第11話 解析の限界
その日の実習は、いつもより参加人数が多かった。
複数班合同で行う訓練。内容は「複合状況下での対処」。地形、魔獣の種類、発生順――すべてが事前非公開で、即興性が試される。
ローディアスが全体を見渡す。
「今回は、こちらからの助言は最低限にする。判断を誤っても、即座に止めはしない」
その言葉に、場の空気が引き締まった。
――失敗が、失敗として残る実習。
俺は、無意識に周囲を見回した。
地面の結界。
魔力の流れ。
配置された装置。
いつも通りだ。少なくとも、見える範囲では。
「アルト」
セリアが、小さな声で呼ぶ。
「今回は、どうする?」
「……基本は同じ。ただし、無理はしない」
俺はそう答えた。
正直に言えば、少し嫌な予感がしていた。
理由は分からない。
だが、見えている情報が、どこか“薄い”。
◆
開始の合図と同時に、地面が揺れた。
岩場が隆起し、視界が遮られる。直後、模擬魔獣が複数方向から出現した。
「数、多い!」
ガルドが叫ぶ。
「落ち着いて。誘導できる」
俺は視線を走らせ、流れを読む。
――読める。
――いつも通りだ。
「右を先に処理。左は牽制で」
指示を出す。
セリアの火が走り、ガルドが前に出る。ミナの回復も間に合っている。
順調――のはずだった。
次の瞬間、空気が歪んだ。
「……?」
違和感。
魔力の流れが、突然“途切れる”。
見えていたはずの線が、消えた。
「下がって!」
叫んだ瞬間、地面の一部が崩落する。結界の内側。想定されていない位置だ。
「ガルド!」
「っ、問題ねえ!」
だが、態勢は崩れた。
魔獣の一体が、異様な動きを見せる。核の反応が、読めない。揺らぎが、一定しない。
「……何だ、あれ」
セリアの声が硬い。
俺は、必死に“見る”。
だが、情報が足りない。
解析が、追いつかない。
――知らない。
この挙動は、教科書にも、今までの実習にもなかった。
「アルト、どうする!?」
ガルドの声。
判断しなければならない。
だが、根拠がない。
一瞬の迷い。
その隙を突くように、魔獣が跳んだ。
「ミナ!」
セリアが庇う。
間に合った。怪我は浅い。
だが、完全に流れを失った。
「……一度、下がる」
俺は、歯を食いしばって言った。
「距離を取って、立て直す」
撤退判断。
班は即座に動き、致命的な被害は避けられた。
やがて、ローディアスの合図で実習は中断される。
◆
沈黙。
実習場に残るのは、荒れた地面と、重たい空気だけだった。
「今のは……」
ミナが、震える声で言う。
「私、回復が……遅れて」
「違う」
俺は即座に否定した。
「俺の判断が遅れた」
セリアが、俺を見る。
「アルト」
「……分からなかった」
それが、全てだった。
「魔力の流れが、途中で消えた。見えていた情報が、突然なくなった」
ガルドが、眉をひそめる。
「そんなこと、あるのか?」
「……あるらしい」
俺は、自分の掌を見る。
――解析は、万能じゃない。
初めて、はっきりと理解した。
◆
実習後、呼び止められた。
ローディアスだ。
「今の現象、どう見る?」
責める口調ではない。ただ、確認するような声。
「分かりません」
正直に答える。
「既存の結界構造とも、魔獣の挙動とも一致しない。解析できる前提条件が、途中で崩れました」
ローディアスは、短く頷いた。
「未知の事象だ。こちらの想定外でもある」
意外な言葉だった。
「……君の失敗ではない。ただし」
一拍置く。
「限界を自覚したのは、良い」
その言葉は、慰めではなかった。
評価だった。
◆
その夜、寮の部屋で、俺は机に向かっていた。
ノートには、乱雑な図とメモ。
“解析不能領域”
“情報遮断”
“外部干渉?”
答えは出ない。
だが、一つだけ、確かなことがある。
解析は、見えているものしか扱えない。
見えないものに対しては、無力だ。
――だから。
俺は、新しい項目を書き足した。
「どうすれば、見えないものを検知できるか」
失敗は、終わりじゃない。
これは、次の段階への入口だ。
解析の限界を知った日。
それは同時に、成長の輪郭が、はっきりと見えた瞬間でもあった。




