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第37話 元勇者のおっさんは醜く足掻き続けるようです

 体が動かない。焼けた鉄を流し込まれた様な激痛が走っている。肺に骨が刺さっていて呼吸もろくに出来ない。視界も朧気で赤く濁っている。

 怪物の一撃を受けたノルバは一命を取り留めたものの、血溜まりの中で倒れていた。


『何で……元に……』


 朦朧とする意識の中、ノルバは思考した。

 五分という予測が間違っていたのか。それとも強力過ぎる力に効果が耐えきれなかったのか。

 しかし、いくら考えようとも答えは見つからない。たとえ見つかったとしても状況は変わらない。

 静まり返った空間に、勝利を確信した怪物の笑い声だけが反響している。

 あれだけ威勢の良いことを言っておきながら結局はこのざま。何者にもなれやしなかった。何も成し遂げられなかった。


 ノルバの中で何か、心を形作っていた大事な物がプツンと切れた。


『よくやったよな……』


 世界を救い、虚無の暮らしの中でも文句の一つも言わずに過ごした。解放された後も世界の脅威を後一歩の所まで追い詰めた。

 充分過ぎる活躍だ。誰にでも出来る所業ではない。もう休んだっていいだろう。

 きっと誰も文句は言わない。後は他の人が継いで、必ずや成し遂げてくれる筈だ。


『眠いな……』


 瞼が閉じられていく。

 抗えないまどろみが体を包み込む。意識が深い海に沈んでいく。

 沈みきれば二度と目は覚めないだろう。承知の上でノルバは身を任せた。

 だが――一つの声が彼を海から掬い上げる。


「やらせない!」


 その声に引っ張られノルバが瞼を開くと、目の前にはアーリシアが大手を広げて守る様に立っていた。


「何をしてるんだ。もういい。やめてくれ」


 そう言葉を出そうにも声が出ない。


「エルノ! ノルバを連れて早く行きなさい!」

「はい!」

『もういいんだ……。終わらせてくれ……』


 濁る視界でその背中に訴えるが聞き入れられはしない。

 それどころか、ポーションの冷たい感覚が流れ込み、体が修復され始める。


「ノルバさんは死なせません! 皆で一緒に帰るんです! だから死なないで下さい!」

『エルノ……』


 温かな癒しの魔力と共にエルノの涙声が体内に響く。

 しかしどうしてか、体はピクリとも動かない。魂が離れかけているのか。それとも生きることを諦めたからか。

 エルノに担がれ移動する最中、ノルバの目に、こちらに向けられて揺れる闇の炎が映った。


『オレを捨てて逃げてくれ……』


 二人だけなら逃げきれる。

 なのに何故。今のノルバには理解出来なかった。

 大剣の尖端に闇の炎が集約していく。

 それは爆発的に膨らみ、全てを焼き尽くす闇の業火球となる。

 もう誰も助からない。

 ノルバは全てをシャットダウンして再び目を瞑った。

 そんな中、最後に声が聞こえた。


「ノルバ……生きてね」

 それはアーリシアの悲しみに満ちた、だがそっと抱擁される様なそんな優しい声。

 その言葉はノルバの水面を揺らした。その言葉に、動かない筈の体が突き動かされる。

 怪物の身に落雷が降り注いだ。


「っんとバカだよな。漸く目が覚めた。オレだけは最後まで諦めちゃいけねぇんだよ」

「ノルバ……」


 アーリシアの前に立ったノルバは自嘲し、腐りきった自分を握り潰す。そして怪物に目を向けた。


「きっとオレはお前には勝てねぇ。 けどな、諦める訳にはいかねぇんだ。なんたってオレは……」


 言葉が詰まった。

 それは忌み嫌い、呪うこともあった肩書き。

 だが魂に刻み込まれ、切っても切り離せないオリジン。

 ノルバは砕けた剣を構え、叫んだ。


「オレは……勇者だ!」


 その言葉に迷いはない。その目に曇りはない。

 もう折れない。一度砕けた鉄は打ち直され鋼となった。


「アル、エルノ。すまねぇな。こんな形になっちまって」


 ノルバの言葉にアーリシアは苦笑する。


「諦めないって言ったばかりでしょ。弱音吐かないの」

「そうですよ。ワタクシも最後まで全力でサポートします!」


 絶望なんて何処へやら。頼り甲斐しかない二人の言葉に、ノルバは笑みを浮かべる。


「そうだな。やってやるさ!」


 状況は最悪。しかし不思議とやれる気がした。

 変わらず溜め続けられていた業火球が放たれる。

 熱波だけでも意識を持っていかれる威力だ。

 今のノルバでは防ぎようがない。

 だが諦めは捨てた。恥も外聞もなく、最後まで醜く足掻くと決めた。

