、ベッドに寝転がる。
後はきちんとソフトが立ち上がっているのを確認してから、目を瞑ればゲームの開始だ。
ヘルメットにはモニターのような物があって、そこにソフトの起動状況などが表示される。
そして、ソフトが立ち上がった直後に表示されたのは、「あなたの名前は『キリュウ』で間違いないですか?」の文字。
その質問にはいと答え、ゲームが開始された。
(……ゲームスタート)
目を瞑ると同時に俺の意識はどこか別の場所へ飛ばされた。
このときは本当に遊び倒すことしか考えていなかった。……この選択が後にどんなことを引き起こすかも知らないで。