第8話 教師の視線
次の実習は、前回よりも少しだけ難度が上がっていた。
模擬魔獣の動きが複雑になり、地形も変化する。足場が不安定な岩場を想定した訓練区画で、班ごとの連携が試される内容だ。
開始前、ローディアスが全体を見渡しながら告げる。
「今回は、指示役を固定しない。各班、状況に応じて判断しろ」
視線が、一瞬だけ俺に向いた。
――見られている。
そう感じたのは、俺だけじゃなかったらしい。セリアが、ちらりとこちらを見て、小さく頷いた。
「アルト。今日は最初から言って」
「分かった」
開始の合図。
模擬魔獣が起動し、岩陰から現れる。前回より数が多い。二体、いや三体か。
「右、来る!」
ガルドが声を上げる。土属性の防御壁が展開されるが、魔獣の動きが早く、完全には止めきれない。
俺は、視線を巡らせる。
魔力の流れ。
地面に残る残滓。
模擬魔獣の核に集まる不自然な集中。
「セリア、火は散らす。一点集中は後」
「了解!」
詠唱が変わる。火球は小さく、数が増え、進路を塞ぐように配置される。
「ミナ、回復は温存。次、ガルドに衝撃来る」
「……分かりました!」
数秒後、予測通りに衝撃が走る。ミナの回復が間に合い、ガルドが踏みとどまる。
「よし!」
連携は、前回より明らかに良くなっていた。
――だが。
その瞬間、岩場の一角が崩れ、足場が傾く。魔獣の一体が、予想外の角度から突っ込んでくる。
「っ!」
セリアが反応するが、詠唱が間に合わない。
「下、踏み抜く!」
俺の声に、ガルドが即座に体勢を変える。土の隆起が間に合い、全員が崩落を免れた。
魔獣の動きが鈍る。
「今!」
ガルドの一撃が核を捉え、残りはセリアの火で仕留める。
討伐完了。
息を整える班の前に、ローディアスが歩み寄ってきた。
「……アルト」
低い声。
「今の判断。根拠は?」
前回と同じ質問。だが、空気は違った。
「地面に残っていた魔力の流れです。結界の補強が弱く、荷重が集中していた。魔獣も、そこを通るよう誘導されていました」
ローディアスは、しばらく黙っていた。
やがて、短く頷く。
「観察力、判断速度、伝達。――解析は、現場でも機能する」
周囲の生徒が、ざわつく。
「教師に褒められた?」
「解析って、ああいう使い方……?」
だが、ローディアスは続けなかった。
「評価は、まだだ」
そう言い残し、他の班の方へ向かう。
完全な肯定じゃない。
だが、否定でもない。
――それでいい。
◆
実習後、俺は一人、廊下を歩いていた。
石の壁に囲まれた長い廊下。窓から差し込む光が、床に細い線を描いている。
「……アルト・レインフォード」
呼び止められ、振り返る。
ローディアスだった。
「少し、時間はあるか」
「はい」
小さな部屋に通される。机と椅子だけの、簡素な応接室だ。
ローディアスは腰を下ろし、腕を組む。
「解析適性は、扱いが難しい」
唐突な言葉だった。
「使い方次第で、支援にも、指揮にもなる。だが、誤れば……机上の空論で終わる」
俺は黙って聞く。
「君は、前に出ないな」
「……出る理由が、ないので」
正直な答えだった。
ローディアスは、ふっと鼻で笑った。
「賢い。無謀より、よほどいい」
一拍置いて、続ける。
「だが、覚えておけ。理解するだけでは、世界は動かない。――人を動かす必要がある」
その言葉は、前世の記憶に、静かに刺さった。
理解しても、伝わらなければ意味がない。
正しくても、採用されなければ現実は変わらない。
「期待はしない」
ローディアスは言った。
「だが、注目はする」
それは、教師なりの評価だった。
◆
その日の夜。
寮の部屋で、俺はノートを広げていた。実習で気づいた点、地形と魔力の関係、班の動き。
解析は、確実に積み上がっている。
だが、同時に分かる。
――まだ、足りない。
理解は力になる。
だが、それだけでは、誰も従わない。
俺は鉛筆を置き、窓の外を見た。
学園の灯りが、静かに揺れている。
この場所で、信頼を積み上げる。
解析を、“使える力”だと、証明する。
そのために、まだやることは多い。
歯車は、回り始めたばかりだ。




