第19話 解析のない現場
解析ログの使用禁止が正式に通達されてから、三日が経った。
学園は、目に見えるほど静かになったわけではない。授業は行われ、実習も再開されている。表向きは、何も変わっていないように見えた。
だが――。
現場に立てば、違いはすぐに分かった。
◆
その日の実習は、基礎戦闘の反復訓練だった。
結界は簡易型。模擬魔獣も単体。難易度は低く、事故の起きにくい構成だ。教師の指示も細かく、慎重すぎるほどだった。
「よし、次」
「安全確認を忘れるな」
「魔力出力は七割まで」
完璧な安全運転。
――だからこそ。
俺には、奇妙に見えた。
魔獣の動きは単調だが、微妙に反応が遅れている。結界の一部で、魔力の循環が滞っている。致命的ではない。だが、確実に“無駄”が生じている。
それに、誰も気づいていない。
「……こんなに、遅かったか?」
ガルドが、小さく呟いた。
「前なら、もう終わってたよな」
「前は、アルトがいたから」
セリアの言葉に、少しだけ苦笑が混じる。
俺は、何も言わなかった。
言えなかった。
今は、解析を口に出すこと自体が、禁止に近い。
◆
別の班の実習を、少し離れた場所から見学する。
風属性の生徒が、同じ動きを何度も繰り返している。詠唱は正確だ。だが、風の流れが噛み合わず、威力が安定しない。
教師が首を傾げる。
「……今日は調子が悪いな」
違う。
調子の問題じゃない。
魔力の流れが、結界に引っかかっているだけだ。
だが、それを指摘する声はない。
◆
休憩時間。
生徒たちの会話にも、変化が出ていた。
「最近、実習長くない?」
「前より疲れる」
「安全にはなったけどさ……」
不満とも違う。だが、違和感は共有され始めている。
解析がなくなったことで、危険は減った。
同時に、“見えない問題”も見過ごされ始めた。
◆
午後、ローディアスの講義。
彼は、いつもより言葉を選んでいた。
「安全性を最優先にすることは、間違いではない」
一拍置く。
「だが、安全とは“何も起きない”ことではない。“起きる兆候を見逃さない”ことだ」
その言葉に、何人かの生徒が顔を上げる。
ローディアスの視線が、俺に一瞬だけ向いた。
何も言わない。
だが、確かに“意識している”。
◆
実習後、セリアが隣を歩きながら言った。
「……やりにくいわ」
「うん」
「安全だけど、鈍い」
その表現は、正しかった。
刃をすべてしまった剣のようだ。
切れないが、振り続ければ疲れる。
ミナも、後ろから加わる。
「回復、減りました。でも……」
「判断が遅れる」と俺が続ける。
彼女は、驚いたように頷いた。
「はい。怪我は少ないけど、立て直しに時間がかかります」
◆
夕方、実習場を離れるとき。
俺は、足を止めた。
結界の縁。
魔力の残滓。
誰にも気づかれない小さな歪み。
解析しなくても、分かる。
だが、解析しなければ、言語化できない。
今の学園は、安全だ。
だが、鈍い。
そして、鈍さは――必ず、別の事故を呼ぶ。
俺は、深く息を吐いた。
解析は、危険だった。
だが、ない状態もまた、危険だ。
問題は、使うか、使わないかじゃない。
――どう責任を取るかだ。
その答えを、学園はまだ持っていない。
だから、静かな不協和音が、広がり始めている。
事故のない現場で、
次の事故の種が、
確実に育っていることを、
誰も、まだ気づいていなかった。
本話もお読みいただき、ありがとうございました!
少しでも続きが気になる、と感じていただけましたら、
ブックマーク や 評価 をお願いします。
応援が励みになります!
これからもどうぞよろしくお願いします!




