第3話 元勇者のおっさんは冒険者になるそうです
街に降りると人の行き交う賑やかな声が耳に入ってくる。少し前にも聞いた声。だが今は全く別ものに感じられた。
「とりあえず適当に歩くか」
街並みも変わり果て、何処に何があるかも分からない。
ぶらぶらと歩いていると、ノルバは何やら人だかりが出来ている場所を見つける。
気になって覗きに行くと、そこにあったのは銅像だった。
「これは……」
誰かに似ている。
喉元まで来ている答えに辿り着けず、首を傾げながら眺めていると、いつの間にか隣に立っていた老人が話かけてきた。
「これは勇者様の銅像じゃよ」
地面に剣を突き立てて立つ、堂々たる姿を模した銅像。
仮面で顔は隠れている為、素顔は分からない。
だがそれはノルバの最もよく知る人物だった。
目の前にあるのは、かつて魔王を倒し世界に平和をもたらした人物。ノルバ・スタークスが勇者であった時代の姿を残した銅像だ。
「この方のお陰で世界は平和になった。感謝してもしきれないほどじゃ」
「何言ってんだ。平和になったのは勇者一人の力じゃねぇよ。じいさんや他の奴らがいたから勝ち取れたんだ。誰か一人でもいなかったら今の世界はなかった。そうだろ?」
「ほっほっほっ、そうじゃな。こんなジジイでも役に立てたのなら光栄じゃ」
老人は謙遜しながらも誇らしそうにたくましい髭を触った。
「そうだ。聞きたいんだが、冒険者ギルドってどこにあるか分かるか?」
「なんじゃお主、冒険者になりにこの国に来たのか?」
「まぁそんなところだ」
「それならあっちの道を真っ直ぐ進むと一際大きな建物が見えてくる。それが冒険者ギルドじゃよ」
「そうか。ありがとよ、じいさん」
ノルバが示された方向へ歩いていこうとすると老人が呼び止める。
「若いの。お主も平和の立役者じゃ。胸を張って生きるんじゃよ」
「あぁ、そうさせてもらう。じいさん、また会ったら酒でも奢るぜ」
老人は去り行く背を見ながら「ほっほっほっ」と髭を撫でていた。
※※※
老人に言われた道をノルバが歩いていくと、言われた通り周囲の建物とは比べ物にならないほど巨大な建物が現れた。
「これがギルドか」
【冒険者ギルド】とは魔王討伐後に設立された組織だ。
冒険者ギルドと言えば聞こえはいいが、その実、戦いの中でしか生きられない者やごろつき達を統制する為に作られた組織。
雑用からドラゴン退治まで、個人や国からクエストという形で依頼を受けて報酬を貰う。腕っぷしだけが全ての世界。それが冒険者ギルド。
ノルバも新聞を読んでいた頃に設立されたことを知っているだけ。
はっきりとした実状は知らないが、響きだけでかつての旅の記憶が蘇ってくる。
そして扉を開けるとそこには期待通り、昔を彷彿とさせる景色が広がっていた。
息を飲む様な威圧感、隙を見せれば喉元を噛み千切られそうな剣呑とした空気、何より街中では見なかった剣や杖を携えた者達が数多くいる。
日常とは隔絶された世界。そんな世界にみすぼらしいおっさんが一人、足を踏み入れればどうなるか。
「おい、おっさん。何しに来た。ここは酒屋じゃねぇぞ?」
当然こうなる。
入り口近くのテーブルにいたスキンヘッドの大柄な男が、額同士が触れるほどの距離でノルバにガン垂れた。
「冒険者になりに来たんだ」
だがノルバは委縮もせず、落ち着いた態度で返した。
そんな返答に男は腹を抱えて笑う。
「がはははは! 止めとけ。親切心で忠告してやる。ここはアンタみたいな年寄りの来る所じゃねぇ。死にたくなきゃ家に帰って草むしりでもしてろ」
男の発言にドッと笑いが起きる。
しかしノルバは意に介す様子は全くない。
それどころかどこか嬉しそうにカウンターへと歩いていく。
道中、煽る声が聞こえるが気にもしない。
「お姉さん。冒険者になりたいんだけど、どうすればなれるかな?」
「それではこちらの書類に必要事項を記入してください」
凛とした態度の受付嬢から用紙を受け取るとノルバは記入していく。
そして記入し終えた用紙を渡すと、受付嬢は目を見開き念を押す様に聞いた。
「あの……登録名はこれでいいんですか?」
「あぁ、それで問題ない」
「……分かりました。それでは登録料300コインをお支払いください」
困惑を飲み込み発せられた言葉にノルバは固まる。
「えっ……金いるのか? まいったな……」
そもそも王国に滞在する予定すらなかった。故に持ち物は最低限。金など一銭たりとも持ってきていなかった。
一応ポケットを探ってみるが1コインも出てこない。
「ない場合は登録料を用意してから、再度手続きをしてもらうしかありませんが……」
