第14話 再現性という壁
《間接観測ログ》は、すぐに一冊目が埋まり始めた。
実習、座学、移動中、休憩時間。気づいたことはすべて書き留める。音の遅れ、空気の重さ、魔力が発生した瞬間の“嫌な感触”。数値化できない情報ばかりだが、無秩序ではない。
――確実に、傾向はある。
だが、それを他人に説明しようとすると、途端に言葉が足りなくなる。
◆
その日の実習は、班ごとに観測役を決める形式だった。
「今回は、討伐よりも“再現”を重視する」
ローディアスが告げる。
「同じ条件で、同じ現象が起きるか。起きなければ、その理由を考えろ」
視線が、俺に集まる。
――試されている。
俺は、班の三人を見た。
「今日は、俺の指示を“そのまま”なぞしてほしい」
セリアが頷く。
「分かった。実験ね」
ガルドは、少し不安そうに笑った。
「外れたら、文句言うからな」
「それでいい」
ミナも、小さく頷く。
◆
実習開始。
前回と同じ結界、同じ魔獣、同じ配置。
俺は、ログを思い出しながら指示を出す。
「三十秒後、魔力が重くなる」
「その前に、全員一歩下がる」
「セリア、詠唱を半拍遅らせて」
――同じだ。
空気が、歪む。
地面が、わずかに沈む。
「……来た」
異常が発生する。
成功だ。
だが。
次の瞬間、予想と違う揺れが走った。
「っ!」
圧が、横から来る。
「違う……!」
俺の声と同時に、ガルドが弾かれる。
「ガルド!」
「問題ねえ!」
ミナの回復が間に合う。
致命傷はない。だが、再現は――失敗だ。
◆
実習は中断された。
ローディアスが、俺の前に立つ。
「原因は?」
逃げ場のない質問。
「……条件が、完全には同じじゃなかった」
「何が違った」
俺は、拳を握る。
「……分かりません」
沈黙。
周囲の視線が、刺さる。
解析が通じなかった。
再現性が、崩れた。
――これが、壁。
ローディアスは、しばらく俺を見つめてから言った。
「間接観測は、有効だ。だが」
一拍置く。
「個人の感覚に依存しすぎている」
正論だった。
◆
放課後、図書棟の奥で、俺は一人ノートを開いていた。
ログを見返す。
成功例。
失敗例。
共通点。
相違点。
――一つだけ、気づく。
成功したとき、必ず“誰か”が魔力を強く使っている。
セリア。
別班の上級生。
時には、教師。
失敗したときは、出力が低い。
「……引き金、か」
見えない魔力は、自然発生じゃない。
強い魔力に“引き寄せられて”いる。
俺は、ノートに大きく書いた。
《外部出力依存型干渉》
◆
その夜、寮の部屋。
俺は、静かに息を吐いた。
再現性は、壁だ。
だが、越えられない壁じゃない。
条件を、もっと細かく分解すればいい。
感覚を、構造に落とし込めばいい。
前世で、何度もやった。
曖昧な評価を、工程に分解する作業。
失敗の理由を、言語化する作業。
誰も評価しなかった、あの時間。
――今度は、違う。
解析は、感覚から技術へ。
技術から、理論へ。
まだ未完成だ。
だが、道筋は見えた。
再現性という壁の向こうに、
解析が“学問”になる未来が、確かにある。
歯車は、軋みながらも、前に進んでいた。




