第3話 適性判定の日
魔法学園の正門は、思っていたよりも静かだった。
巨大な門柱や派手な装飾を想像していたが、実際に目の前にあるのは、白い石造りの落ち着いた門だ。装飾は最小限で、中央に刻まれた紋章だけが、ここが特別な場所であることを主張している。
その前に、子どもたちが集まっていた。
年齢はだいたい同じ。十二、十三歳くらいだろう。服装はまちまちで、いかにも裕福そうな者もいれば、俺のように質素な服の者もいる。だが、全員に共通しているものがあった。
緊張だ。
小さく息を吐く音。指先を握りしめる仕草。親の背中に半分隠れるように立つ子もいる。誰もが、この一日で何かが決まることを知っている。
「アルト」
母が小さな声で呼んだ。
「大丈夫?」
「うん」
短く答える。嘘ではない。怖くないと言えば嘘になるが、逃げたいとは思わなかった。むしろ、この瞬間を待っていた自分がいる。
門の前に立つ係員が、名簿を手に声を張り上げた。
「これより、魔法学園入学試験を開始します。まずは適性判定から行いますので、名前を呼ばれた順に中へ」
門が開く。
中は、外からは見えなかった広い中庭になっていた。石畳の中央に、円形の台座。その上に、背丈ほどもある透明な水晶が鎮座している。
――あれが、適性判定石。
胸の奥が、きゅっと締まった。
前世で言うなら、最終面接の部屋だ。入る前から、評価の基準が分からないまま、ただ結果だけを突きつけられる場所。
名前が呼ばれるたび、一人ずつ台座に上がる。
最初の少年が水晶に触れた瞬間、内部が赤く輝いた。
「火属性、良好!」
係員の声が響く。周囲がざわめき、少年の顔がぱっと明るくなった。
次は、青。水。緑。風。
派手な光が出るたびに、歓声とため息が交錯する。親が抱き合って喜ぶ姿もあれば、肩を落とす者もいる。
光らない水晶に手を当てたまま、何も起きずに降りていく子もいた。係員は淡々と告げる。
「……適性なし。一般課程への案内を」
その言葉が意味するものを、ここにいる全員が理解している。学園の外。魔法とは別の道。
俺は列の中で、自分の番が近づくのを感じていた。
不思議と、心は静かだった。
水晶を見つめると、昨日と同じ“違和感”が、はっきりと胸に湧き上がる。内部に走る無数の筋。属性ごとに違う揺らぎ。人が触れるたびに、流れが変わる。
――分かる。
理屈ではなく、構造として。
「次。アルト・レインフォード」
名前を呼ばれた。
一瞬、母の方を見る。彼女は小さく頷いた。俺は一歩前に出て、台座に上がる。
水晶は、近くで見るとさらに大きい。表面は冷たく、澄んでいて、向こう側の景色が歪んで見える。
深呼吸を一つ。
俺は、そっと手を置いた。
冷たさが、掌から腕へと伝わる。
同時に、胸の奥が熱を帯びた。
水晶の内部で、何かが動く。だが、赤でも青でもない。光は、強くはならない。代わりに、細かな光の線が、複雑に絡み合い始めた。
係員が眉をひそめる。
ざわめきが起こる。
「……?」
光は派手じゃない。だが、確かに水晶の中は“満ちている”。ただ、それをどう呼べばいいのか、誰も即答できない様子だった。
沈黙。
やがて、後方から一人の教師が歩み出てきた。白髪交じりの男性で、鋭い目をしている。彼は水晶をじっと見つめ、俺の手元に視線を落とした。
「……解析、か」
小さな呟き。
だが、静まり返った中庭では、十分に聞こえた。
「解析?」
誰かが小声で繰り返す。
教師は咳払いを一つし、係員に向き直った。
「適性:解析。分類は……特殊適性だな」
その瞬間、空気が変わった。
歓声はない。拍手もない。ただ、困惑と、わずかな失望が混じったざわめき。
「戦闘属性じゃないのか」
「聞いたことないぞ」
「研究向き……?」
そんな声が、遠慮なく耳に入ってくる。
係員は一瞬、言葉に詰まったようだったが、すぐに事務的な声で告げた。
「……解析適性。実技評価は低。理論評価は、後日確認」
それだけだ。
終わり。
俺は手を離し、台座を降りた。
足が地面に着いた瞬間、現実が一気に押し寄せてくる。期待されていない視線。同情とも失望ともつかない空気。
母の方を見ると、彼女は戸惑いながらも、必死に微笑もうとしていた。
その表情が、胸に刺さる。
俺は、落ちこぼれなのか?
いや、違う。そう決めるには早い。だが、この場では、そう扱われる。
列は進み、判定は続いていく。だが、俺の耳には、もう結果の声はほとんど入ってこなかった。
頭の中で、さっき見た光の線が再生される。
あれは、確かに“理解できるもの”だった。
水晶がどう反応し、なぜ派手に光らなかったのか。理由は、なんとなく分かる。属性として外に放出する力ではなく、内部を読み取る力だからだ。
――派手じゃない。
――でも、空っぽじゃない。
適性判定が終わり、係員が次の案内を始める。
「続いて、簡易実技試験を行います。属性魔法を持つ者は指定の場所へ。その他の者は……補助区画へ」
“その他”。
その言葉に、俺は小さく息を吐いた。
ここからが、本当のスタートだ。
評価されない場所で、どう立つか。
理解されない力で、どう進むか。
前世で折れた俺は、ここにいない。
俺は、解析を持っている。
そして――それを、無意味だとは思っていない。
中庭の端に設けられた補助区画へ向かいながら、俺は静かに拳を握りしめた。
この世界は、分かりやすい。
だからこそ、分からせてやる。
――解析が、何をもたらすのかを。
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