第12話 見えないもの
失敗の翌朝、学園はいつも通り動いていた。
鐘が鳴り、生徒たちが廊下を行き交う。昨日の実習の話題も、すでに別の噂に押し流されつつあった。誰が怪我をしたとか、どの班が評価されたとか――学園は、立ち止まらない。
俺だけが、取り残された感覚だった。
教室の席に座り、ノートを開く。昨夜書き殴った図と文字が、そのまま残っている。
――見えないもの。
魔力の流れが突然消えた。
解析できる前提条件が崩れた。
あれは偶然じゃない。
セリアが席に着く。
「……まだ考えてる?」
「うん」
「切り替え、早い方がいいわよ」
心配してくれているのは分かる。だが、頷くことはできなかった。
「切り替える前に、理解したい」
セリアは少しだけ黙り、やがて肩をすくめた。
「あなたらしいわね」
◆
午前の座学は、結界理論だった。
教師が説明する標準結界の構造。魔力の循環、負荷分散、干渉防止。
――干渉。
その言葉に、俺はペンを止めた。
黒板の図を見る。結界は“外部からの影響を遮断する”ことを目的にしている。だが、同時に“内部の変化を隠す”役割も果たしている。
もし、結界そのものが変質していたら?
もし、内部で別の構造が生まれていたら?
教師の説明が続く。
「結界は、基本的に安定した魔力を前提として設計されている。だが――」
一瞬、言葉を切る。
「不安定な魔力源が内部に存在する場合、想定外の現象が起きることもある」
教室がざわつく。
俺の背筋に、冷たいものが走った。
◆
昼休み、図書棟に向かった。
石造りの静かな建物。古い紙とインクの匂いが、落ち着く。前世の図書館に、少しだけ似ていた。
結界理論の棚を探し、片っ端から本を引き抜く。
「……干渉層」
「……位相ずれ」
「……魔力遮断膜」
どれも、基礎教本には載っていない内容だ。
ページをめくる指が、自然と早くなる。
――あった。
古い研究書の一節。
『結界内部において、観測不能な魔力振動が発生する事例が報告されている。
これを仮に“盲点層”と呼ぶ』
心臓が、強く脈打った。
盲点層。
解析できない領域。
見えない魔力。
まさに、昨日の現象だ。
「……これか」
声が、思わず漏れる。
◆
夕方、実習場を遠くから眺めていた。
結界が張られ、別の学年が訓練している。魔法が飛び交い、地面が揺れる。
俺は、目を凝らす。
見える流れ。
見えない揺らぎ。
完全には見えない。だが、“違和感”として感じ取れる部分がある。
解析は、視覚だけじゃない。
前世で、数字だけでは判断できなかった案件を思い出す。空気、温度、沈黙。資料に載らない情報。
――感じる。
まだ“分かる”とは言えない。
だが、“察する”ことはできる。
俺は、ノートに新しい言葉を書き足した。
「間接観測」
見えないなら、周囲を見る。
結果から、原因を逆算する。
解析は、まだ進化できる。
◆
その夜。
寮の部屋で、俺は目を閉じていた。
実習場。
結界。
崩落。
記憶を何度も再生する。
見えなかった部分を、想像で補うのではない。
“見えていた変化”だけを拾い直す。
魔力が消えた直前、何が起きていた?
……音が、変わった。
……空気が、重くなった。
微細な変化。
俺は、ゆっくりと息を吐いた。
解析の限界は、終点じゃない。
視点を変えれば、まだ先がある。
見えないものは、存在しないわけじゃない。
ただ――まだ、観測方法を知らないだけだ。
歯車は、止まっていない。
静かに、次の噛み合わせを探し始めていた。
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