第38話 元勇者のおっさん、もう一度世界を救う
怪物は己の炎に身を焼かれ、未だ再生しきれずに悶えている。
その隙にノルバはエルノに問う。
「エルノ。魔法を武器に付与出来るか?」
「強化魔法と併用は……」
「出来ない」と言いかけた所でエルノは振り払う様に首を振った。
「やります。例え無理でもやり遂げてみせます」
そして覚悟の据わった目で答えた。
「そうか。なら頼む」
ノルバは怪物に目を向けながら淡々と返した。
一見無愛想な態度に思えるが、それは信頼故。余計な取り繕いはいらないと判断したからだ。
「フューはオレが合図を出すまで、そこの女の人と一緒にいてくれ」
「わかった!」
フューの返事に笑顔を返すと、ノルバは剣を握る手に力を込める。
「ザマァねぇよな。自分の力が自分を追い詰めるなんてよ」
思いかけず訪れた転機。今を逃せばチャンスは二度と来ないだろう。
だが焦燥感はない。あるのは高揚感。
どうしようもなく仲間と共に戦えることが嬉しい。
自分でも気付かぬ笑みを浮かべ、ノルバは駆け出した。
若返っていた時とは違い、地面に根が張った様に体が重い。
なのにそれを感じさせないほどに心は軽かった。
「ボクハ……負けナいィ!」
剣を再生させる余力もないのか、残っている左の豪腕がノルバを潰しに掛かる。
ポーションのお陰で体力は回復している。もう足が止まることはない。
ノルバは雷を鳴らし、更に強く地面を蹴った。
瀕死と言えどその力は健在。捕まればゲームオーバー。
全速力で怪物の手の下を駆け抜ける。
そして去り際、ノルバは剣を握り直した。
手によく馴染む。指の一つ一つが吸い込まれる。それは剣を持たずに過ごしていた日々が異常だったのではと錯覚するほど。
息をする様に自然に雷が剣へと流れ込んだ。
それは長い眠りについていたノルバの剣にとっては目覚めの口づけ。被っていた埃は燃え消え、その刀身は本来の輝きを取り戻す。
純白の輝きが線を描いた。その瞬間、怪物の足首から血が上がった。
「やっぱ、お前じゃねぇとダメだな」
膝を付く怪物の後方で愛剣に語り掛けると、返事をするかの様に雷が弾ける。
「もう一仕事頼むぜ。相棒」
ノルバは剣を引く。目を瞑り、息を吐いた。
フューの介入のお陰で魔力は残っている。
ノルバは全ての魔力を雷に変え、剣へと注ぎ込む。
純白の刀身が深い蒼へと変わる。
「最後の戦いと行こうじゃねぇか!」
猛き雷電が咆哮を上げた。溢れ出る稲妻は竜を形作る。
再度ノルバを潰そうと巨大な手が迫った。
だがノルバの行動の方が速い。
「……ッ行って来い!」
ノルバはその場から全力を持って雷撃を放った。
雷竜が咆哮と共に空を駆ける。
今の怪物に避ける力はない。
雷竜の牙は怪物の喉元に噛み付く――かに思われたが。
「ドこを狙ッてイる!」
攻撃は逸れて、あらぬ方向へと飛んで行く。
ノルバの自滅に勝利を確信した怪物は、そのまま潰しに掛かった。
だがノルバは微動だにせず、不敵に笑う。
「いいや。狙い通りだ。なぁフュー」
怪物が気配に気付いた時には手遅れだった。
ノルバが呟いたその時、雷竜の行き先にフューが現れる。
大きく開いた口は雷竜を吸い込み、胃袋へとしまい込んだ。
そして鼓膜を引き裂くほどの咆哮を轟かしながら吐き出される。再度出現した雷竜は、怪物など容易く喰らい尽くすほどに巨大。フューの魔法により強化され、更に獰猛になった雷竜が怪物に襲い掛かる。
だが――
火事場の馬鹿力と言うのか。怪物は全力で跳躍し、身を翻した。
「は……ハハはハは!」
自分でも信じられなかった行動に怪物は笑いが込み上げる。
雷竜の向かう先にはノルバの姿。己の力に焼かれて終わる。
怪物は今度こそ勝利を確信し、行く末を待った。
しかしそれは大きな誤算だった。未だ風はノルバに吹いていることを怪物は知らない。
「そうだ。返すまでが遊びだよな。良くやったな、フュー」
「もう……おなかいっぱい」
お腹を抑えて着地するフューを見守りつつ、ノルバは叫んだ。
「エルノォ! 付与魔法だ!」
「はい!」
合図を聞き、エルノはフューの放った魔法をノルバの剣に付与する。
しかし荒ぶる雷竜は剣に入ることを拒む。
強大な魔法の付与は熟練の僧侶であっても至難の業。
ましてエルノは強化魔法も併用しての付与魔法。彼女自身、未知の挑戦だった。
全力を出しているのに電撃はピクリとも動く気配がない。それどころか反発して魔法が掻き消されそうになる。
このままではノルバが魔法に殺されてしまう。
見えた正気を逃すことになる。
「うぅ……ぐっ……」
エルノに苦悶の表情が浮かぶ。
そんな時だった。エルノの肩に手が置かれる。
「大丈夫、アナタなら出来る。私の一番弟子でしょ。自分を信じなさい。信じる心は強さになる」
「お師匠……。はい!」
その言葉に不思議と体と心が軽くなった。
「ん……あぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
そしてそれが閉ざされていた可能性の扉をこじ開けた。
ノルバは天高く跳躍した。
振り上げた剣に雷竜が吸収されていく。
再びノルバの元に帰った雷竜は体内を巡り、紅く染まった雷が刀身から溢れ出す。
「いけ」
「お願いします」
『いけ』
「のるばがんばれぇ!」
「これで……とどめだぁ!」
赤雷を纏った一撃が振り下ろされた。
雷鳴が轟き、紅き雷竜が怪物の巨体を飲み込んだ。
「ソ……そンな。バカなァァァァ!」
紅の一閃が天を灼き、その日魔王は完全に消滅した。




