第6話 最初に役に立った日
入学通知が届いたのは、試験から三日後だった。
厚手の封筒を開いた母が、小さく息を呑む。その反応だけで、結果が分かってしまう気がして、俺は一瞬だけ視線を逸らした。
「……合格、よ」
その声は、少し震えていた。
俺は封書を受け取り、中身を確認する。入学許可証。学籍番号。クラス配属。
そして、備考欄に短く書かれた一文。
『特記事項:解析適性』
それだけだ。
称賛も、期待も、注意書きもない。事務的な一行。だが、それで十分だった。
――俺は、学園に入った。
◆
初登校の日、魔法学園の中は思った以上に騒がしかった。
中庭では、すでに何人もの新入生が集まり、互いに様子をうかがっている。派手なローブ、装飾の多い杖、いかにも「才能があります」と言わんばかりの雰囲気。
俺はその中を、できるだけ目立たないように歩いた。
教室は、石造りの建物の二階にあった。広く、天井が高い。窓から差し込む光が、床に幾何学模様を描いている。
指定された席に座ると、周囲から視線を感じた。
「……あれが解析?」
「地味だな」
「魔法、撃てないんだろ?」
囁き声。悪意は薄いが、興味本位の距離感だ。
前世と同じだな、と思った。
評価が定まらない人間は、噂の対象になる。
ほどなくして、担任らしい教師が入ってきた。
「静かに。今日から君たちは、正式な学園生だ」
低く、落ち着いた声。ローディアス・ヴェルナー。名を名乗り、簡単な説明を終えると、彼は黒板に一つの言葉を書いた。
『班実習』
「学園では、個人の力と同じくらい、連携を重視する。魔法は一人で完結するものではないからだ」
その言葉に、教室がざわつく。
「これから、簡単な実習を行う。四人一組。属性が偏らないよう、こちらで指定する」
嫌な予感がした。
「……アルト・レインフォード」
やはり、呼ばれる。
「ミナ・エルシア」
「ガルド・ヘインズ」
「セリア・アルヴェイン」
最後の名前で、教室が一瞬ざわめいた。
セリア・アルヴェイン。試験で火属性上位判定を出した、あの天才だ。
視線の先で、赤みがかった髪の少女が、静かに立ち上がった。表情は落ち着いているが、こちらを見る目は、少しだけ警戒している。
――まあ、そうなるよな。
実習場は、校舎裏の訓練区画だった。簡易的な結界が張られ、魔獣の模型や可動式の的が配置されている。
「課題は単純だ」
ローディアスが告げる。
「模擬魔獣を想定し、討伐までの流れを組み立てろ。戦闘、補助、連携。すべて評価対象だ」
班ごとに散開する。
俺たちの班は、自然と微妙な距離感のまま立ち止まった。
「……で、どうする?」
最初に口を開いたのはガルドだった。土属性で前衛タイプ。木剣を肩に担いでいる。
「普通にやればいいんじゃない?」とセリア。「私が前で焼いて、ガルドが押さえる。ミナは回復」
視線が、俺に向く。
「……解析は、後ろで見てれば?」
悪気はない。合理的な判断だ。
俺は一瞬考え、頷いた。
「うん。まずは、それで」
実習が始まる。
模擬魔獣が起動し、ぎこちない動きでこちらに向かってくる。セリアが詠唱し、火球を放つ。威力は十分だが――。
「……っ」
俺は、思わず声を漏らした。
火球が、わずかにブレている。魔力の流れが不安定だ。出力が一定じゃない。
ガルドが前に出て、防御の構えを取るが、魔獣の動きが予想より速い。
「ミナ、回復準備!」
「は、はい!」
連携は悪くない。だが、どこか噛み合っていない。
――原因は、見えている。
「セリア」
俺は、思わず声をかけた。
「詠唱、三語目。力を乗せすぎてる。今は抑えて」
「……は?」
一瞬、セリアの集中が揺らぐ。
だが、次の瞬間、彼女は歯を噛みしめ、言われた通りに詠唱を調整した。
火球が放たれる。
今度は、真っ直ぐだった。
魔獣の動きが止まり、ガルドの一撃が決まる。
沈黙。
実習場の端で見ていたローディアスが、わずかに眉を上げた。
「……今の、何?」
セリアが、俺を見る。
「……言われた通りにしただけ。でも、魔力が……安定した」
ミナが、小さく呟く。
「無駄な揺れ、消えてました……」
ガルドは、ぽかんとした顔で俺を見た。
「なあアルト。今の、偶然か?」
俺は、少しだけ迷ってから答えた。
「……構造の問題だと思う。セリアの魔法、強いけど、常に全力で流してる。だから、制御が難しくなる」
言い終えたあと、場の空気が変わったのを感じた。
セリアは、じっと俺を見つめている。驚きと、戸惑いと、わずかな――興味。
「……それ、最初に言ってよ」
「ごめん。言うタイミングが……」
ローディアスが、こちらに歩み寄ってきた。
「アルト・レインフォード」
低い声。
「今の指示、根拠は?」
俺は、正直に答えた。
「魔力の流れが、見えました。詰まりと、過剰な部分が」
教師は、少しだけ黙り込んだあと、短く言った。
「……続けろ」
実習は、その後も続いた。
俺は前に出ない。ただ、必要なときに、短く言葉を投げるだけだ。
「今、左」
「回復、少し遅らせて」
「その動き、次は来ない」
班の動きが、少しずつ噛み合っていく。
討伐が終わったとき、セリアが息を整えながら言った。
「……ねえ、アルト」
「なに?」
「その解析、使えるわ」
初めて、はっきりとした評価だった。
派手じゃない。
歓声もない。
でも――。
俺は、確かに役に立った。
胸の奥で、静かに何かが積み上がる。
評価されない力が、初めて“居場所”を得た瞬間だった。
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