 ノルバの全身を雷が覆い隠す。雷が刀身を形作った。


『悔いは残さねぇ! ありったけをぶつける!』


 全魔力を込めた最後の一撃を放つ――その諦めないという想いは奇跡を手繰り寄せる。

 それは一瞬の出来事だった。

 攻撃を放つ直前、何かがノルバの肩を足場に駆け抜けた。それは小さな人影で、迫る業火球へと突撃していった。

 手を止めたノルバは、その光景に思わず目を疑った。何故ならそれが誰か分かってしまったから。

 その人物はここにいる筈のない、いてはいけない存在。

 身の丈に合わない剣を背負った獣人の少女は大きく口を開いた。

 すると業火球は少女の口に吸い込まれる様にして消えた。


「ンアッ!」


 少女の口から再度、業火球が現れる。それは元の業火球よりも何倍も大きく、怪物を呑み込んだ。

 太陽を思わせる爆発と怪物の悲鳴を背に、少女はノルバへと駆け寄って来る。

 ノルバ達の危機を救った。だがその表情には怒られるのではと怯える様子があった。気まずさからかノルバと目線を合わそうともしない。


「の……るば」

「おまっ……何でここに……」


 恐る恐るノルバを見た少女は、その表情を見てギュッと目を瞑った。

 何が起きたかなんてどうでもよかった。正直に言うと怒りたかった。怒鳴りそうだった。子供の来る場所ではない。来てはいけないと言った筈だと。

 だが助けられた。そしてその小さな背に背負う剣を見て、覚悟を悟った。

 少女へと伸びる手は、その頭を優しく撫でる。


「ありがとう、フュー。助けてくれて」


 予想だにしていなかったノルバの行動にフューは驚き、目を見開いた。


「ここまで来るの怖かっただろ? 頑張ってくれたんだな」


 驚きの顔に笑顔が生まれる。


「フュー、これもってきた。のるばのだいじなものだとおもったから」


 フューは埃を被って色褪せた剣をノルバに渡した。

 鞘も柄も全てが純白であったことを思わせる剣。今にも飛び立ちそうな羽を模した鍔を携えるその白剣は、かつて勇者ノルバと旅を共にした愛剣だった。

 捨てることが出来ず、だが二度と手に取る機会はないと、部屋の片隅で眠り続けていた愛剣。

 奇跡としか言い様のない巡り合わせだ。絶望的な状況を打破する為に、今再びノルバの手元に戻ってきた。


「フュー、届けに来てくれてありがとな。この剣があればアイツをやっつけられそうだ」

「うん!」


 剣を受け取ると、その重みが、感触が、共に戦った記憶を蘇らせる。同時に宿る自信と活力。

 ノルバは強く、強く剣を握った。

 そして満面の笑みで尻尾を振るフューに聞く。


「フュー、さっきのはもう一回出来るか?」


 業火球を喰らい、威力を倍増させて撃ち返した。

 人並み外れた異次元の魔法だ。

 その攻撃は怪物の半壊させるほどの威力。もう一度やれるのならば起死回生の一手になり得る。

 フューは小首を傾げ、暫し考える素振りを見せてから答えた。


「やらないとっておもったら、グワーってなってできたよ。のるばがやってっていうならフューがんばる」


 つまりは突発的に魔法が発現したいう訳だ。

 魔法とは積み重ね。一度発現してもすぐに使いこなせる訳ではない。

 それに強力な魔法となれば魔力の消費も多いのが相場だ。子供の魔力保持量は少ない。そうなると出来ないと考えるのが一般的。

 返答にノルバの顔が曇る。するとトパーズを埋め込んだ様な黄色の大きな目がノルバを覗き込んだ。


「フューやるもん! のるば、フューたすけてくれた! だからフューものるばたすける!」


 瞳が揺れている。

 恐怖心を尚も堪え、戦おうとしてくれている。

 世間ではこんな大人は責められるだろう。守るべき子供を前線に立たせ、頼ることしか出来ない不甲斐ない大人だ。

 でも今は頼るしかない。賭けるしかない。フューの可能性に。

 ノルバは目一杯にフューを抱き締めた。


「のるば?」


 覚悟は決めた。

 フューの両の肩を掴み、目を見てノルバは吐露する。


「ごめんな。オレが弱いばっかりに、フューに頼ることになっちまう。お願いしてもいいか?」

「うん!」


 はち切れんばかりの元気な声に、込み上げる想いをグッと堪えノルバは立った。


「フュー。合図を出したらフューの出番だ。さっきのやつを頼む」

「わかった!」


 失敗すればフューの命は危険に晒される。だがフューならやってくれると信じる。

 覚悟と希望を胸にノルバは剣を抜いた。

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