第18話 事故は起きる
その日は、朝から嫌な予感がしていた。
理由ははっきりしない。ただ、学園全体の空気が、どこか浮ついている。実習の区画制限が一部解除され、生徒たちの間に安堵と焦りが同時に広がっていた。
「結界、使えるようになったんだって」
「でも条件付きらしい」
「解析ログ、もう大丈夫ってこと?」
――違う。
俺は、胸の奥で小さく否定する。
条件が揃えば、また起きる。
“見えないもの”は、消えていない。
◆
問題の実習は、午後だった。
対象は二年生合同の応用実習。俺たち一年は、直接参加しない。だが、観測補助として、数名が見学に回されることになった。
「アルト、お前も来い」
ローディアスの指示だった。
嫌な予感が、確信に変わる。
◆
実習場。
二年生の班は、実力者揃いだった。高出力の魔法。洗練された動き。見ているだけで、基礎の差が分かる。
「……大丈夫そうだな」
ガルドが小さく言う。
「油断しないで」
俺は、視線を結界に向けた。
魔力の流れは、表面上は安定している。だが――。
違和感。
音が、わずかに遅れる。
空気が、重くなる。
――来る。
「……!」
俺が声を上げる前に、異変は起きた。
結界の一部が、歪んだ。
「なっ――」
二年生の詠唱が、途中で乱れる。魔力が跳ね、地面が抉れる。
「下がれ!」
教師の声。
だが、遅い。
魔力の奔流が、一方向に集中し、班の一人を弾き飛ばした。
「――っ!」
衝撃音。
幸い、防御結界が完全には壊れなかった。致命傷は避けられたが、怪我人が出た。
実習は、即座に中断された。
◆
沈黙。
実習場を覆う、重たい空気。
「……解析ログを、使っていた」
誰かが、呟いた。
教師の一人が、眉をひそめる。
「誰が、許可した」
二年生の班の代表が、顔を青くして答える。
「……先輩から、危険兆候だけなら大丈夫だと」
俺の胸が、強く脈打つ。
――兆候だけでは、足りない。
判断と対処が、切り離されてしまった。
◆
ローディアスが、俺の方を見た。
責める目ではない。
だが、重い。
「……言ったな」
「はい」
短く答える。
「条件が揃えば、起きると」
教師たちの間に、ざわめきが広がる。
「やはり規制すべきだ」
「危険すぎる」
「学生には早い」
ノイン教授の姿が、後方にあった。
彼は、怪我人の方を見てから、俺に視線を向ける。
感情は読めない。
◆
夕方、臨時の通達が出た。
『解析ログの配布・使用を、当面の間禁止する』
短く、冷たい文章。
学園は、安全を選んだ。
◆
寮に戻る途中、セリアが俺に追いついた。
「……あなたのせいじゃない」
「結果として、事故は起きた」
事実を否定する気はない。
ミナも、後ろから来ていた。
「でも……もし、何もなかったら、もっと大きな事故が……」
「それも、仮定だ」
俺は、立ち止まった。
「現実は、“起きた”という一点で判断される」
前世と同じだ。
正しくても、事故が起きれば、切られる。
◆
その夜。
寮の部屋で、俺は机に向かっていた。
公開基準の紙。
共有ログ。
間接観測ノート。
どれも、机の上に広げられている。
善意で始めた共有は、
制御を伴わなければ、刃になる。
リィナの言葉が、脳裏をよぎる。
『選別するべきだ』
正しかったのか。
それとも――。
まだ、答えは出ない。
だが、一つだけ確かなことがある。
解析は、もう後戻りできない段階に来た。
規制されようと、恐れられようと。
この力は、必要とされてしまった。
歯車は、音を立てて回っている。
止め方を間違えれば、
全てを壊す勢いで。
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