第4話 補助区画
補助区画は、中庭の端にあった。
石畳はここだけ少し粗く、中央の台座のような華やかさはない。簡易的に組まれた木柵の内側に、いくつかの的と、傷だらけの訓練用具が置かれているだけだ。
俺のほかにも、数人が集められていた。
回復属性。
補助属性。
そして――俺と同じく、属性に分類されなかった者たち。
全員、どこか居心地が悪そうに立っている。
「……こっちか」
小さく呟いた声が聞こえた。見ると、細身の少女が杖を握りしめている。水色の髪を短く切りそろえ、落ち着かない様子で周囲を見回していた。
彼女も、ここに回されたらしい。
中央区画からは、歓声や魔法の炸裂音が聞こえてくる。火が爆ぜ、風が唸り、水が弾ける音。派手で、分かりやすい。
それに比べて、この場所は静かだった。
まるで、「ついで」に用意されたかのような空気。
「補助区画の者たちは、こちらへ」
担当らしい若い教師が声をかけてきた。表情は柔らかいが、どこか事務的だ。
「簡易実技といっても、大したことはしない。魔力の扱い方、基礎的な制御を見るだけだ。失敗しても減点は少ない」
その言葉が、逆に胸に刺さる。
――期待されていない。
教師は一人ずつ名前を呼び、簡単な指示を出していく。
「回復魔法。軽傷を想定して、この布を修復してみて」
「補助強化。こちらの重りを、少しだけ軽く」
魔法が使われるたび、淡い光が走る。派手さはないが、確かに“役に立つ”魔法だ。
周囲の反応は薄い。
「……まあ、こんなものか」
「戦闘じゃないしな」
そんな囁きが、遠慮なく飛んでくる。
「次。アルト・レインフォード」
俺の番が来た。
教師は、手元の紙を見て、少し首を傾げる。
「解析……だったね。では、こちらを」
差し出されたのは、小さなスパークルだった。昨日、家で見たものと同じ種類だが、内部の光はやや不安定に揺れている。
「この結晶の状態を見て、分かることを答えてほしい」
――見るだけ?
周囲がざわめいた。
「それだけ?」
「魔法撃たないのか?」
教師は気にせず続ける。
「触れてもいいが、魔力は流さなくていい。あくまで“観察”だ」
俺はスパークルを受け取り、そっと掌に乗せた。
冷たい。
だが、昨日と同じだ。
意識を集中させると、結晶の内部が、ゆっくりと“開く”。
細い光の筋。絡み合う流れ。ところどころで、詰まりかけている箇所がある。まるで、無理に力を流し続けた水路のようだ。
俺は、口を開いた。
「……魔力の通路が歪んでいます。中央部で過負荷がかかっている。長時間使われたか、制御が甘いまま魔力を流し続けたはずです」
教師が、ぴくりと眉を動かす。
「ほう」
俺は続けた。
「このまま使うと、出力が不安定になります。最悪、内部に亀裂が入る。……もう少し、流す量を抑えるか、冷却時間を取った方がいい」
言い終えた瞬間、周囲が静まり返った。
教師は俺の顔とスパークルを交互に見てから、結晶を受け取り、別の教師に投げ渡した。
「確認してみてくれ」
数秒後。
「……本当だ。中央部、微細な歪みが出てる」
小さなざわめきが起きる。
「見ただけで分かるのか?」
「触ってないぞ、こいつ」
教師は、俺に向き直った。
「アルト君。今の判断は、どうやって?」
俺は少し考え、正直に答えた。
「……そういう“構造”に見えました。魔力の流れが、均一じゃなかったので」
一瞬の沈黙。
教師は、ふっと息を吐き、苦笑した。
「なるほど。これが解析か」
その声には、さっきまでなかった興味が混じっていた。
だが、評価がすぐに変わるわけじゃない。
「実技としては、直接的な魔法行使はなし。点数は……基礎合格、だな」
淡々とした宣告。
俺はスパークルを返し、一歩下がった。
派手な称賛はない。
手のひら返しもない。
それでも――。
胸の奥で、小さな確信が芽生えていた。
分かる。
見える。
理解できる。
少なくとも、この力は“空っぽ”じゃない。
補助区画の試験が終わり、全員が解散を告げられる。中央区画の方では、まだ魔法の音が鳴り響いていた。
俺は、その音を背にしながら、静かに歩き出す。
ここでは、まだ評価されない。
でも、いずれ。
この世界が当たり前だと思っている“魔法”の形を、内側から変えられる気がした。
解析は、弱い力じゃない。
ただ――派手じゃないだけだ。
俺は空を見上げ、ゆっくりと息を吐いた。
この学園で、それを証明する。
時間がかかっても、必ず。




