第5話 評価されない力
試験がすべて終わったあと、中庭には妙な静けさが残っていた。
派手な魔法の余韻だけが、空気の中に薄く漂っている。焦げた匂い、湿った石畳、まだ完全に消えきらない魔力の揺らぎ。それらが混ざり合って、ここが“選別の場”だったことを強く主張していた。
受験者たちは、三々五々に集まり始めていた。
「火、上位判定だった!」
「風だけど、実技点高いって言われたぞ」
「光属性は、やっぱり扱いが違うな……」
声は自然と弾む。結果が“分かりやすい”者たちの声だ。
俺は、その輪から少し離れた場所に立っていた。
補助区画組は、だいたい同じ空気をまとっている。合格はしている。だが、胸を張れる感じでもない。褒められたわけでも、期待されたわけでもない。
ただ、「問題なし」と処理された感覚。
「……解析、だったよね」
小さな声がかかった。
振り返ると、さっき同じ区画にいた少女が立っていた。水色の髪、落ち着かない視線。杖を胸に抱えている。
「うん。君は?」
「ミナ。回復」
短いやり取り。それ以上、言葉は続かなかった。お互いに、どう距離を詰めていいか分からない。
しばらくして、鐘の音が鳴った。
高く、澄んだ音。中庭全体に響き渡り、ざわめきが自然と収まっていく。
壇上に、一人の男が立っていた。
学園長だ。
背は高く、白髪混じりの髪を後ろに流している。派手な装いではないが、そこに立つだけで場が締まる。言葉にしなくても分かる、“長くこの場所を見てきた人間”の重み。
「本日の入学試験、お疲れさまでした」
低く、よく通る声だった。
「結果については、正式な通知を後日送付します。ですが、今日ここで一つだけ伝えておきたいことがあります」
視線が、受験者たちをゆっくりと見渡す。
「魔法学園は、“強い魔法”を持つ者だけの場所ではありません。――もっとも」
一瞬、言葉を切る。
「現実として、評価されやすい力と、そうでない力があるのも事実です」
その言葉に、空気が張りつめた。
俺は、無意識に拳を握っていた。
「派手で分かりやすい力は、称賛されやすい。戦える力は、重宝される。だが」
学園長は、中央区画ではなく、補助区画の方を見た。
「それだけが、魔法ではない」
一部の教師が、わずかに視線を交わす。
「学園は、才能を選別する場所であると同時に、才能の“使い道”を探す場所でもあります。今日、評価されなかったからといって、価値がないわけではない」
綺麗な言葉だ。
だが、俺は知っている。
現実は、もっと単純で、もっと冷たい。
学園長の話が終わり、解散が告げられる。受験者たちは親の元へ戻り、結果の話に花を咲かせる者もいれば、静かに帰路につく者もいた。
俺も、母の姿を探す。
少し離れた場所で、彼女は立っていた。表情は読み取りづらいが、俺を見つけると、ほっとしたように歩み寄ってくる。
「どうだった?」
「……分からない」
正直な答えだった。
母は少しだけ困ったように笑い、それでも俺の頭に手を置いた。
「そう。でも、帰ろう。今日は疲れたでしょう」
帰り道、言葉は少なかった。
夕方の空は赤く、学園の白い建物をゆっくりと染めていく。歩くたびに、足元の石畳から、微かな魔力の残滓を感じた。試験の痕跡だ。
俺は、それを無意識に“読んで”いた。
どんな魔法が使われ、どこで力が無駄になり、どこが危うかったか。
――考えてしまう。
前世でもそうだった。会議のあと、誰も気にしない数字のズレや、言葉の裏の意図を、勝手に拾ってしまう。
評価されない力。
だが、俺はもう知っている。
この力が、確かに“存在している”ことを。
家に着き、部屋に戻ると、俺は鞄から試験で使った簡易資料を取り出した。何気なく書かれていた魔法陣の図。その線の太さ、間隔、角度。
――ここ、無駄が多い。
――この配置、効率が悪い。
気づいた瞬間、背筋がぞくりとした。
俺は、魔法を“使えない”。
だが、魔法が“どう作られているか”は、少しずつ見えてきている。
なら。
評価されなくてもいい。
今は、理解する。
誰にも期待されなくても、積み上げる。
俺は机に向かい、紙と鉛筆を手に取った。
前世では、一度も報われなかった行為。
――考えること。
だが、この世界では、それが力になるかもしれない。
静かな部屋で、鉛筆が紙を擦る音が響く。
評価されない力が、ゆっくりと形を取り始めていた。




