第36話 元勇者のおっさんは全盛期の力で圧倒するようです
「何ダ。オ前」
「何だはねぇだろ。さっきまで仲良くしてたのによ」
服装も武器も変化はない。
肉体だけが全盛期だった十九歳に戻っている。
ノルバは両手で剣を握ると静かに構えた。
「もって五分か」
何故だかこの肉体でいられる時間が分かった。それも込みでの効果なのか。
制限時間が分かるならばやることは一つ。一瞬でケリをつける。
「行くぞ」
ノルバが開始の合図を告げた次の瞬間――彼の姿は消えた。
そして怪物の体に一閃。地から昇る雷が怪物を打ち上げた。
間髪入れずに稲妻の軌跡が後を追う。
そして怪物の遥か上空。ノルバは剣を構え、力を溜める。
空を青く染め上げる雷をその身に宿し、宙を蹴る。
「うおぉぉぉぉぉぉ!」
雷鳴轟く一撃が怪物に叩き付けられた。
その一撃は大地を砕き、稲妻の花が咲く。
地面に降り立ったノルバは自身の身体能力に驚きを隠せなかった。
それまでの体が重りを敷き詰めていたのではと思えてしまうほどに軽い体。湧き続ける魔力。
ノルバは全盛期の自身の力の凄さを初めて理解した。
だが感心している場合ではない。
怪物がフラフラと立ち上がる。
焼け焦げ、砕けた体が瞬時に再生していく。
相変わらずの馬鹿げた再生力。だが苦悶の表情から、ノルバの攻撃は再生能力を上回っていることが伺えた。
「再生出来ねぇくらいどでかい一撃を喰らわしてやる」
怪物が叫ぶ。鼓膜が割れんばかりの咆哮。それはまるで恐怖を押し殺す様な声だ。
だが次の瞬間には、何故だか怪物はニヤリと不敵な笑みを浮かべる。
明らかに何かを企んでいる表情だ。だが取り合うつもりも、待ってやるつもりもない。
ノルバは突撃した。その時――
「魔王シャプールの名ノ元ニ命ずル。ソノ場カら動ク事を禁ズル」
ノルバの腕輪が光り出す。腕輪についた宝石から発せられた赤い光は形を成し、ノルバをその場に縛り付けた。
「なっ……!」
微動だに出来ないほど強力な拘束。
だがノルバの驚きの原因はそこではなかった。
「何で……、テメェが使える……ッ」
契約の腕輪は王家の者しか使えない。なのに何故、王家の者ではない、ましてや人間ですらない魔族が使用出来るのか。
ノルバは困惑した目で睨みつけた。
「首輪ハ腕輪ヲ元に造らレテいル。だカラ腕輪ヲ使エナい理由ガなイ」
再生しきった怪物はさらりと答えた。
理屈は分からないが、エルデルと結託した際に腕輪については調べ尽くしているらしい。
馬鹿げた話ではあるが、魔王復活の手筈まで整えるほどの存在だ。不思議はない。
納得したノルバは大きく息を吐く。
そして――
「フンッ!」
拘束を解こうと力を入れた。
だが強固な縛りだ。ちょっとやそっとでは破れる気配はない。
しかしそれは想定内。
ノルバが再度力を込めると、全身から雷が溢れ始める。
雷雲がそこにあるかの如く、雷鳴が轟く。内に収まりきらない雷が大地を砕く。
「ガアァァァァァァァァァァァ!」
契約の腕輪は奴隷の首輪同様、命令に逆らえばその身に罰が降り掛かる。
より強く、腕輪の呪いはその身を引き千切らんと縛り上げた。
だがノルバは力を緩めない。全身にはち切れんばかりの血管が浮かぶ。雷の勢いは更に増していく。
無謀な我慢比べだ。契約の腕輪の呪いは、そこらの呪いとは比にならないほどに強力。逆らうことは王への反逆。即ち死を意味する。
しかし、それは勇者ノルバ以外にとってはの話だ。
「ダアァァァァァッ!!」
一面が青に染まった。
途方もない威力を帯びた雷は呪いを焼き尽くす。腕から放れた腕輪は光を失い、砕け散った。
その光景に怪物は動揺を隠せずに固まる。
だが瞬時に、今すぐ目の前の敵を討たねばならぬと両手で大剣を握った。
ノルバも剣を握り締め、立ち向かう。
大剣に溢れ出る闇の炎が纏われる。
直撃すればただでは済まないだろう。余波であってもその威力は絶大だ。
「ウガァァァァァァ!」
だがノルバは逃げずに正面から突っ込んだ。
互いの剣がぶつかり合う。
次の瞬間――怪物の剣がクッキーの様に容易く砕けた。
「軽いんだよ」
涼しい顔で言い放ったノルバはそのまま踏み込んだ。
大きく仰け反った怪物の腹部に雷撃を纏った蹴りが炸裂する。
真っ直ぐに吹き飛ぶ巨躯。だが次の瞬間には空に蹴り上げられた。
地上から見上げるノルバの体が激しく光る。
刹那――荒れ狂う雷の嵐が怪物を斬り刻んだ。
再生も追い付かない神速が怪物を追い詰めていく。手脚を両断され、抵抗も出来ないほどにズタズタにされていく。
そんな怪物を横目にノルバは空を蹴り、上昇した。
「テメェはどんだけバラバラにしたって再生すんだろ」
空を足場に力を溜める。
剣に、体に、これまでにないほど電撃が宿る。空間に電撃が走り、歪む。何者をも寄せ付けない雷を纏う姿はまさに雷神。
「だったら細胞の一つまで消し炭にしてやる!」
ノルバが消えた。遅れて爆発したかのような空気の割れる音が響く。そして走る稲妻の軌跡。
怪物は持てる力を使い、右腕と大剣を再生させる。雄叫びを上げ、敵を迎え撃つ。
互いが持てる全てが、この一撃に賭けられた。
「これで……終わりだぁ!」
「ウガォォォォォォォォ!」
両者の刃が触れ合う、その瞬間――
「は?」
ノルバの体が元に戻った。
何が起きたのか。全く理解が出来なかった。
そんな状態で一つだけ分かること。それは自身の死。
止めを刺す力は消え去った。錆び付いてガタの来た肉体では攻撃を防げない。
どうすることも出来ない。ノルバは剣をその身に浴び、叩き落とさた。




