第7話 噛み合い始めた歯車
実習が終わったあとも、班はその場に残されていた。
模擬魔獣はすでに停止し、結界も解除されている。だが、誰もすぐに動こうとしなかった。空気だけが、妙に張りつめたままだ。
最初に口を開いたのは、セリアだった。
「……さっきの」
彼女は、少しだけ言い淀み、それから俺を真っ直ぐ見た。
「偶然じゃ、ないのよね?」
「……多分」
俺は曖昧に答えた。自信満々に言えるほど、まだ自分の力を把握しきれていない。
セリアは腕を組み、少し考え込むような仕草をした。
「私、自分の魔法は安定してるって思ってた。少なくとも、同年代の中では」
「実際、威力は高いです……」とミナが控えめに口を挟む。「でも、詠唱のたびに、揺れが出てました。私、回復のタイミング合わせづらくて……」
セリアは、はっとしたようにミナを見る。
「……気づいてたの?」
「い、いえ……なんとなく、です」
ガルドが頭を掻いた。
「俺は正直、細かいことは分からねえ。でもよ」
彼は、さっきまで戦っていた場所を見つめる。
「今日は、いつもより楽だった。攻撃の流れが、読みやすかった」
その言葉に、セリアは小さく息を吐いた。
「……解析、ね」
彼女は俺の方に向き直る。
「アルト。次から、最初に言って。指示があるなら」
それは、命令でも、見下しでもなかった。
――頼み。
胸の奥が、わずかに熱くなる。
「分かった」
短く答える。
その様子を、少し離れた場所からローディアスが見ていた。腕を組み、表情は読めない。
「よし、解散だ」
教師の声で、ようやく緊張が解ける。
「今日の評価は、後で伝える。だが一つだけ言っておく」
ローディアスの視線が、俺に向いた。
「解析は、机上の空論ではない。――少なくとも、今日の実習ではな」
それだけ言うと、彼は踵を返した。
周囲から、小さなどよめきが起こる。
「今の、評価じゃない?」
「解析、意外と……?」
だが、その声はすぐに別の話題にかき消されていった。火属性の派手な成功談、風属性の高速詠唱。話題の中心は、相変わらず分かりやすい力だ。
俺たちは、自然と教室へ戻る流れになる。
◆
昼休み。
石造りの中庭の一角で、俺は簡素な昼食を広げていた。母が用意してくれたパンと干し肉。前世のコンビニ弁当より、ずっと温度がある。
「隣、いい?」
声をかけられ、顔を上げる。
セリアだった。
「どうぞ」
彼女は俺の向かいに腰を下ろし、少し間を置いてから口を開く。
「ねえ。解析って、どこまで分かるの?」
核心を突く質問だった。
「……全部じゃない。今は、魔力の流れと、無駄な部分くらい」
「未来は?」
「分からない」
正直に答えると、セリアは小さく笑った。
「そういうところ、嫌いじゃない」
意外な言葉だった。
「自分の才能、全部分かってるって顔する人、多いから」
彼女はパンを一口かじり、続ける。
「私、火属性で生まれた時から“期待されてた”。強くて当然、上手くできて当然。だから、失敗すると……理由を探される」
ふっと視線を逸らす。
「今日みたいに、“構造の問題”って言われたの、初めてだった」
俺は黙って聞いていた。
前世でも、似たことがあった。結果だけを見られ、過程を見てもらえない。理由を説明しても、「言い訳」として片付けられる。
「……助かった」
セリアは、ぽつりと言った。
「ありがとう」
その言葉は、試験のときのどんな評価よりも、重かった。
◆
午後の座学。
魔法理論の基礎。属性相関。詠唱構造。
教師の説明を聞きながら、俺は黒板を見つめていた。
――やっぱり、ここも。
図に描かれた魔法陣。説明されている理論。どれも間違ってはいない。だが、効率が悪い。安全側に寄せすぎている。
前世で言うなら、無駄に冗長な手順書だ。
理解できる。
だが、言わない。
今ここで口に出せば、「生意気」で終わる。解析は、まだ信頼を得ていない。
俺はノートに、静かに書き留める。
“なぜこうなっているのか”
“どこが削れるのか”
気づけば、鐘が鳴っていた。
授業が終わり、生徒たちが動き出す。俺はノートを閉じ、深く息を吐いた。
今日一日で、世界は何も変わっていない。
それでも。
歯車が、一つだけ噛み合った感覚があった。
評価されない力は、まだ脇役だ。
だが――。
確実に、必要とされ始めている。
俺は席を立ち、教室を後にした。
この学園で、静かに、だが確実に。
解析という歯車が、回り始めていた。




