第10話 割れる評価
その日の夕方、学園の掲示板の前に、人だかりができていた。
「……貼り出された?」
「もう中間評価?」
ざわめきの中心に、白い紙が何枚も並んでいる。班実習の暫定評価。点数と、短い講評。
俺は、少し離れた場所から眺めていた。
こういう場面は、前世でも何度も経験している。数字と短文が、人の価値を決めた気にさせる場所。近づきすぎると、心が揺れる。
「アルト」
セリアが、紙の前からこちらを振り返った。
「……見た方がいいわ」
逃げても、結果は変わらない。
俺は一歩踏み出し、人垣の隙間から掲示板を見る。
――あった。
班番号。
メンバー名。
総合評価。
『班評価:B+
連携良好。戦闘効率が高い。
特筆:解析適性による指示が有効』
短い。だが、はっきりと書かれている。
周囲の反応は、二分されていた。
「B+? 火属性トップ班より上じゃない?」
「でも、解析のおかげって……本人は何もしてないだろ」
「いや、指示がなきゃ崩れてたって話だぞ」
評価が、割れる。
それが一番、厄介だ。
称賛だけなら楽だ。否定だけなら、覚悟が決まる。だが、賛否が混じると、立場が不安定になる。
俺は、紙から視線を外した。
「どう思う?」
セリアが、低い声で聞いてくる。
「妥当だと思う」
「……強がり?」
「現実」
俺はそう答えた。
「まだ、俺が前に出て勝ったわけじゃない。評価されるとしたら、班全体だ」
セリアは、少しだけ目を細めた。
「あなた、変なところで冷静よね」
「前世の癖」
冗談めかして言うと、彼女は小さく笑った。
◆
翌日の座学。
魔法理論の講義中、教師が一つの質問を投げかけた。
「詠唱短縮は、どこまで許容されると思う?」
教室が静まり返る。
数人が手を挙げ、教科書通りの答えを述べる。安全性、再現性、事故率。
教師は頷きながら、黒板に書き込む。
そして、不意に言った。
「解析適性の者は、どう考える?」
視線が、一斉に俺に集まる。
逃げ場はない。
「……短縮自体は問題じゃありません」
俺は、静かに口を開いた。
「問題は、どの工程を削るかです。魔力の安定を担う部分を削れば事故が起きる。でも、重複している補正工程なら――」
「机上の話だ」
遮る声。
発言したのは、別の教師だった。魔法理論教授、エリク・ノイン。鋭い目をした男だ。
「現場では、理論通りに魔力は流れない。安全側に寄せるのは、当然の判断だ」
教室の空気が張りつめる。
正論だ。否定できない。
俺は、一瞬言葉を探した。
「……だからこそ、解析が必要だと思います」
静かに、続ける。
「流れない理由を、把握するために」
ノイン教授は、じっと俺を見つめた。
「君は、まだ実績がない」
「はい」
即答した。
「だから、今は“可能性”の話しかできません」
その態度に、周囲がざわつく。
反論しない。
だが、引き下がらない。
ノイン教授は、鼻で笑った。
「面白い。だが、評価は結果で決まる」
それだけ言って、話を打ち切った。
◆
放課後、廊下を歩いていると、ミナが追いついてきた。
「……アルトさん」
「どうしたの?」
「さっきの……怖くなかったですか?」
彼女の声は、少し震えている。
「怖かったよ」
正直に答える。
「でも、黙ってたら、解析は一生“机上の空論”のままだ」
ミナは、少し考え込む。
「……私、回復魔法、好きなんです。でも、戦えないから、軽く見られることも多くて」
彼女は、ぎゅっと杖を握る。
「でも、アルトさんが“必要だ”って言ってくれたみたいで……嬉しかった」
胸の奥が、きゅっと締まる。
「必要だよ。ミナの回復がなきゃ、俺の指示は意味がない」
それは、事実だった。
◆
その夜。
寮の部屋で、俺は机に向かっていた。
ノイン教授の言葉が、頭から離れない。
評価は、結果で決まる。
正しい。
だからこそ――。
俺は、ノートの新しいページを開いた。
目標を書き出す。
“結果を出す”。
派手じゃなくていい。
だが、否定できない形で。
割れる評価は、いずれ統合される。
そのとき、解析が“必需品”であることを、誰も否定できないように。
歯車は、軋みながらも、確実に前へ進んでいた。