今日は帰るしかないのか。諦めそうになった時、カウンターにダンッとコインが置かれる。
「これで登録してやってくれ」
「い……いいのか?」
「あぁ、もちろんだ」
支払ってくれたのはオールバックの似合う若い男だった。
その気前の良さにノルバは男の手を掴み、礼を伝える。
「助かった。ありがとよ」
「旅は道連れ世は情けってな。気にすんなよおっさん」
「優しい奴だな」
そうして手続きを進んで行き、受付嬢はネームプレートをカウンターに差し出す。
「お待たせしました。登録完了になります。ランクはブロンズからとなります。経験を積んでいけば、シルバー、ゴールドと上がっていきます。それではノルバ・スタークス様。ご活躍、期待しています」
受付嬢がノルバの名を言ったその時、ギルド内でざわめきが起きる。
「アンタ、あの勇者ノルバと同じ名前なのか?」
「……そうだな」
やらかした。何も考えずに登録したが、世間にはノルバという名は勇者として記憶されている。だから受付嬢も確認をしてくれたのだ。
面倒になりそうだとノルバは渋い顔をするが、事態は予想とは違う方向に流れていく。
オールバックの男がたまらないといった様子で吹き出した。
「悪い悪い。いいんだ。偶然ってのはあるからな。笑っちゃいけない。いけないが……ブフォ!」
何とか堪えようとするが男は再度吹き出してしまう。
そして我慢はやめたのか、ひとしきり笑うとノルバの肩を親しげに叩いた。
「あー笑った笑った。まさかあの勇者ノルバと同じ名前と出会えるなんてな」
男はノルバが勇者であるとは微塵も思っていない様子だった。だがそれも当たり前だろう。まさか世界を救った英雄がみすぼらしい浮浪者の様な恰好をしているなど、誰も思わないのだから。その証拠に他の冒険者達も信じている様子はなく、ニヤニヤとノルバを見ている。
「今日は最高の日だ。楽しませてもらった礼にこの剣やるよ」
そう言うと男は腰に付けた剣をノルバに差し出した。
「さすがに悪いだろ、これを貰うのは」
「気にすんなよ。ちょうど替えようと思ってたんだ。それと武器があればクエストに行けるだろ?」
男は剣を押し付けるとクエストボードの元に移動して、貼り付けてある紙を一つ取る。
そしてカウンターに叩き付けた。
「レッドファング5頭の討伐。俺達と行こうぜ」
男の提案に受付嬢は声を荒げた。
「何を言っているんですか! この方はまだ登録を済ませたばかりですよ! こんなクエスト、危険過ぎます!」
「何言ってんだよ。該当クエストより受注者のランクが二つ高ければ、該当クエストより二つ下のランクを一人につき一人は同行させられる。そういう決まりだろ? オレ何か間違ったこと言ってるか? ん?」
「いえ……」
男の言った内容に間違いはない。規則に則った行動故に、受付嬢はそれ以上強くは出られなかった。
話を聞いてノルバがクエスト用紙を確認してみると、そこには【ブロンズランク1】と書かれている。渡されたネームプレートも確認してみると、銅で出来たそれには【3】と刻印されていた。
それぞれのランクにも1~3の区切りがあり、ノルバは一番下のブロンズ3。
つまり、男の発言通りクエストに参加出来るという訳だろう。
「分かった。一緒に行かせてくれ」
ノルバは仲裁する様に2人の間に入った。
「大丈夫だって。害獣駆除はやってたからよ」
「そういうことだ。さっさと受理してくれや」
「分かり……ました」
受付嬢は渋々受理を進めていく。
そして受理が終わるとギルド内にいた剣士が2人ニヤニヤと集まってきた。
「アニキと一緒にクエスト行けるなんてアンタ運が良すぎるぜ?」
「アニキの優しさに感謝しろよな」
子分感マシマシの男が2人。
第一印象から弱そうに思えてしまうが、首にかけられたブロンズのネームプレートには1と刻まれている。それなりの経験はある証拠だろう。
そういえば、とノルバはオールバックの男に聞く。
「名前聞いてなかったな。もう分かってると思うがオレはノルバだ」
「俺はカーデリック。ランクはシルバー3だ」
2人は握手を交わす。
「オレはチッパ」
「オイラはプルース」
子分達も続いて自己紹介をした。
細身の男はチッパ。小太りしている方がプルースだ。
「それじゃあ行こうぜおっさん。初クエストだ」
「あぁ、よろしく頼む」
「「アニキの活躍が火を噴くぜ!」」
ノルバの新たな人生の第一歩が始まる。
しかしノルバ知らなかった。これから起きる洗礼を。冒険者という世界の厳しさを。
そしてこの一歩が暗雲立ち込める世界への入り口だということを。




