表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神々の宵  作者: 望月満
1/7

其ノ壱

 宵闇を流れる微風の中を、ひとひらの蝶が優雅に舞う。その鱗粉は白い光の粒子となり、雪のように煌めきながら落下していく。風を孕む薄い羽は鮮やかな薄花桜を放ち、しとやかな冬の青空を彷彿とさせた。

「ほお。まことに美しい。闇の中を舞うとは、稀有な胡蝶だな」

 そんな美しい蝶に魅了されてか、一人の男がその羽を追う。

 若い男だった。目を引く透き通るような銀髪と、光沢を帯びた同色の瞳。闇の中で発光するように輝くそれは、虚空から静かに地上を照らす月を思わせる。

 低空を揺蕩(たゆと)う蝶を追っていた彼は、視界の隅を泳いだ淡い紅色にふと顔を上げる。薄紅のそれは、小さな花弁であった。微笑むように柔らかな色をしたそれは、そここの闇を鮮やかに染め上げる。男は花弁を視線で辿り、その先にそそり立っていた明媚な桜の木に感嘆の吐息を漏らす。

「あら、このような時刻に客人とは珍しいわね」

 桜の根本に歩みよった男へ、唐突に若い女の声が落ちてくる。

「……その声は、木花咲耶姫(コノハナサクヤヒメ)か」

「そうよ。久しいわね、月読命(ツクヨミ)

 満開の桜を見上げる男の前に、桜色の衣を纏った女性が微かな鈴の音と共に霧のように姿を現す。

 漆細工のような艶のある黒髪を持つ、優艶な美女であった。彼女の桜の花に彩られた頭の上へ、薄花桜の蝶が羽を休める。

「その胡蝶に導かれここまで来たのだが、咲耶姫の使いであったか」

 月読命は白くすらりとした指で蝶を示し、咲耶姫はうっすらと笑みを浮かべる。

「ええ。美しいでしょう?」

 彼女の声に促されるように、蝶は闇へと身を躍らせる。二人が見つめる中、蝶は桜の木の枝に結ばれた鈴に止まり静止する。よく見ると、まちまちの色と形をした数多の鈴が、桜の枝に結ばれていた。

「咲耶姫、これらの鈴は何だ?」

「それは、人間たちが願掛けをしているのよ。私に願いを叶えて貰おうと、鈴を結んでいくの」

 咲耶姫の言葉に、鈴を仰いでいた月読命は嘲笑するように喉を震わせる。

「咲耶姫はこの木の守り神であって、願いを叶えられる訳ではないというのに。全く、人間というのは愚かしい生き物だ」

 月読命の笑いに気分を害したのか、咲耶姫は頬を膨らませる。

「笑ってはなりません。願を掛けに来る人間は皆、心の底から私を信じ、信仰しているのよ。それを馬鹿にするそなたの方が、よほど愚かしいわ」

 彼女はふいと余所を向き、憂愁な面持ちで言葉を続ける。

「それに、人間が叶わぬ願いを私に語りかける度、自分の無力さに苛まされてしまうの。仮にも女神である私が、人間一人の願いさえまともに叶えられないなんて」

 自嘲するように、咲耶姫は片頬をつり上げる。月読命は僅かに(かぶり)を振りながら、瞼を伏せる彼女の横顔を見つめる。

「仕方のないことだ。たとえ神であろうと、万能ではないのだから」

 月読命の言葉に、咲耶姫は顔を上げ彼を振り向く。烏の濡れ羽色をした瞳が、真っ直ぐに月読命を見上げた。

「月読命は――」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