第15話 記録を共有するという選択
翌日の朝、学園はいつもよりざわついていた。
掲示板の前に集まる生徒たち。だが、貼り出されているのは成績表でも、次の実習内容でもない。
『結界実習における一時的な区画制限について』
簡素な告知文だが、理由は書かれていない。
――隠したな。
俺は、それを見た瞬間に理解した。
昨日の異常は、学園側の想定を超えている。だから、詳細を伏せた。混乱を避けるため。あるいは――責任の所在を曖昧にするため。
「アルト」
セリアが、低い声で呼ぶ。
「これ、あなたが言ってた“引き金”のやつ?」
「多分」
断定はしない。だが、否定もしない。
「昨日の異常は、偶然じゃない。条件が揃えば、また起きる」
セリアは唇を噛んだ。
「……なら、どうするの?」
その問いは、単純で、重い。
◆
午前の座学。
ノイン教授の講義は、いつもより淡々としていた。結界理論の続きを扱いながら、例外条件には触れない。
俺は、ノートを取りながら考えていた。
――再現性は、個人の感覚に依存している。
――だから、信用されない。
なら。
個人で抱えるのを、やめる。
◆
昼休み、図書棟の小さな閲覧室。
俺は、ミナとガルド、セリアを呼び集めていた。
「お願いがある」
三人の視線が集まる。
「俺のログを、見てほしい」
セリアが、眉を上げる。
「……いいの? それ」
「いい」
俺は、はっきりと言った。
「俺一人の感覚だと、再現性が取れない。でも、複数人で観測すれば、共通点が見つかるかもしれない」
ガルドが腕を組む。
「それって……」
「俺の“武器”を、共有するってこと?」
ミナが、不安そうに言った。
「そう」
一瞬、沈黙。
前世でなら、絶対にしなかった選択だ。評価されない場所で、唯一自分だけが持っていた“強み”。それを手放す行為。
だが、ここでは。
「……私は、賛成」
セリアが言った。
「一人で抱え込んで潰れるより、ずっといい」
ガルドが、頭を掻く。
「正直、細かい理屈は分からねえ。でもよ」
彼は、俺を見る。
「アルトが言う“危ない”は、当たる。なら、俺はそれでいい」
ミナは、少し考えてから、小さく頷いた。
「……私、役に立ちたいです」
胸の奥が、静かに熱くなる。
「ありがとう」
◆
その日の午後。
空き教室で、簡易的な検証を始めた。
小型の結界装置。
低出力の魔力。
記録用の紙。
「今、詠唱を始めて」
セリアが、指示通りに動く。
俺は、ログを取りながら、他の三人の反応を観察する。
「……空気、重くない?」ミナ。
「確かに。耳、変な感じだ」ガルド。
「音が、遅れる」セリア。
――来た。
全員が、同じ兆候を感じている。
俺は、深く息を吐いた。
再現性は、“一人の才能”じゃない。
条件を共有すれば、誰でも感じ取れる。
◆
数日後。
ローディアスに呼び出された。
「……例の件、君が動いていると聞いた」
責める声ではない。だが、警戒はある。
「はい。記録を共有しました」
「独断だな」
「承知しています」
俺は、目を逸らさなかった。
「ですが、再現性は取れました。個人の感覚ではなく、“条件”として」
ローディアスは、黙り込む。
やがて、低く言った。
「……資料を出せ」
◆
寮に戻る途中、俺は夕焼けに染まる学園を見上げた。
評価は、まだ割れている。
反発も、必ずある。
だが。
解析は、個人技から、共有技術へと変わり始めた。
それは、力の形を変える選択だった。
独占しない。
支配しない。
理解を、広げる。
前世では、決して選べなかった道。
だが、この世界では――。
それが、解析の正しい進み方なのかもしれない。
歯車は、もう一人で回っていなかった。
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