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神々の宵  作者: 望月満
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其ノ参

 俯く咲耶姫を見つめ、月読命は拳を握りしめる。

「人間とは不幸な生き物だな。何が嘘つきだ。この木に願えば叶うと、人間が一方的に思い込んでいるだけではないか」

 彼は童男を睨みすえ、やがてため息を吐き出す。

「いっそ伊邪那美(イザナミ)を呼び、この童男を黄泉へ送ろうか」

「なりません、月読命!」

 咲耶姫は鋭く叫び、傾ぐ身体を無理矢理立ち上がらせると、童男の元へ進む。

「……咲耶姫。しかし、それが最善と思わぬか?」

「思わないわ。死はどのような形であれ、悪しきこと。善いわけがないわ」

 咲耶姫は木の根元にひざまづき、童男の頭を優しく撫でる。泣き疲れたのか、童男は安らかな寝息をたてていた。

 やがてその手を離したかと思えば、咲耶姫はすくりと立ち上がり遥か頭上を見上げる。

風神(ふうじん)よ。そこに居るのだろう?」

 咲耶姫は大声で風の神の名を呼ぶ。と、どこからともなく強風が吹き荒れ、大量の桜の花が散る。流れる花弁は、虚空に薄紅の小川を作り上げていた。

 風に揺れる鈴の涼やかな音が響き渡る中、

「お呼びかな、姫様」

 褐色の肌をした男が、桜の枝に腰を下ろしていた。

 着物の胸元をはだけ、青灰色の長髪を結わえている彼は、冷ややかな灰色の瞳で咲耶姫と月読命を見下ろす。

「月の神、月読命に桜の女神、木花咲耶姫。美男美女揃って、一体俺になんの用かな?」

 唄うように風神は二人の名を呼び、微かに髪を揺らす。

「某は呼んでいないのだがな。咲耶姫、そなた何のつもりだ?」

 咲耶姫は月読命の問いには答えず、胸の前で手を組み風神を真摯に見上げる。

「風神、昨今街で流行っている病は、そなたがもたらしたものでしょう?」

「当たり前だ。俺は風とともに病も運ぶ。それがどうした?」

 風神は半笑いの顔で言葉を落とし、眉根を寄せる。

 咲耶姫は大きく胸を上下させ深く息を吸い、静かに告げる。

「では、そなたならば病を払い去ることも出来るのよね?」

 彼女の言葉に、月読命は目を瞠る。

「咲耶姫……!」

 自分を呼ぶ彼の声に、咲耶姫は微笑みながら振り向き、少しだけ頷いて見せる。

「それはそうだが、まさか流行り病を払い去れって言うのか?」

「そのまさかよ」

 咲耶姫の神妙な声音に、風神は虚を突かれたように驚き、やがてケケケッと寒風のような底冷えする笑い声を上げた。

「これはとんだお笑い草だ。あんたが何のために、そんなことを俺に頼む?」

 咲耶姫は俄に顎を引き、押し黙る。風神は意地悪い笑みを浮かべ、悠然と咲耶姫を見下げる。

「……咲耶姫は、そこにいる童男の母上を助けたいのだ。彼の母上は、流行り病で床に臥せっているらしい」

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