第13話 間接観測という武器
次の実習は、前回の失敗を引きずるような空気の中で始まった。
生徒たちの間には、目に見えない緊張が漂っている。誰もが知っていた。あの結界崩落は、偶然ではなかったということを。
ローディアスが、いつもより慎重な口調で告げる。
「本日の実習は、規模を落とす。目的は討伐ではない。“異常を見逃さないこと”だ」
その言葉に、視線が一斉に集まる。
――異常。
俺の胸が、静かに高鳴った。
◆
実習が始まる。
模擬魔獣は一体のみ。動きも単調だ。だが、結界の構造は前回と同型。問題が起きた“あの条件”が、再現されている。
俺は、意識を広げた。
魔力の流れ。
地面の反応。
空気の揺れ。
見える部分は、安定している。だからこそ、見えない部分に意識を向ける。
――音。
詠唱が発動する瞬間、微かに遅れる反響。
――圧。
魔力が集中したとき、皮膚に伝わる重み。
「……来る」
俺は、小さく呟いた。
「何が?」とガルド。
「まだ分からない。でも――」
言い終える前に、地面が、わずかに沈んだ。
「下がって!」
全員が反射的に距離を取る。
直後、結界内部の一角で、空気が歪んだ。崩落には至らないが、確実に“異常”が発生している。
生徒たちのどよめき。
「今の、何……?」
「魔力、見えなかったぞ」
俺は、息を整えながら言った。
「見えない魔力が、溜まってる。結界の内側に」
セリアが、眉をひそめる。
「そんなの、どうやって分かるのよ」
「結果から、逆算した」
俺は、指で地面を示す。
「音が遅れた。圧が増した。魔力が“消えた”んじゃなく、“観測できない形で集まってた”」
沈黙。
ローディアスが、一歩前に出る。
「……続けろ」
◆
討伐は、そのまま行われた。
俺は直接指示を出さない。異常が出る“兆候”だけを伝える。
「次、揺れる」
「ここは避けて」
「今は攻撃しない」
班は、それを信じて動いた。
結果、討伐は成功。結界の崩壊も起きなかった。
派手さはない。
だが、確実だった。
◆
実習後、ノイン教授が、珍しく実習場に姿を見せていた。
「……解析適性」
低い声で、俺を呼ぶ。
「君の判断は、理論に基づいていない」
責める口調ではない。むしろ、探るような響きだ。
「はい。まだ、体系化できていません」
「だが、結果は出ている」
教授は、顎に手を当てる。
「直接観測できない現象を、周辺情報から推定する……それは、理論以前の“技術”だ」
初めて、否定ではない言葉だった。
だが、続けて言う。
「再現性がなければ、評価はできん」
「分かっています」
即答した。
「だから、記録を取ります」
教授は、一瞬だけ目を細めた。
◆
その夜。
寮の部屋で、俺は新しいノートを開いていた。
タイトルを書き込む。
――《間接観測ログ》。
音、圧、温度、魔力反応の遅延。
条件と結果を、徹底的に書き出す。
前世で、誰にも評価されなかった作業。
だが、この世界では――。
解析は、次の段階に入った。
見えないものを“察する”から、
見えないものを“扱う”へ。
歯車は、また一つ噛み合った。
まだ小さい。
だが、確実に前へ進んでいる。




