第9話 噂という名の評価
翌朝、教室に入った瞬間、空気が少しだけ違うことに気づいた。
視線が、集まる。
だが、昨日までのそれとは質が違う。
「……解析の」
「昨日の実習、指示出してたって」
「でも前には出てないらしい」
小声。断片的な情報。尾ひれのついた事実。
――噂は、早い。
前世でも何度も見た光景だ。成果が共有されるより先に、評価だけが独り歩きする。正確さは二の次で、「分かりやすさ」が優先される。
俺は何も言わず、席に着いた。
セリアが少し遅れて入ってくる。彼女は一瞬こちらを見て、軽く肩をすくめた。
「もう広まってるみたいね」
「……そうみたい」
「放っておけばいいわ。変に弁解すると、余計に面倒になる」
彼女の言葉は、経験から来ているのだろう。天才と呼ばれる立場には、それなりの苦労がある。
ミナも、少し緊張した面持ちでやって来た。
「お、おはようございます……。あの、アルトさん」
「おはよう」
「昨日の……その……」
言い淀む。
「助かりました。回復のタイミング、すごくやりやすくて」
その言葉に、胸の奥が少しだけ温かくなる。
「こちらこそ」
それ以上は、言わなかった。
◆
午前の座学は、魔法陣構築の基礎だった。
教師が黒板に描く陣は、標準的なものだ。安全性を重視し、多少の無駄を許容した設計。初心者向けとしては、理にかなっている。
だが。
――ここ、削れる。
――ここ、意味が重複してる。
俺はノートに、小さく印を付けていく。
ふと、隣の席から視線を感じた。
「……それ、何書いてるの?」
声をかけてきたのは、別の班の男子生徒だった。風属性で、実技の評価が高いと噂されている。
「ただのメモ」
「ふーん」
彼は少しだけ身を乗り出す。
「解析ってさ。昨日、先生に褒められてたよな」
褒められてはいない。だが、訂正する気にもならなかった。
「指示出して、上手くいったんだろ? 楽だよな。自分は戦わなくて」
悪意は薄い。だが、刺はある。
俺は一瞬考え、静かに答えた。
「楽じゃないよ。責任が増えるだけだ」
「……は?」
「間違えたら、前に出てる人が怪我する」
彼は言葉に詰まり、視線を逸らした。
――これも、評価の一部だ。
理解されない力は、誤解されやすい。
◆
午後の実習。
今日は、班ごとの自由課題だった。目標設定から、役割分担、討伐までをすべて任される。
班が集まる。
「どうする?」とガルド。
セリアが俺を見る。
「アルト。今回は、全部任せる」
その言葉に、ミナが小さく頷いた。
責任が、肩に乗る。
――逃げる理由は、ない。
「模擬魔獣は三体。地形は平地。だから、奇策はいらない」
俺は簡潔に言った。
「セリアは抑制。全力は最後」
「了解」
「ガルドは前に出すぎない。誘導役」
「任せろ」
「ミナは回復を厚めに。長期戦になる」
開始。
魔獣が動き出す。予想通りの展開。だが、途中で一体の挙動が変わる。核の反応が、わずかに強い。
「……変異個体だ」
「え?」
「動きが違う。注意」
言った直後、魔獣が突進する。速度が速い。
「右!」
ガルドが受け止めるが、衝撃が大きい。
「ミナ、今!」
回復が間に合う。
「セリア、最後!」
火が収束し、核を焼く。
残りは、問題なく処理できた。
討伐完了。
息を整える中、周囲から小さな拍手が起こる。教師ではなく、生徒たちからだ。
「今の、きれいだったな」
「無駄な動き、なかった」
派手ではない。だが、確かに“評価”だった。
◆
実習後、ローディアスが近づいてくる。
「アルト」
「はい」
「噂が立つのは、避けられん」
唐突な言葉。
「良い噂も、悪い噂もだ。だが――」
一拍置く。
「今日の判断は、正確だった。変異個体に気づいたのもな」
俺は、静かに頷いた。
「一つ忠告しておく」
ローディアスは、低い声で続ける。
「評価は、武器になる。同時に、盾にもなる。だが、振り回されるな」
「……はい」
教師はそれだけ言って去っていった。
◆
その夜、寮の部屋で、俺はノートを閉じた。
噂が立った。
評価が生まれた。
だが、まだ不安定だ。
解析は、まだ補助だ。
まだ、主役じゃない。
それでいい。
前に出ないからこそ、見えるものがある。
目立たないからこそ、積み上げられる。
俺は、窓の外の学園を見下ろした。
噂という名の評価が、静かに広がっていく。
それは、追い風にも、逆風にもなる。
――だからこそ。
揺るがない土台を、作る。
解析は、流行りじゃない。
だが、必需品になる。
そうなるまで、俺は静かに歩く。
歯車は、確実に増え始めていた。
本話もお読みいただき、ありがとうございました!
少しでも続きが気になる、と感じていただけましたら、
ブックマーク や 評価 をお願いします。
応援が励みになります!
これからもどうぞよろしくお願いします!




