第29話 責任の所在
教師会の最終会合は、実習から二日後に開かれた。
会議棟の奥、重厚な扉の向こう。集められたのは、主要教官と学園長代理、そして当事者である二つの運用の代表者――アルトとリィナだった。
議題は一つ。
解析運用を、どう扱うか。
◆
学園長代理が、淡々と検証結果を読み上げる。
「最適化運用は、高効率で安定していた」
「委ねる運用は、効率に劣るが、想定外への対応力が高い」
事実だけが並ぶ。
「事故は、いずれも未然に防がれた」
「ただし、最適化運用では、教師の介入が必要だった」
空気が、少しだけ動いた。
ノイン教授が、低く言う。
「理論としては、最適化運用が優れている。判断基準が明確で、責任の線も引ける」
その言葉に、リィナは何も言わない。
「だが」
教授は、続けた。
「“誰が止めるか”という点で、最後は人に依存していた」
◆
別の教師が、アルトを見る。
「委ねる運用は、責任の所在が曖昧だという指摘があった」
「はい」
アルトは、はっきりと頷いた。
「だから、運用班として引き受けました」
「それでも、最終判断は現場に戻している」
「はい」
「責任逃れでは?」
鋭い問い。
アルトは、一拍置いて答えた。
「違います」
静かな声。
「判断を奪えば、責任は装置か上位者に移る。判断を委ねれば、現場が自分の選択を引き受ける」
視線を上げる。
「俺たちは、そのための情報と停止線を用意しました」
◆
カイルが、口を開いた。
「だが、現場が判断を誤れば、怪我人が出る」
正論だ。
「はい」
アルトは、否定しない。
「だからこそ、軽傷で済む段階で学ばせる必要があります」
ざわめき。
「重い事故を防ぐために、小さな失敗を許容する。それが、教育だと思っています」
沈黙が落ちる。
◆
リィナが、ゆっくりと口を開いた。
「私の案は、失敗を極限まで減らします」
感情のない声。
「ですが、判断の主体を奪う。現場は“考えなくなる”」
初めて、自分の案の弱点を認めた。
「責任は、設計者と許可者に集中する」
視線が、学園長代理に向く。
「それを、引き受けられますか」
その問いは、教師会全体に向けられていた。
◆
長い沈黙。
やがて、学園長代理が口を開く。
「結論を出す」
全員が、背筋を伸ばす。
「解析運用は、凍結しない」
小さなどよめき。
「ただし、無制限の共有は認めない。運用は、段階制とする」
アルトの胸が、わずかに熱くなる。
「最適化案は、補助として組み込む」
「委ねる運用を、最終判断の前段に置く」
つまり――。
「装置は、警告まで」
「停止判断は、人が行う」
責任の線が、引かれた。
◆
学園長代理が、アルトを見る。
「運用班は、継続」
「責任者は、引き続き君だ」
一拍置く。
「だが、責任は“班”として引き受ける」
アルトは、深く頭を下げた。
「ありがとうございます」
◆
会合が終わり、廊下に出たとき。
リィナが、隣に立った。
「……負けたわけじゃない」
「分かってる」
アルトは、そう答えた。
「君の案がなければ、ここには辿り着けなかった」
リィナは、小さく息を吐いた。
「中途半端な結論」
「でも、壊れにくい」
視線が交わる。
◆
夕暮れの学園。
解析は、完全な正解にはならなかった。
だが、否定もされなかった。
役割として、残った。
英雄にはならない。
だが、切り捨てられもしない。
責任の所在が、はっきりと示された今、
解析は初めて“学園の一部”になった。
歯車は、完全には噛み合わない。
それでも、回り続ける。
次に噛み合うのは、
学園の外――その予感だけが、
静かに残っていた。
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