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初めて手をつないだ日のことでも話そうか。
夏休みの三分の一が終わった頃だ。
夏休みになると毎日補習授業や部活で途端に忙しくなった。
何日も言葉を交わせないことだってあった。
こんなとき、彼女は何を思っているのだろう?
たまにそんなことをボーっと考えて、先輩に叱られた。
僕たちの町には花火大会がある。
なかなか二人になれる時間がなかったので、久しぶりのデートだった。
その日彼女はあじさい柄の浴衣を着ていた。
普段淡色ばかりのメルヘンさんが、艶やかな紫色の浴衣だったのだ。
それだけではなく、普段は下ろしている髪の毛を後ろで一つに縛っていた。
女の人にしてみれば、それだけのことかもしれないが、男にとってそれは大事件だ。
「へ、変かなぁ?」
彼女は恥ずかしそうにそう言った。
少し頬を紅くしたその表情がやけに乙女チックで可愛かった。
「すごく似合ってるよ」
彼女はさらに顔を紅くして、ぱたぱたしながら言った。
「拓也君も」
その日僕は一日中部活だったので、制服のままだった。
いまになって制服姿をほめられるとは思いもしなかった。
そして花火が始まるまで屋台を回った。
屋台の通りはすごい人ごみで、前に進むのもやっとだった。
しばらく歩くと急に人ごみが途切れた。
周りには屋台もなく人影もまばらだった。
「もう少し歩かない?」
僕と彼女はほとんど誰もいない砂利道を進んだ。
久しぶりに二人きりだからなのか、それとも彼女の格好がいつもと違うからなのか、少しだけ緊張し た。
ヒュルルルルルル……ドーン
とても心地よい音が体に響いた。
「きれ~。」
彼女はそう言いながら僕の袖をつかんだ。
一瞬戸惑ったが、思い切ってその手を握った。
女の子と手を握るのは小学校の運動会でやったフォークダンス以来だと思う。
花火が終わるまでの約三十分間、手をつないだまま、二人で空を見上げた。
帰りにりんご飴を彼女に買ってあげた。
なぜかって?
想像してみてほしい。
自分の好きな人がいつもと違う格好で、それが浴衣で、手にはりんご飴を持って……。
男の人になら分かってもらえるだろう。
え? 綿菓子派?
それも考えたが、いまどきの綿菓子は袋に入ってしまっているのだ。
袋入りの綿菓子じゃあなんだかよく分からない。
予想以上に彼女は絵になった。
暗闇の中で屋台の灯りを背中に浴び、嬉しそうにりんご飴を舐めている。
「私ね、りんご飴のりんごって、元々この大きさだと思ってた。……あ、でもすごく小さい頃だから!」
あわてて付け足したのだが、いつもそのくらいのことを平気で言っている彼女が何を恥ずかしがることがあるのだろう、と思った。
帰りは彼女を家まで送っていった。
その途中で彼女は言った。
「次はいつどっか連れてってくれてくれるの?」
表情は見えなかったが少し声のトーンが低かった。
こんなメルヘンさんは初めてだった。
会えないとき、寂しいと思ってくれてるのかなぁって考えて思わずニヤけてしまった。
「そうだなぁ……メル……じゃなくて朝日さんが寂しくなったら教えて。どこにでも連れてくよ」
ちょっと鎌を掛けたつもりだった。
「ほんと!?」
驚くほど素直に乗ってくれた。
「じゃあまた電話するね」
そう言って彼女は家に入っていこうとした。
「朝日さん」
僕は彼女が振り向いたところを携帯電話のカメラで撮った。
「あ~!」
「おやすみ」
僕はそう言って彼女に背を向けた。
その後ろでメルヘンさんはぱたぱたしていた。
もちろんこの日から僕の待ち受け画像はメルヘンさん浴衣ver.だ。