第26話 最適化案
試験の条件が公表されてから、学園の空気は一変した。
上級生合同。
比較試験。
失敗即凍結。
どの言葉も重い。だが、生徒たちの関心は、自然と一つに集まっていった。
――もう一つの案。
◆
その日の午後、魔法理論棟の一室。
教師数名と、選抜された生徒が集められていた。アルトたち解析運用班も、その一角にいる。
前に立ったのは、リィナ・クロウフェルだった。
表情はいつも通り淡々としている。だが、手元の資料は分厚い。
「解析運用の代替案を提示します」
静かな声。
「判断を“人”に委ねる運用は、教育的価値がある。ですが、即応性と再現性に欠ける」
ざわめき。
誰も否定できない事実だ。
「そこで、判断基準を数式化します」
黒板に、複雑な式が書き出される。
「音の遅延、圧の変化、魔力循環の歪み。これらを定量化し、閾値を設定する」
リィナは、振り返らずに続けた。
「一定値を超えた場合、自動的に警告を出す。さらに、危険域では――」
一拍置く。
「詠唱を強制停止します」
空気が、はっきりと揺れた。
◆
「……強制停止?」
教師の一人が、慎重に問い返す。
「はい」
リィナは、即答する。
「人の迷いを排除します。判断が遅れれば事故が起きる。ならば、迷う余地をなくす」
合理的だ。
そして、冷たい。
「責任の所在は?」
学園長代理が問う。
「閾値設定を行った者。運用を許可した教師会」
明確だった。
「現場の生徒は?」
「指示に従うだけです」
その言葉に、何人かの生徒が眉をひそめた。
◆
アルトは、黙って聞いていた。
理論としては、完成度が高い。
解析を“装置化”する発想。
事故は、確実に減るだろう。
だが。
「……想定外は?」
思わず、口を開いていた。
リィナが、初めてアルトを見る。
「想定外は、想定するものよ」
「全部?」
「できる限り」
少しだけ、視線が鋭くなる。
「不確定要素を人に委ねるから、事故が起きる。なら、排除する」
正論だ。
だが、アルトの胸に、違和感が残る。
◆
説明が終わると、教師たちの間で、低い議論が始まった。
「速いな」
「判断が明確だ」
「責任の線も引けている」
評価は、高い。
ローディアスだけが、腕を組んだまま黙っている。
アルトは、リィナに近づいた。
「……本気か」
「当然」
即答。
「あなたの運用は、優しい。でも、危うい」
資料を軽く叩く。
「これは、危険を許さない」
「現場が、考えなくなる」
アルトが言う。
「考える余地があるから、迷う」
リィナは、そう切り捨てた。
「結果が出れば、それでいい」
◆
夕方。
解析運用班のミーティング。
「……完成度、高いわね」
セリアが、率直に言う。
「速さも、安全性も、向こうが上かも」
ミナは、不安そうに俯いた。
「私たちのやり方、比べられますね……」
ガルドが、歯を食いしばる。
「でも、全部止めちまうのは……」
アルトは、ノートを閉じた。
「リィナの案は、正しい」
全員が、こちらを見る。
「だからこそ、俺たちは別の正しさを示すしかない」
人が判断する意味。
迷うことの価値。
「次の実習は、“二つの運用”の勝負になる」
◆
夜。
アルトは、一人で結界理論のページをめくっていた。
最適化は、世界を整える。
だが、人を切り捨てることもある。
委ねる運用は、不完全だ。
だが、人を残す。
どちらが正しいかは、簡単じゃない。
だからこそ、試験がある。
次に噛み合う歯車は、
効率と人間の境界線だ。
そこを越えた先で、
学園は、どちらを選ぶのか。
答えは、もうすぐ出る。
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