メ
高校二年の夏。
僕、杉浦拓也にはじめての彼女ができた。
彼女の名前は朝日茜。
あだ名はメルヘン。
なぜそんなあだ名なのかって?
じゃあそれについて少しだけ。
彼女の声はとても特徴的だ。
アニメチックというか・・・メルヘンチック。
透き通った高い声でどこにいてもすぐ耳に入ってくる。
そして、容姿。
すらっと長い足に華奢な体つき。
私服は主に淡色のワンピースでお花柄。
上にはこれまた淡色のベスト。
それを見るたびに、麦藁帽子をかぶせて、お花畑に連れて行ってあげたくなる。
極めつけは動き。
いつもぱたぱたしている。
友達と話しているときにぱたぱた。
先生と話しているときもぱたぱた。
体育のときだってもちろんぱたぱた。
断っておくが、メルヘンというあだ名は僕がつけたわけではない。
彼女の友達がつけたのだ。
抜群のセンスの持ち主だと思う。
だってメルヘン以外のあだ名はありえないんだから。
付き合うまでのいきさつ?
ちょっと恥ずかしいからこれも少しだけ。
僕たちの学校には居残り学習というものがある。
受験までまだ一年あるけど、県下でも有数の進学校である僕たちの学校では、二年生のうちから学校に残って勉強する人が少なくない。
普段は僕も部活で忙しいのだが、その日は雨で部活がなかった。
教室で居残りをしていて、気づいてみると、残っているのは僕とメルヘンさんだけだった。
少しするとメルヘンさんは帰る仕度をして教室を出て行ってしまった。
一人残るのも寂しいので、僕も帰ることにした。
駐輪場に行くと、まだメルヘンさんがいた。
何か困っているようだった。
「どうかした?」
進んで女の子に声を掛けるタイプではなかったが、僕からしたら相手はおとぎの国の住人だ。
「自転車がないの。」
鍵はかけていただろうし、誰かが乗って行ってしまったという可能性は低かった。
「どんな自転車?」
そうして僕はメルヘンさんの赤い自転車を探した。
しかし、結局見つからなかった。
「家の人に迎えに来てもらったら? 雨だしさ」
ん?雨?そういえば朝から降っていたような……。
「メル……じゃなくて朝日さん。今朝どうやって来たの?」
「……あ!」
さすがはメルヘンさん。
「私昨日、自転車新しくしたんだった」
さすがはメルヘンさん。
そして事件は解決した。
家が近いそうなので、二人で傘を差しながら、自転車を引いて帰った。
メルヘンさんの自転車は黄色だった。
その日を境に、僕とメルヘンさんはクラスでもよく話すようになった。
しばらくして、僕は彼女に告白した。
好きだ! という感情よりも、もっと一緒にいたい! という感情が強かった。
こうして僕は、おとぎの国の住人、メルヘンさんこと朝日茜さんと付き合い始めた。
彼女と付き合い始めて僕の生活はずいぶん変わった。
なんだか毎日、すごく体が軽い。
小さい子って寝る前におとぎ話とか読んでもらうよね?
そしたらすぐに眠りにつける。
きっと、お母さんお父さんの声や、その物語の内容から《安らぎ》を受け取っているからだと思う。
僕にとってメルヘンさんは《安らぎ》そのものだ。
彼女が隣にいるだけで、何も介さず直に《安らぎ》を感じられる。
だから、一緒にいればいるほど、もっともっと一緒にいたくなる。
あ、ちょっとのろけ過ぎちゃったかな。
とにかく毎日が楽しい。
初めてのデートの話をしようか。
僕はメルヘンさんと動植物公園に行った。
ホントは、コスモスやひまわりが咲き乱れる場所が良かったんだけど、最初のデートがそんなとこじゃあクサ過ぎると思ってやめた。
入り口で僕は彼女にプレゼントをした。
薄ピンクの帯が付いた麦藁帽子。
「わぁ! ありがと~!」
彼女は嬉しそうに被ってくれたが、きっとそれを見た僕のほうが、何倍も嬉しかったと思う。
その公園にはコスモス畑があった。
もちろん調べたから知っていたわけだが。
メルヘンさんとコスモスと麦藁帽子。
青と赤と黄色で信号みたいな一体感。
え? 例えが悪い?
う~ん……じゃあスイカとセミとソーダで夏のような一体感……。
まぁとにかく僕の心は弾んだ。
「すっごく綺麗! こんなにコスモスに囲まれたの初めて!」
彼女はぱたぱたしながら言った。
しかし僕は知っていた。
彼女が着ているワンピースの花柄はコスモスだ。
コスモスに囲まれるどころか包まれているではないか。
ま、それは置いといて、彼女は本当に楽しそうだった。
その姿は、純粋無垢、天真爛漫といった言葉がぴったりだった。
お昼はコスモス畑が一望できるレストランに入った。
「こんなに景色がいいと、ただの水でもおいしく感じるね」
水の容器には「当店の水は○○山の湧き水です」と書いてあった。
幸いにも、店員さんに気づかれてはいなかった。
僕はトマトパスタを、彼女はシーフードサンドを頼んだ。
「やっぱり魚もおいしい!」
この動植物園は山の中にあり、生けすがあるわけでもない。
山の中でシーフードサンドを出す店もどうかと思うが……。
メルヘンさんは微妙に全てがズレている。
けどそこが、メルヘンさんがメルヘンさんたる由縁だ。
帰りは彼女を家まで送っていった。
「今日はありがとう。ホントに楽しかった!」
彼女は裏表のない人間だと思う。
目を見れば分かる。
だから僕も100パーセント彼女の言葉を受け入れられる。
一人帰り道。
彼女の全てが僕の体中を駆け巡っていた。