第17話 線を引くということ
翌日から、学園の雰囲気はさらに張りつめた。
解析ログの存在は、すでに公然の秘密になっている。誰が持っている、誰が読んだ、誰が真似した――そんな話が、廊下のあちこちで囁かれていた。
便利なものは、必ず広まる。
そして、制御されていない便利さは、必ず歪む。
それを、俺は前世で嫌というほど見てきた。
◆
昼休み、図書棟の奥。
俺は、いつもの三人――セリア、ミナ、ガルドと向かい合っていた。
「……で、どうする?」
ガルドが腕を組む。
「このままログを出し続けるのか?」
セリアは、俺をじっと見ている。ミナは、少し不安そうに指を絡めていた。
「昨日、リィナと話した」
そう切り出すと、セリアが眉を上げた。
「理論派の?」
「うん。彼女は言った。共有するなら、線を引くべきだって」
ミナが、小さく息を呑む。
「線……ですか?」
「誰でも使える形にするのは危険だ、と」
沈黙が落ちる。
それは、誰もが薄々感じていたことだった。
「正論だな」とガルドが言う。「実際、真似して失敗した班もある」
「でも」
セリアが口を開く。
「だからって、閉じたら意味がない。アルトの解析は、“分からない”を減らすためのものでしょ」
視線が、俺に集まる。
選択を、迫られている。
「……俺は」
言葉を選びながら、続ける。
「完全な共有も、完全な独占も、違うと思ってる」
ノートを開き、机の上に置く。
「だから、段階を作る」
「段階?」とミナ。
「誰でも読めるのは、“兆候”まで。危険が近いことを察するための情報だけ」
ページをめくる。
「具体的な対処や判断基準は、直接説明する。条件を理解した人にだけ」
ガルドが、目を細めた。
「面倒なやり方だな」
「面倒だから、制御できる」
俺はそう答えた。
◆
その日の午後、ローディアスに呼び出された。
「……動き始めたな」
短い一言。
「線を引くつもりか?」
「はい」
正面から答える。
「無制限の共有は、事故を増やします。でも、閉じれば停滞する」
ローディアスは、しばらく黙ってから言った。
「教師会でも、同じ議論をしている」
意外な言葉だった。
「規制すべきだという声と、研究として保護すべきだという声。……意見は割れている」
俺は、息を整えた。
「どちらかに、決まるんですか」
「いずれはな」
ローディアスは、低い声で続ける。
「その前に、事故が起きれば――規制に傾く」
脅しではない。
現実の共有だ。
「だから、慎重にやれ」
「……はい」
◆
夕方、実習場の端。
俺は、リィナと向かい合っていた。
「段階共有、か」
彼女は腕を組み、少しだけ考え込む。
「妥協案としては、悪くない」
「でも、満足じゃない顔だ」
「当然」
即答。
「判断基準を人に委ねる時点で、恣意性が残る。あなたが中心にいる限り、解析は属人化する」
正しい。
そして、痛い。
「……それでも」
俺は、視線を逸らさず言った。
「今は、そこまで行けない」
リィナは、しばらく俺を見つめてから、ふっと息を吐いた。
「だから、あなたは危うい。でも」
一拍置く。
「だからこそ、目が離せない」
彼女は、そう言って立ち去った。
◆
その夜、寮の部屋。
俺は、新しい紙に、はっきりと書いた。
《解析ログ公開基準》
誰のためか。
何のためか。
どこまで責任を負うのか。
線を引くということは、誰かを切り捨てるということでもある。
だが、引かなければ、全員が危険に晒される。
正解は、まだ分からない。
それでも、選ばなければならない。
解析は、道具だ。
だが、使い方次第で、刃にもなる。
俺は、深く息を吐いた。
次に起きる出来事が、この選択の重さを、必ず証明する。
歯車は、静かに軋み始めていた。
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